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2026.10.23 11:00

今なぜ「ロンジェビティ宣言」か――研究資産を最大化したロート製薬127 年の「回路」

ロート製薬が今年5 月に発表した「ロンジェビティ宣言」。健やかに年齢を重ねるために何ができるか――。

長年にわたる問いと答えの往還が、社員の暗黙知を統合し、世界市場での信頼を獲得する。


「無量寿」という仏教用語がある。「無量」は「はかることができない」こと、「寿」は「いのち」だ。したがって無量寿は「はかりしれないいのち」を意味する。ただし単に人間が永遠に生きることを願うだけでなく、生きとし生けるものを救おうと働きかけ続ける徳も表す。

ロート製薬は2026年、自らを「ロンジェビティを推進し、実現する企業」と位置づけた。ロンジェビティ(Longevity)の直訳は長寿だが、同社が目指すのも、寿命をただ延ばすことではない。長く健やかに、そして若々しく生きることだ。

社長の瀬木英俊は仏教の寺院の長男として育った。瀬木のロンジェビティという言葉が「逆輸入」されたという指摘もユニークだ。

「禅などと同じように、もともと日本にあった考え方が海外で磨かれ、あらためて日本に戻ってきた面があると思います。日本には昔から養生や長寿、無量寿といった概念があったのです」

ロート製薬は20年以上にわたって成長基調を維持し、2026年3月期に売上高3,437億円、営業利益411億円を計上し、27年3月期も増収増益を見込む。業績が好調な今、「宣言」は「攻め」の姿勢を意味するのか。

「社会情勢や市場環境がかつてないスピードで変化するなか、今の延長線で、中長期的に成長を続けるのは難しいのではないかという懸念がありました。個々の事業の戦略を積み上げるだけではなく、会社全体がどこへ向かうのかを明確にする必要があると考えました」

瀬木によれば、古くからある長寿の思想に、現代のサイエンスが追いつき始めたという。かつては漠然と「長生き」を願うしかなかったが、老化や恒常性、細胞同士の情報伝達などを科学的にとらえ、予防やセルフケア、治療を組み合わせて介入する道筋が見えつつある。

そこにロート製薬の強みが重なる。胃腸薬や目薬から始まり、スキンケア、食品、さらに再生医療へ。創業以来127年にわたり、社会の変化に応じて事業領域を広げる一方、「人を健やかにする」という軸はブレずに守ってきた。長年培ったそのブランド力は今、海外市場にも浸透している。

「医薬品も食品もスキンケアも再生医療も、目指してきたものは同じです。それを『ロンジェビティ』という言葉で明確にしたことで、会社として進む方向がより見えやすくなりました」

あああ

瀬木英俊◎ロート製薬 代表取締役社長。1985年4月 日本ヴイックス(現P&Gジャパン)入社。1997年6月ロート製薬入社。2012年7月執行役員、2018年6月取締役、2022年3月チーフストラテジーオフィサー、2023年6月常務取締役、2025年6月に代表取締役社長に就任。

ロートが今ロンジェビティを掲げることの社会的な意味はここにある。自社にすでにある資産を、未来の社会課題に向けてどうかけ合わせられるか。その実践を始めたという。

注目物質をキャッチした「3 つの偶然」

その構想を具体化する第1弾としてロート製薬が商品化するのが「フィトエクソソーム」が入ったスキンケアだ。この分野の第一人者で、ロート製薬とも共同研究を進めている東京医科大学特任教授の落谷孝広は、エクソソームを細胞間の「メッセージカプセル」と表現する。

「かつては細胞が出すゴミとみなされていましたが、今では生命活動を支える情報伝達の担い手として研究が進んでいます。エクソソームのなかにマイクロRNAなどの情報伝達物質が収められ、それを受けとった細胞の働きや遺伝子発現を調節しているのです」

エクソソームは人間だけのものではない。植物や微生物も同じように細胞外へ微小な粒子を放出し、周囲と情報をやり取りしている。ロート製薬は、こうした動物以外の生物に由来する脂質小胞を「フィトエクソソーム」と呼び、美容・ヘルスケアへの応用を進めている。

「近年では、植物や微生物に由来する細胞外小胞が、異なる生物種の細胞にも作用し得ることを示す研究が報告され、いわゆる『種を超えた情報伝達』の可能性が注目されています」

フィトエクソソームに人間の細胞にも働きかける作用があるなら、植物や微生物には単にビタミンやポリフェノールなど栄養成分の供給源としてだけでなく、人が自ら健やかな状態へ整える力の引き出し役としても期待できるわけだ。

「動物と違って移動できない植物は、紫外線や感染、寒さなどの環境変化に晒されるたびに生き抜くための情報を蓄えてきました。旬のものや森林浴が身体によいといわれてきましたが、私たちは植物を食べたり、森林の空気に触れたりすることで、植物由来のエクソソームにも接し、彼らが獲得してきた生存戦略の情報を利用してきたのかもしれません」

その「情報」の価値の担い手としてロート製薬が着目するのは、沖縄に生育する微細藻類のパブロバだ。パブロバのフィトエクソソームを抽出してヒトの皮膚細胞に対する作用を検証したところ、紫外線照射による炎症性物質の分泌抑制や、皮膚バリアの再建を促す反応が確認されたという。

植物や藻類は無数にある。なぜパブロバに行き着いたのか。ロート製薬取締役チーフサイエンティフィックオフィサー(CScO)本間陽一は「いくつかの偶然が重なった」とふり返る。

ひとつめのきっかけは、再生医療の研究だった。ロート製薬は、脂肪組織から取り出した「間葉系間質細胞」を使い、肝硬変などを治療する研究に取り組んでいた。そこでひとつの疑問が生まれた。

「細胞を患部に投与すると、なぜ治療効果が出るのか。調べてみると、移植した間葉系間質細胞が、周囲の細胞に働きかける物質を外へ出していた。そのひとつが、エクソソームだったのです」

一方、別の研究も進んでいた。テーマは漢方薬だった。

「漢方薬にもなぜ効くのかわかっていないものが多くあります。共同研究先と生薬の働きを調べる過程で、ナノサイズの丸い粒子を見つけ、抗炎症作用などを調べていたのです。後からふり返れば、エクソソームに近い存在でした」

あああ

本間陽一◎ロート製薬 取締役チーフサイエンティフィックオフィサー(CScO)。1992年入社。医薬品から化粧品まで、セルフメディケーション事業領域全体のR&Dを推進する役割を担った後、新規事業領域である再生医療分野を担当し、細胞製剤の研究開発を進めている。

そこに3つめの要素が加わった。「食」の事業だ。同社は「薬に頼らない製薬会社」を掲げてきた。病気になってから薬で治すだけでなく、毎日の食事から健康な体をつくることにも製薬会社は関与すべきではないか。そんな考えから2013年、農業を中心とするアグリ事業に本格参入した。その一環で2022年から沖縄に拠点を設け、パブロバなど微細藻類の培養研究に取り組んでいた。

当初の主な用途は食品で、フィトエクソソームの供給源ではなかったが、ここで別々に進んでいた研究がつながる。

「再生医療の研究を通じて、私たちはエクソソームの作用に着目し、その後、ヒトのエクソソームを抽出・精製する技術を磨いていました。この技術を植物や藻類に応用できるのではないか。そう考えて調べると、パブロバからもエクソソームが分泌されていることが確認できました。藻類なら培養条件を管理して大量に増やせ、安定供給もしやすい。研究が先行し、生産まで含めた社会実装の条件が最も早く揃ったのがパブロバでした」

再生医療、漢方薬、藻類。ロート内で進んでいた異分野領域の研究が、ロンジェビティの社会実装に向けて結びついた。

カオスをイノベーションへ束ねる方法

ロート製薬は沖縄・久米島に2025年4月、「藻類農園FARMO」を立ち上げた。同社アグリ・テック事業部長で、この農園を運営するロート・F・沖縄代表取締役の中原剣によれば、久米島はパブロバなど微細藻類の成長に好都合な環境を備えているという。

「水深612mからくみ上げる海洋深層水は雑菌が少ないうえ、栄養塩が豊富です。低温のため、強い日差しで熱くなった培養液の冷却にも使えます」

FARMOでは、藻類を屋外の池ではなく、閉鎖型のリアクターで育てる。張り巡らされた透明な管のなかを培養液が循環し、温度や光、流速、pH、培養液の成分などを細かく制御する。センサーだけに頼らず、人間が顕微鏡で細胞の状態を確認する。

あああ

2025年4月17日、沖縄県久米島町に「フィトサイエンス構想」の第1弾としてロート製薬が立ち上げた「藻類農園FARMO(ファーモ)」。藻類の研究、生産、加工のみならず、観光用視察ツアー設備も備える。

「最終製品の品質を左右する原料ですから、環境を高度に制御し、常に均一な品質で出荷できなければなりません」

こうして得られるパブロバ由来のフィトエクソソームを、同社の一般向けスキンケアブランドの製品に配合し、新製品を2027年春から順次発売する予定だ。

中原は異色の経歴の持ち主だ。大学院では植物の光合成を研究し、博士号取得後はワイナリーでのワインづくり、ログハウスビルダー、宮大工を経験して2020年にロート製薬へ入社した。

一見すると脈絡のないキャリアだが、中原のなかで一本の線でつながっているという。

「太陽の光を植物が受け取り、それが食や資源となり、人間の暮らしを支えている。その循環にずっと関心がありました」

ああ

中原剣◎ロート製薬 アグリ・テック事業部長/ロート・F・沖縄 代表。大学院で博士号を取得後、ワイナリーで経験を積んだのちに、ログハウスビルダー、宮大工、生物系ベンチャーなど異色の経歴を経て2020年にロート製薬入社。現在は、アグリ・テック事業およびロート・F・沖縄の責任者として、久米島に「藻類農園FARMO」を立ち上げる。

ロート製薬もまた、胃腸薬や目薬から始まり、スキンケア、食品、予防、さらに再生医療へと、127年の歴史のなかで、製薬企業として異色と言えるほど幅広い事業を手がけてきた。中原が入社を決めた理由のひとつもそこにあった。

「ロートもカオスですが(笑)、そのカオスを肯定し、健康を多角的に考えようとしている。その姿勢が自分の価値観と合っていました」

カオスを抱え込むだけなら簡単だ。難しいのは、カオスを具体的なソリューションへと束ねることだ。

特に企業は規模が大きくなるほど部門ごとの専門性が高まり、隣の部署が何をしているのか見えにくくなる。組織は縦割りになり、せっかく異なる場所に眠る知見も交わらないまま終わる。結果、暗黙知は野放しにされ、カオスは制御不能になる。

だが、ロート製薬では再生医療、アグリ事業がフィトエクソソームへと結びついた。振り返れば、目薬の研究がスキンケアへ、無菌製造の技術が再生医療へと応用されてきた。一見すると行き当たりばったりにも思えるが、それにしては、異なる研究の「合流」がうまく起こりすぎている。なぜなのか。

前出の本間は、社員同士が日常的に接点をもつための仕掛けがあるからだろうと話す。

「結局、違う領域をつなぐには、社員同士のコミュニケーションや雑談が大事なんです。年に一度の全社イベントでは多くの人数が集まりますし、社員旅行では普段まったく違う部署の人と一緒に行動します。『今、何をやっているんですか』という何気ない会話から、思いもよらない組み合わせが生まれることがあります」

さらに全社員が毎週、業務やそこで得た気づき、悩んだことまで「週報」として共有する、社内のオープンなプラットフォームもある。長年続く仕組みで、他部署の社員も自由に読むことができるという。

ロート製薬のカオスは放置された混沌ではない。

社員の暗黙知という離れた点同士が出合う機会を組織のなかに意図的につくり、それを製品や事業へ変える回路まで用意されたカオスなのである。フィトエクソソームは、ひいては「ロンジェビティ宣言」は、その文化から生まれたひとつの象徴と言える。

瀬木は、こうした「異文化融合」がロート製薬の強みだと考えている。

「事業ごとの壁を取り払い、ひとつの技術を別の領域へ横展開することを大切にしてきました。異なる知見をかけ合わせることで、イノベーションや新しい価値が生まれてくるからです」

「人を健やかにする」というロート製薬の長年の理念は、「宣言」によって新しい言葉をまとった。異なる研究がなぜこれほど合流するのか。その答えは技術だけでなく、社員同士が出会う仕組みのほうにあるのかもしれない。大切にしてきた価値を言葉にし直すことが、市場の信頼にもつながっていくのではないだろうか。

ホテルから宇宙まで 拡大するロンジェビティの市場規模

早野元詞◎東京理科大学 研究推進機構総合研究院 老化分子生物学寄附研究部門 准教授。専門は老化、エピジェネティクス。後天的な老化制御を研究。研究成果の社会実装を目指すASAGI Labsの代表取締役も務める。

ロンジェビティ市場は今、急速に輪郭を広げています。どこまでを市場に含めるかで推計は異なり、日本では2,000億円程度から2兆円程度、肥満治療薬のGLP-1受容体作動薬などまで含めれば10兆円規模との見方もあります。世界では、より広義のロンジェビティ市場が2023年の5.3兆ドルから2030年には約8兆ドルへ成長するとの予測もあります。重要なのは、この分野がもはやサプリメントや医療だけではないことです。老化を測定する技術やAIが進歩し、リスクを予測して介入するサービスへと広がってきました。さらに住宅、ホテル、不動産、保険、ペットなど異業種も参入しています。私は、将来ロンジェビティはAIと同じように、あらゆる産業に組み込まれる社会インフラになると考えています。

その先には宇宙があります。月面などで人が長期間暮らすには、無重力による筋力低下や精神的ストレスを抑え、遠隔で健康を管理する技術が不可欠です。ロンジェビティはいずれAIのように、あらゆる産業を横断するインフラになるでしょう。

日本には独自の勝ち筋があります。『養生訓』に象徴される、おいしく食べ、楽しみ、人とつながりながら健康に生きる文化です。全国トップクラスの健康長寿県として知られる静岡県のように、特別な努力をせずとも健康寿命が長い地域の食、気候、コミュニティをデータ化し、その理由を科学的に解明できれば、日本の暮らしそのものを世界市場へ輸出できる。私はそこに大きなビジネスチャンスがあると考えています。


ロート製薬

Promoted by ロート製薬 / text by Shinya Midori / photographs by Toru Hiraiwa