L&D(人材育成)リーダーに「自前の学習管理システム(LMS)を構築できるか」と尋ねれば、今日得られる答えは、ほんの数年前とはまったく違うものになるだろう。AIコーディングツールの登場により、ダッシュボードや受講登録フロー、自社ブランドのフロントエンドを週末のうちにプロンプトひとつで生み出すことが可能になった。これは紛れもない現実であり、軽視すべきではない。
だが「可能か」と「賢明か」は別の問いである。私たちの業界は前者には答えつつ、後者を避けているのではないかという確信が、筆者のなかで強まっている。
構築するか購入するかという判断は、一般にコントロール、スピード、コストという3つの変数に基づいて行われる。これらはすべて、内製を検討する正当な理由だ。しかし、認識と現実の間のギャップにこそ、予期せぬリスクが潜んでいる。
コントロールと所有は同じではない
社内で構築することには魅力的な理屈がある。プラットフォームを所有すれば、ロードマップも自分たちのものだ。ベンダーのバックログを待つ必要もない。使わない機能に料金を払う必要もない。関係者が変更を求めれば、すぐに実装できる。
問題は、多くのL&D部門が信頼基盤の脆弱な立場で運営されていることだ。構築を所有することはロードマップを所有することを意味するかもしれないが、同時に、プラットフォームが存在する限り、すべてのバグ報告と「このボタンを変えられるか」というあらゆる要望を抱え込むことも意味する。それは恒久的なコストだ。
だからこそ、MITメディアラボがNANDAイニシアチブを通じて約300件の企業AI導入事例を対象に行った2025年の調査で、外部ベンダーが構築したツールの成功率は、自社構築のツールの約3倍に達することが判明したのだ。同調査では、企業における生成AIの実証実験(パイロット)の95%が、測定可能な財務的リターンを生み出せなかったことも明らかになった。その差を生むのは、統合、ガバナンス、保守という、デモには表れないがシステムが2年目以降も存続できるかを左右する地道で継続的な作業である。
AI支援による構築は、ローンチの日にはコントロールを手にしたように見える。だが実際に手にするのは、もう一つのフルタイムの仕事だ。セキュリティパッチ、コンプライアンス更新、アクセシビリティ基準、そして人事システムが進化するたびに発生する統合変更。エンタープライズ規模向けに構築されたプラットフォームには、それらに専任するチームがいくつも存在する。社内構築の場合は、そのスプリントで手の空いている誰かがいるだけだ。
試作の速さは、価値創出の速さではない
AIによってプロトタイピング(試作)が高速化したことに異論はない。だがあまり語られないのは、プロトタイプのスピードと本番稼働のスピードは別物であり、AIはそのギャップを埋めていないという点だ。むしろ、ギャップはさらに広がったとすら言える。なぜなら、AIが加速させる作業は、システムが持ちこたえるかどうかを決める作業ではないからだ。
ガートナーの2025年の予測では、モデルの性能不足ではなく、コストの膨張、不透明なビジネス価値、不十分なリスク管理を主な理由として、自律型AI(エージェンティックAI)プロジェクトの40%以上が2027年末までに中止されるとされている。構築のスピードを、持続的な価値創出のスピードと取り違えると、こうした結果になる。
本当のコストは後からやってくる
構築は初期費用が安く見えるし、AIによってさらに安く見えるようになった。エンジニアリング時間が減り、必要な承認も少なくなったからだ。だがプラットフォームのコストは、構築費用だけでは決してない。数年にわたる保守、継続的なセキュリティ負担、そして大手ベンダーが複数の専任チームに分散して担っていることを、ひとつのチームが永続的に担おうとすることによる機会費用が発生するのだ。
セキュリティを考慮に入れると、その機会費用はさらに重くなる。IBMの「データ侵害のコストに関する調査レポート 2026年版」によれば、データ侵害の世界平均コストは500万ドル(約7億9100万円)近くに達し、米国では1,150万ドル(約2億3700万円)にのぼる(要ダウンロード)。さらに同レポートは、未承認またはガバナンスの効いていないAIツールが関与したデータ侵害では、平均して約100万ドル(約1億5800万円)の追加コストが発生すると指摘している。週末に突貫で作られたプラットフォームに、どれほど善意が込められていようと、そうした事態を防ぐガバナンス層が備わっていることは滅多にない。
AIは1つのチームの作業を速くすることはできる。しかし、1つのチームを複数のチームに変えることはできないし、リソースのないチームにセキュリティ機能を果たさせることなど、ましてや到底できない。
見落とされがちな問い「それは本当に優れているのか」
仮に社内構築がコントロール、スピード、コストの面で勝利したとしても、それは実際に優れていると言えるのだろうか。つまり、L&Dが本来責任を負うべき成果に対して、効果をもたらすのだろうか。
エンタープライズ向け学習プラットフォーム市場は、AI時代においても縮小してはいない。むしろ拡大している。グランドビューリサーチ(Grand View Research)の評価によれば、世界のLMS市場規模は2025年に286億ドル(約4兆5200億円)に達し、2033年には1,238億ドル(約3兆7600億円)に達すると予測されており、年平均成長率(CAGR)は20.2%に及ぶ。これは単なる惰性ではなく、優れた学習テクノロジーとはプロンプトだけで雰囲気でコーディングできるような単なる配信メカニズムではないと、企業が認識しているからだと筆者は考える。それは長年の学習科学、プロダクト研究、そして何千もの導入実績から得られたデータに基づいて構築されており、そのどれもプロンプト入力だけで再現できるものではない。
では、実践的なAIの実験を行う機会はどこに残されているのだろうか。プラットフォームを置き換えるのではなく、それを拡張することに価値があると筆者は考える。AIツールを既存システムに直接接続可能にする標準規格であるMCP(Model Context Protocol)などのプロトコルを介して、学習プラットフォームとAIツールを連携させるのだ。例えば、実際の受講完了データに基づいたコーチングの通知(ナッジ)をSlackで送る、あるいはマネージャーが尋ねる前に人事システムとクロス参照して誰が何を必要としているかを提示するエージェントを活用するなどだ。実績のあるプラットフォームを中心軸として保持しながら、その周辺部でイノベーションを起こすことができる。
結論
「自作か調達か」という問題は、常にコントロール、スピード、コスト、そして自らが責任を負う成果の品質をめぐるものであった。AIはこの方程式を解決したわけではない。最初の3つを解決したと自分に言い聞かせやすくする一方で、4つ目の要素を妥協しやすくしたに過ぎない。そして、この4つ目こそ、私たちの専門職分野が決して手放してはならない要素なのだ。



