リーダーが自身の組織に与えてきた不利益の多くは、彼らが腹を立てている最中に発生していた。午後11時に送信されたメール、実質的に特定の1人のためだけに行われた組織再編、他の誰も気づかなかった些細な不快感によって終了したベンダーとの関係、20分の対話で解決できたはずなのにその場で受理された辞職願。私は「怒り」がもたらす弊害を熟知している。その事後処理に膨大な時間を費やしてきたからだ。
そのため、LinkedInのある投稿が強く印象に残ったことに自分でも驚いた。あるエグゼクティブ・コーチが、怒りは成功への最大の動機の1つだと主張していたのだ。自らの経済状況、キャリア、過去に経験した不当な扱い、あるいは世の中の仕組みに対して怒りを覚えている人々は、その感情を並外れた成果へと昇華させることが少なくない。コメント欄ではさらに踏み込んだ議論がなされていた。復讐心や憤怒、さらには誇大妄想狂的な野心さえもが、歴史上の最も成功した政治運動やビジネスリーダーの一部を後押ししてきたという主張だ。
これは、怒りに対する私の見方を再考させるきっかけとなった。
怒りと判断力を切り離す
私はここ数年、シャザド・チャミン(Shirzad Chamine)の「ポジティブ・インテリジェンス(Positive Intelligence)」の取り組みを実践してきた。チャミンはおそらく、LinkedInのコーチとはほぼ真逆の主張をするだろう。チャミンのフレームワークにおいて、怒りはしばしば「判事(Judge)のサボタージュ」の結末とされる。これは、自分が力不足である、誰かが間違っている、あるいは結果が悪いと思い込ませる精神的なパターンだ。彼の処方箋は、共感や好奇心といった「賢者(Sage)の力」へシフトすることである。
この2つの立場は相反するように見えるが、私はそうは思わない。コーチは「動機がどこから生じるか」を述べており、チャミンは「いかにして優れた決断が下されるか」を説明している。リーダーが困難に陥るのは、一方の問いに対する答えを、もう一方の問いに適用してしまうときなのだ。
怒りがその役割を果たしたとき
チャミンはネガティブな感情を排除すべきだとは主張していない。彼はそれを警告と捉え、熱いストーブに触れる例を引き合いに出している。痛みは注意を喚起し、何かが間違っていることを教えてくれる。痛みがなければ、手をコンロの上に置いたままにして取り返しのつかないダメージを負ってしまうだろう。しかし、ひとたび手を引いてしまえば、痛みの役割は終わりである。
怒りもほぼ同じように機能する。私の経験上、それは環境内の何かが変わらなければならないという、最初で素直なシグナルであることが多い。不健全な職場、パートナーシップではなくなった提携、誰も指摘しないまま3年前に機能しなくなったビジネスモデル、容認すべきではない不当な扱いなどだ。そのシグナルを無視することは現実逃避の一種である。そして、その感情の中に居続けようとすることは、さらに高くつく現実逃避となる。
ここから、チャミンの提唱する理論の中で最も反論を呼ぶ部分について触れたい。
見落としている「10%」の正体
チャミンは、対立において相手側は少なくとも10%は正しいと説明している。多くの人が極端な例を出してこの考えを退けようとするのに気づいた。「地球が平らだと信じている人がいたらどうするのか」といった具合だ。しかしチャミンは事実に関する主張をしているのではない。人間が何かを情熱的に信じているとき、その根底には理解する価値のある経験、恐怖、前提、あるいは価値観が存在することが多いと言っているのだ。
立ち止まって「その10%とは何か」と自問するとき、怒りは推進力を失い、好奇心に耳を傾ける余地が生まれる。そうすることで通常、自分が腹を立てていた相手が、自分の知らなかった制約の中で対処しようとしていたのだと気づく。その状態にあるとき、私はより優れた決断を下すことができる。決断のスピードは遅くなるが、それこそがこの実践における真のコストなのだ。
なぜいら立ちが再建の引き金となるのか
私は変化を絶望的に必要としている組織と関わってきたが、多くの場合、その触媒となったのは楽観主義ではなく「いら立ち(不満)」だった。同じ赤字をこれ以上承認できなかった役員、モデルが崩壊していることに全員が同意しながら誰も動かない会議にこれ以上耐えられなかった社長——状況そのものに対する怒りの感情が、行動を起こすエネルギーを生み出したのだ。それがなければ、それらの組織はミッションを蝕む現実を受け入れ続けていたかもしれない。
しかし、同じ感情が計画を策定しようとすると、往々にして事態は悪化する。怒りは悪者を必要とするからだ。混乱を残した前任者、過剰支出をする部門、削減を拒む学部長、立ち去った出資者。そうした指摘の一部は事実であることも多い。しかし、どれも計画ではない。長続きする決断は、「ここに至る選択をしたとき、問題の反対側にいた人々は何を見ていたのか」と誰かが自問した後にこそ生まれるのだ。
これは他人事として言っているのではない。私自身、2時間前に別のクライアントで起きたことにイライラしたまま、別のクライアントの財務委員会に乗り込んでしまうことが十分あり得るからこそ、毎朝ポジティブ・インテリジェンスのトレーニングを行っている。そのいら立ち自体は正しいことも多い。だが、会議を指揮する資格はないのだ。
リーダーが維持すべき3つの行動規範
私は自分自身のために3つのシンプルなルールに行き着いた。どんなリーダーであれ、怒りに計画を支配させないために、その場でこのルールを活用できる。
1. 怒りが自分に何を伝えているのかを1文で書き出す。その1文こそが「情報」であり、感情が冷めた後でも真実であり続ける。
2. 怒りが生じた同じ会議の中では、取り返しのつかない決定を下さない。つまり解雇、理事長へのメモ、出資者への最後通牒などは行わないということだ。
3. 次の対話の前に、相手側の主張の最も説得力のあるバージョンを書き出す。自分が満足するような藁人形論法(相手の意見を歪めて反論しやすくすること)ではなく、相手自身の言葉を用いて作成する。
もしその主張を作成できないのであれば、まだ何も決定できるほど問題を十分に理解できていないのだ。



