中規模エージェンシーにおける標準的な成長戦略は「水平展開」である。特定の業界のクライアントに対して得意分野を確立し、次に第2、第3、第4の業界へと、通常は自社がすでに拠点を置く都市内で広げていく。これは一見、事業の多角化のように思える。だが、私は異なる手順を踏んだ。2009年にシカゴでエージェンシーを立ち上げた際、最初の本格的な成長はシカゴ内で対応業界を増やすことによってではなく、特定の1つの業界において全米規模へ拡大することによってもたらされた。現在当社が対応している他の業界へ進出したのはその後のことであり、1つずつ段階的に広げていったが、新たな業界を増やすコストはいずれも予想を上回るものだった。
それは最初から意図した戦略ではなかった。単に気づいたパターンに従うようにしただけである。創業から17年が経過した今、私はすべてのエージェンシー経営者にこう伝えたい。事業拡大には2つの軸が存在し、それぞれにかかるコストは大きく異なる、と。
バーティカルとは、すでに手元にある「答え」の集積である
私たちのチームは、クライアントに施策のフォーマット(マーケティング手法や媒体の形式)を提案する前に、必ず4つの問いに回答する。「顧客のライフタイムバリュー(LTV)はいくらか」「購買決定の複雑さはどの程度か」「検討期間はどれくらいか」「施策の実施前にどのような承認プロセスが必要か」の4つである。これら4つの答えによって、実行可能なフォーマットが自ずと絞られる。顧客単価が高く、検討期間が長く、コンプライアンス管理が厳格な商材であれば、人員を投入する長期的で手厚いフォーマットに投資できるが、単価が安く即決される商材ではそれが不可能な理由について、私は以前にも論じたことがある。
だが、私自身が理解するまでに時間がかかったのは次の点だ。これら4つの答えは、提供するサービスの特性ではなく「業界の特性」に由来しているということだ。オハイオ州のファイナンシャルアドバイザーとアリゾナ州のファイナンシャルアドバイザーは、顧客の収益性、決定プロセスの複雑さ、検討期間がまったく同じである。一方に有効なフォーマットは、もう一方にも有効となる。州境を越える際に変わるのはメディアの出稿費用とタイムゾーンだけだ。しかし、業界の境界を越えるとなると、これら4つの答えすべてが一度に覆ることになる。
主張したいのはまさにこの点だ。すでにノウハウのある特定のバーティカル(特定業界)で地理的な対応エリアを広げることは、単なるメディアバイイング(媒体買い付け)に過ぎない。しかし、新しいバーティカルに参入することは「組織の再構築」を意味する。新たな業界への進出はすべて、自社エージェンシー内でのスタートアップの立ち上げに他ならない。当社もヘルスケア、住宅サービス、製造業、ソフトウェア、Eコマース、法律、専門職サービスなど複数の業界に進出し、相応の成果を上げてきた。だが、それらはウェブサイトに記載する項目を1行増やすような単純な話ではなく、ゼロからの事業構築であり、そこに十分なリソースを投資できている企業はほとんど存在しない。
多くの企業が「間違った軸」で専門化を進めている
エージェンシー業界も、この考え方の半分は理解し始めている。プロメシアン・リサーチ(Promethean Research)の「2025年デジタルエージェンシー業界レポート」によると、2024年には専門特化型のエージェンシーが平均より43%速いペースで成長しており、84%のエージェンシーが自社を「専門特化型」と定義している。しかし、その内訳を見ると、サービス(手法)で専門化している企業が77%であるのに対し、業界で専門化している企業は57%にとどまる。
サービスによる専門化とは、いわば「私はハンマーの扱いが得意だ」と主張するようなものだ。それは、見込み顧客に対して「自分が何を提供できるか」を伝えるに過ぎない。一方、業界による専門化は、「相手の顧客価値、購買行動、意思決定プロセスや承認ルートをすでに熟知している」ことを示す。そしてこれこそが、多くの発注者が真に求めている要素なのだ。ディマンド・ジェン・レポート(Demand Gen Report)の「2024年B2B購買者調査」によると、発注者の64%がベンダー選定時の重要項目として「自社業界に関する深い知識」を挙げた。対照的に、「同じ都市にあること」を挙げた回答者は皆無だった。17年間の経営のなかで、「シカゴに拠点を置いているから」という理由で当社を選んだクライアントは1社も存在しない。
規制の厳しい業界には独自の課題が存在する
当社が最も深く関わっているバーティカルは金融および保険マーケティングである。この領域において「州境を越えるコストがゼロだ」と言えば誤解を招くだろう。保険業界は州ごとに規制されており(マッカラン・ファーガソン法によって州の優先的権限が維持されている)、同一の広告であっても州が変われば新たな承認制度への対応が必要になる。したがって、規制の厳しいカテゴリーにおいては、地理的な拡大にも一定のコストがかかる。
それでもなお、地理的拡大のほうがコストの低い軸であることに変わりはない。顧客構造、意思決定のパターン、施策のフォーマットはそのまま維持され、変化するのは承認プロセスのみだからだ。さらに、特定の規制業界に特化しているエージェンシーは、審査サイクル、免責事項の記載、要件に厳しいコンプライアンス担当者との関係構築といった承認ワークフローを構築済みである。これに対し、総合型エージェンシーが同業界に新規参入する場合、施策フォーマットとワークフローの両方を一から構築しなければならない。専門型が変更する変数は1つだが、総合型は5つの変数を同時に変更することになる。
「顧客集中のリスク」にどう対処すべきか
最もよく耳にする反対意見は、「1つのバーティカルに依存すると、業界の不況の影響をそのまま受けてしまう」という懸念だ。これは正当な懸念であり、当社が1つの業界にとどまらなかった理由でもある。しかし、重要なのは「順序」だ。まずは前述の「4つの答え」をリセットせずに済む軸に沿って、コストの低い多角化から着手すべきだ。例えば、同一バーティカル内の周辺領域(アドバイザー、保険マーケティング機関、それらを支援する保険会社や関連企業など)への拡張である。これらは企業ロゴこそ異なれど、顧客構造やコンプライアンス要件を共有している。また、企業の規模に応じた横展開も有効だ。同じ課題であっても、大企業の予算規模と中小企業の予算規模では、実質的に別のビジネスモデルになるからである。当社がその両方を扱っているのもそのためだ。コストのかかる多角化、すなわち完全に新しい業界への参入は、こうしたプロセスの後に、1つずつ段階的に行うべきなのだ。過ちは「バーティカルを増やすこと」自体ではなく、「1年間に3つも新しい業界を追加しておきながら、それを成長計画と呼ぶこと」にある。
新しい業界に進出する前に取り組むべきこと
実績のない新しい業界のクライアントと契約を結ぶ前に、前述の4つの答え(顧客価値、意思決定の複雑さ、検討期間、承認要件)を記憶だけで書き出してみるとよい。それが可能であれば、それは既存の知見の「横展開」であり、媒体買い付けと同等のリソース配置で対応できる。しかし、ゼロから調査・学習しなければ答えられないのであれば、それは「新規事業の立ち上げ」である。その学びのためのコストは自社で負担し、最も優秀な人材を投入した上で、実際に成果が出るまではそれを単なる「事業成長」と呼ぶのをやめるべきだ。クライアントは自社の勉強代を払うために契約するのではない。しかし、自社が新たな学びを得る立場にあるという自覚は持つべきだ。



