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2026.10.23 20:00

落合陽一と味わう、1000年の発酵食品パルミジャーノ・レッジャーノの職人技

AIが最適解を瞬時に返す時代に、人間の手に残る仕事は何か。1000年近く、職人の技で発酵を見守り続けてきたパルミジャーノ・レッジャーノを茶席に迎え、落合陽一が「デジタル発酵」を語った。


床の間には、巨大なパルミジャーノ・レッジャーノと落合陽一の作品が融合したインスタレーション。掛け軸ではAIがその場で生成し続けるイメージが動き、傍らにはAIと話せる黒電話。菓子はチーズのかけらをあしらったチーズケーキで、弥生から古墳時代の土器のかけらに載せて。8月下旬、東京・三田の茶室で開かれた、「パルミジャーノ レッジャーノ道」と題する茶会でのことだ。

亭主はメディアアーティストの落合陽一。主催のパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ協会は、1934年に設立された生産者の保護団体だ。生乳と塩、天然由来のレンネットだけを原料に、1000年近く、同じ製法でつくられてきたパルミジャーノ・レッジャーノ。その協会が日本での発信に掲げるキーワードが「道」だ。一人前の職人になるまでに長い鍛錬を要する手仕事の世界を、型の反復の先に何かが開ける日本の「道」の精神に重ねている。

茶室でチーズという取り合わせには、理由がある。日本に「芸術」という概念が入ってきたのは1870年ごろ。それより古くは、神社仏閣や茶の湯の床の間といった生活のなかにこそ芸術があった、と和装した落合は説明した。外の文化を取り込みながら変わってきたのが日本のカルチャーであり、茶席にイタリアの発酵食品を招くのはある意味で伝統にかなうことでもある。

人は見守り、味わい係

茶会のサブテーマは「デジタル発酵」。落合が近年使い続けている言葉だ。

「夜中のあいだ、LLMが勝手に仕事をしている。コンピューターが発酵しているみたいに動くこと。それが最近の私のテーマです」

掛け軸の映像もその実演で、裏でAIどうしが言葉を生成し合い、映像と茶室に流れるドローンサウンドが変化を続ける。人間の手を離れたところで何かが育つとき、なすべき仕事は?落合の答えは“味見”だ。今日の発酵はいい具合か、腐りかけているのか。判定する役は、味わう人間の側にある。

そのまなざしは、チーズのつくり手にも向く。熟成を担う職人の技術はどこにあるのか。落合はまず前提を整理する。

「職人が発酵させるわけじゃないですからね。発酵するのは微生物だから。基本的に人間は、“見守り”、“味わい”係なんです」

自然の力で発酵されるものを見張り、感じ取り、同じ味へ揃えていく。職人は、毎日コンディションの異なる生乳を見極め、上質なチーズへ仕上げていく。その技は、いまだに数式で書けない。建築と違って、味わいと発酵は、いまだ記述されない領域だ。だから1000年近く、人から人へ直接受け継ぐしかなかった。継承についても、落合の答えは「身体知」に寄る。いわく、知識は本で学べても、動きは違う、と。

「人間はこう動くよね、というやつは、直接見たほうが早いんです。特に振り付けは、人から人じゃないと継承されない」

最適解か、平衡点か

AIが最適解を瞬時に返す時代に、毎日のチーズの味見という営みが残ることは何を意味するのか。落合の見立てでは、人間が果たすべき役割の変化だ。

「頭の良さではAIのほうが賢くなっていく。人間は、味わう力とか、物を見る力が重要になる。感覚の鋭敏さとか、感じる解像度とか」

落合は「最適」という言葉を使わない。

「最適状態じゃなくて、平衡状態はありそうだなと思いますよ。最適点は全体のなかから見つけなきゃいけないけれど、平衡点はいっぱいあるから」

このチーズも、熟成の平衡点が変われば味が変わる。どの平衡点を選ぶかがつくり手の個性で、そこへたどり着くには数を当たるしかない。経験は重要です、と落合は繰り返した。

歓談の席では、熟成24カ月と36カ月の食べ比べが供された。好みを問うと、落合は36カ月を迷わず選んだ。でも、日本酒に合わせるなら若いほうがいい、とも。普段から家でも砕いたかけらにバルサミコ酢をかけ、日本酒やウイスキーと合わせて楽しんでいるという。

茶道はエアギターに似ている、と落合は語った。所作を尽くしても、それ自体でお茶がおいしくなるわけではない。それでも意味はある。

「いい感じに盛り上がれば、おいしくなるんです」

「パルミジャーノ レッジャーノ道」が掲げる言葉には「楽」の一字がある。この楽しさこそが、チーズの文化を長く育ててきた。豊かな風味を味わう楽しみ。その価値は軽いものではない。落合は取材のあいだ、このチーズに一貫して敬意を払っていた。

「製法が1000年近く受け継がれている食品というのは、なかなか特殊なものですよ」

デジタル発酵の時代に学ぶべきものは、古くから発酵とともにあるチーズや日本酒やお茶といった食品にこそあると語る。

協会が看板に据えた「道」について尋ねると、道の在りかは一人ひとりのライフスタイルにあるという。それでは、「パルミジャーノ レッジャーノ道」とは?

「うーん、なんだろうな」

少し考えてから笑顔で続けた。

「熟練の職人なら、技の継承のことを言うんだと思うんですけど、ここで言う道は、みなさん、パルミジャーノ・レッジャーノと楽しく生きてください、という意味だと思っています。練習を重ねて、自分の平衡点にたどり着く。そこに現れるのは、その人なりの道。つまり道はたどり着いた人の数だけあるわけです」

パルミジャーノ・レッジャーノとは
イタリアのエミリア=ロマーニャ州およびロンバルディア州の一部の指定地域でのみつくられるハードチーズ。生乳、塩、レンネットのみを原料にし、添加物は一切使用せず、1000年近く同じ製法でつくり続けられている。EUの原産地呼称保護(PDO)の認証を受け、熟成は最低12カ月、標準で24カ月、長いものは36カ月を超える。品質は、EUおよびイタリア省庁の委任を受けたパルミジャーノ・レッジャーノ品質管理機関による検査を経て保証される。

パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ協会とは
1934年に設立され、パルミジャーノ・レッジャーノの生産者を束ね、品質の検査と認定、製法と原産地呼称の保護を担う団体。EUの支援を受けて各国で啓蒙活動を行い、日本では「パルミジャーノ レッジャーノ道」を合言葉に、職人の手仕事の価値を伝えている。

本プロジェクトは欧州連合の資金協力を受けています。ただしここに示された意見は著者自身のものであり、必ずしも欧州連合または資金提供機関の見解を反映するものではありません。欧州連合および資金提供機関は、これらの内容について一切の責任を負いません。EU Reg.1144/2014 / Contract No. 101194314 ENSO_EU

パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ協会
https://parmigianoreggianodou.eu/


おちあい・よういち◎1987年生まれ。メディアアーティスト、筑波大学教授、ピクシーダストテクノロジーズ代表取締役会長。「デジタルネイチャー」を提唱し、2025年大阪・関西万博ではパビリオン「null²」を手がけた。

promoted by パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ協会 | photographs by Naoto Hayasaka (Y's C) | edited & text by Tsuzumi Aoyama