原料高騰や新規参入で競争が激しさを増す缶コーヒー市場。「TULLY’S COFFEE BARISTA’S BLACK」はボトル缶ブラックコーヒー市場で10年連続の首位に立つ*1。しかし、ブランドマネージャーの相澤治は言う。「まだまだチャレンジャーです」。この言葉の裏にあるブランド哲学を追う。
ビジネスとコーヒーの縁は、切っても切り離せない。
17世紀のロンドンでは、コーヒーハウスが情報の拠点だった。船舶情報に強かったエドワード・ロイドの店はのちのロイズ保険市場へ発展し、ジョナサンズ・コーヒーハウスでは1698年、株や商品の価格表が発行された。ロンドン証券取引所は、これを公式の沿革の最初に掲げる。
では「缶コーヒー」のはじまりはといえば、これは日本にあるとされる。1969年、UCC上島珈琲の創業者・上島忠雄が、駅の売店で瓶入りのミルクコーヒーを飲みきれず瓶を返した不便さから缶入りのミルクコーヒーを着想したことが源流とされ、翌年の大阪万博で冷やした缶が爆発的に売れ、広がっていった。
缶コーヒー誕生から半世紀あまり。いまのRTD(Ready To Drink。そのまま飲めるコーヒー飲料)市場は、原料高騰や新規参入で競争が激しさを増している。そのなかで「TULLY’S COFFEE BARISTA’S BLACK」は、ボトル缶ブラックコーヒー市場で10年連続の首位*1。2025年(1〜12月)は、ブランド全体の販売数量も1,950万ケースと過去最高を更新し、前年比で5%の伸長を見せた*2。
だが、相澤治の受け止めは、意外なほど控えめである。
「我々はまだまだチャレンジャーです」
競合ひしめくコーヒー飲料市場で選ばれる感謝とともに相澤が感じているのは“責任の重さ”だった。「タリーズコーヒーのショップで味わうようなコーヒーという認識で飲んでくださるお客様に、満足していただかなければいけない」。その期待値を裏切ることは決してできないと相澤はきっぱり言う。
ショップの信用は強み。裏を返せば、缶1本の出来がショップの評価にもはね返るということでもある。相澤の言う“重さ”は、まさにショップブランドを背負うことを是とするタリーズのブランド哲学から来ていると言えるだろう。
グレードより特長、効率よりクオリティ。ブランドの核をなす「5つの最高」
シアトルで1992年に誕生したタリーズコーヒーは5年後の1997年に日本に進出し、2026年4月末時点で国内約850店舗を構える。ポリシーは「5つの最高」。最高の豆、最高の焙煎、最高のバリスタ、最高のホスピタリティ、そして最高の・・・!5つ目の最高はフェロー(従業員)、一人一人が目標を立て、最高の何かをお客様に提供すること。この「5つの最高」を、店舗運営の要としている。
例えば「最高の豆」の選定は、このようなプロセスを辿る。
「最高って、値段が高くて高級な豆だから、名の知れた産地だから、比較的高いグレードだから、などの基準だけで選ぶということではないのです。タリーズコーヒーではユニークで際立った個性を備えた相応しい豆かどうか。そういうものをきちんと選びたいのです」
タリーズの豆の選定、その判断の要は「カッピング」、つまり実際に口に含んで味わいや香りを確かめる官能評価だ。定期的に産地に赴き、現地でカッピングを一緒に行うのだそうだ。生産者には「あなたたちが作ってくれたコーヒーはこういう味わいがするよ」「我々が求めているのはもっとこういう味わいだよ」と顔を合わせて正直に伝え、求める品質について双方の基準のすり合わせを重ねていく。
ここで効いてくるのが、長年の取引で築いた信頼関係。生産者、我々、お客様、それぞれが幸せになる形を真剣に話し合い継続する事こそが信頼。その関係は一朝一夕には築けない。「ショップで築いた信頼をRTD製品にも活かす為、店舗・飲料部間が連携して取り組んでいます」。
焙煎は、産地の特徴に合わせて細かく調整するために2001年から国内焙煎にこだわる。店舗のバリスタらも常に腕を磨いており、自社開催のタリーズバリスタコンテストは、全国の店舗のフェロー(社員・アルバイト)を含む約10,000人以上が参加する。
「効率だけを考えれば、オペレーションが簡潔で技術があまり要らない方が楽です。ビジネスとしてはその方がいいかもしれない。タリーズの店舗ではそれでも技術を必要とする淹れ方を、現在の展開規模になっても頑なに守っているのです。それがお客様に最高の一杯をお届けする為の信念だと考えています。こうした価値観を私たちは『Coffee Is Our Passion』として大切にしています。これはRTDについても同じです。缶やペットボトルという形態であっても、常にベンチマークは店舗で提供する一杯。どうすればもっとおいしく届け続けられるかを優先する姿勢こそが、タリーズのものづくりの原点です」
ホスピタリティも「缶」に込める。豆選びから製造まで、同じ理念でつながる体制
ではこうした「最高」を、店舗ではない缶コーヒーという商品でいかに体現するのか。
豆の選定などは「最高」の追求が捉えやすいとしても、店舗のポリシーにある「最高」のうち、もっとも体現するのが難しいと考えられるのが「ホスピタリティ」ではないだろうか。店舗ならバリスタの所作や空間が価値を伝えるが、当然ながら缶ではそれが見えなくなる。店の体験を缶に移すことは可能なのか。「本当は1本1本お届けできればいいんですけどね」と笑いながら、しかし、相澤は力を込めてこう言い切る。
「淹れたてでご提供できない缶コーヒーで、最高のホスピタリティをどうするか。ホスピタリティは日本風に言えば『おもてなしの心』ではないかと考えています。我々のおもてなしとは、品質にこだわりお客様へ最高の一杯を届けたいという想いです。この想いを、全工程の担当者が持つということです」
前述の通りのプロセスで豆を選定した後は、大まかに焙煎と抽出工程がある。特に粉砕後は直後から香りが抜けていってしまうため、スピードが肝心だ。静岡県の牧之原で焙煎された豆は全国の委託工場へ運ばれていくが、工場側の生産スケジュールも調整が必要。その工場にも負担がかかるが、相澤は「工場はタリーズコーヒーの『最高』を目指す姿勢をわかってくれていて一緒に向き合ってくださっている」と話す。
「工場の生産スケジュールまで調整いただいています。ほかの商品を造りたいタイミングもあるはずですが、『この豆はこの時期に製造したい』というお願いを受け入れてくださっている。そうしたご協力があるのは、工場の皆さんも私たちと同じ気持ちで品質と向き合ってくださっているからだと思うのです」
30周年の先へ。こだわりを「変えない」覚悟を貫く
店舗で提供しているおいしさを届けるための妥協を缶コーヒーにおいても許さず、堅実な支持を得続ける背景には、コロナ禍を経て飲用者の味や品質へのこだわりが高まったことも影響しているのではと相澤は続ける。在宅勤務の広まりによって自宅でレギュラーコーヒーを飲む人が増え、味覚が洗練されたのではと推測するからだ。
だが、タリーズブランドが、こうした飲用者の味覚の変化に応えるように商品開発をしてきたかというとそうではない。好調の要因を聞かれることもあるというが、相澤の答えは「変えてないんですよ」と拍子抜けするほど短い。
「ずっと同じことをやり続けているだけなんです。アイテムラインアップの追加はありますけれど、考え方は変えずに磨き続けてきています。変えない姿勢が、市場の変化と重なった面はあると考えます。だからこそ、緊張感は手放さない。冒頭に申し上げたチャレンジャーの意識を持ちながら、今後も商品を届けていきたい思いです」
タリーズコーヒージャパンは、来年で30周年を迎える。店舗と飲料はひとつのブランドであり、取り組みを強化して、来年はイベントや商品も含めた新しい展開を予定しているという。「もう一回ここがスタート地点になっていくような、大事な1年だと思って、いろいろ企画を揉ませていただいています」。
TULLY’S COFFEE BARISTA’S BLACKの愛飲層は、40〜50代のビジネスパーソンだ。
「会社で頑張っている方ですよね、40、50代って。リピーターやヘビーユーザーが多く、長く飲み続けていただいている方も多いです。朝や昼、午後など自身の業務や仕事内容に合わせて、日々のルーティンに取り入れていただけているのだろうという気がします」
首位でも「チャレンジャー」と語り、基準を変えないことを選ぶ。選ばれ続ける条件は、派手な新機軸よりも、同じことを続ける粘り強さにあるのかもしれない。「何を変え、何を変えないか」。その選択が問われるのは、なにも缶コーヒーの世界に限らない。

伊藤園 (タリーズコーヒーブランドサイト)
https://www.tullys-cup.jp/
*1:インテージSRI、インテージSRI+ ボトル缶ブラックコーヒー市場 2016年1月~2025年12月 累計販売金額
*2:飲料総研調べ
あいざわ・おさむ◎伊藤園 マーケティング本部 コーヒー・エビアン・炭酸 ブランドグループ ブランドマネージャー。1994年入社。支店の営業を経験し、2014年からマーケティング本部に異動。「緑茶飲料」の商品企画担当、「健康ミネラルむぎ茶」のブランドマネジャーとして商品企画、プロモーション担当を歴任し、2023年より現職。



