働き方

2026.10.16 07:46

「やりがいのある仕事」に必要なのは、感謝の言葉だけではない

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多くの人は自分にとって意味のある仕事をしたいと考え、その仕事によって尊重されたいと望んでいる。キャリアアドバイスは、この両方を真剣に考慮すべきだ。職場を管理する立場の人々も同様である。

いとこのデレクには、料理と中国語という2つの情熱があった。彼は子供時代の一部を台湾で過ごし、大学では中国語を専攻した。最終的に、米国市場向けに販売する中国のチーズ会社に就職した。書類上は完璧な適性に思えた。彼はビジネスの双方の言語と文化を理解しており、その知識のおかげで周囲から尊重されていた。

だが、何かが欠けていた。

彼はその仕事を辞め、ニューヘイブンでホームレスの人々の食事や食料を管理するマネージャーになった。

訪問中、私はデレクと彼の母親である私のいとこのエイドリアンと同じテーブルについた。彼女はバージニア州で小学校の教師としてキャリアを積み、その仕事を愛していた。しかし時が経つにつれ、指導とは無関係の責任が次々と増えていった。彼女にとって、それらの要求は痛烈なメッセージを含んでいた。彼女の仕事を指揮する人々は、彼女を特別にしていたもの、つまり「教えること」そのものをもはや重視しなくなっていたのだ。

彼女は退職した。

私はデレクに、彼がキャリアにおける理想の境地(スイートスポット)、すなわち意味のあることを行い、それに対して尊重される場所を見つけたようで本当に嬉しいと伝えた。彼の顔が誇りで満たされるのが見えた。彼がすでに感じていたことを、私が言葉にしたようだった。

エイドリアンの目に涙が浮かんだように見えた。それが息子に対する喜びなのか、自分からゆっくりと奪われていったものへの気づきなのかは分からなかった。おそらく両方だったのだろう。

その後、エイドリアンは自らの言葉でこう語った。「43年間教室に立ち続けた後も、私には教えることへの情熱と意欲、そしてエネルギーがありました」と彼女は言った。「私を追い詰めたのは、教育における『テスト至上主義の文化』がエスカレートし続け、管理職のサポートが激減し、教育者への敬意や感謝がほとんどなくなったことです。さらに、私はもう創造性を発揮することを許されず、生徒たちの人生に好影響を与える機会が大幅に制限されていることに気づきました……それが終わりでした」

その会話は私の心に残り続けた。そして最近、入院したことで、この問題について別の視点から考える機会を得た。

時間を持て余し、部屋を出入りする人々を見て、私は質問を始めた。いつ医療分野で働こうと決めたのか。なぜか。どのような訓練を受けたのか。自分の仕事が好きか。

医療搬送のスタッフは、まさか自分が医療の道に進むとは思っていなかったと語った。彼は現在、呼吸器ケアの短期集中訓練コースを受けていた。薬学インターンの女性は感染症分野で働きたいと考えていた。深く理解し、生涯の仕事にしたい分野であるウイルス学について語るとき、彼女の目は輝いていた。

医療分野への道筋は、大学から医系大学院へと進む一般的なルートよりもはるかに多様だった。心電図技師や採血技師を含む私が出会った人々は、コミュニティカレッジ、病院での訓練、専門学校について語ってくれた。彼らはまた、長い通勤時間、経済的な犠牲、そしてほとんどない自由時間についても語った。生活費を払いながらその訓練をやり遂げるのに、どれほどの決意が必要だったかについて、私は考え続けた。私をケアしてくれた人々は、他者をケアする方法を学ぶために、自分たちの生活にそのための時間を作ってきたのだ。

ある採血技師は、私の見つけにくい血管に特別な注意を払ってくれた。私の採血に必要な時間と努力を惜しまなかったのだ。私は彼女に「素晴らしいですね」と伝えた。彼女は自分の仕事がいかに有意義であるかを語り、それを上手に行うことへの誇りは明らかだった。

これが何を証明しているのかについては慎重でありたい。私は1つの病院の1人の患者であり、話をしてくれる気がある人々と会話したに過ぎない。患者と雑談する人々には明るく振る舞う十分な理由もある。最も重要なのは、すでに職場を去った人々は、質問を受ける部屋にいないということだ。私が聞いたことは事実だが、それは一例に過ぎず、包括的な調査ではない。

肩書からは、その人が一日の仕事の中にどれほどの意味を見出しているかは分からない。就職に必要な学位についても同様だ。バスの運転手は、人々を目的地まで安全に送り届けることに誇りを持つことができる。有料道路の徴収員は、短時間の触れ合いを人間味のあるものにできる。食事は単に終わらせるべきタスクにもなれば、誰かが楽しむべきものにもなり得る。

働く世界全体の至る所にやりがいは存在する。そこには敬意もあるべきだ。そして、生活可能な賃金も同様である。やりがいは報酬の代わりにはならない。自分の仕事を愛する人々に不当に低い賃金を支払う口実にしてはならないのだ。教師や介護者、補助員は、自分の仕事自体が報酬であると言われ、それを理由に低い対価を受け入れるよう求められることが少なくない。情熱を理由に「値引き」をされてはならないのだ。

学生が質問すべきこと

キャリアを検討している学生にとって、これは給与や資格、雇用の見通しに関する通常の質問に加えるべき重要な視点だ。それらの質問も重要だ。自立して生活していく必要があるからだ。しかし、尋ねる価値のある質問はほかにもあり、その相手として最適なのは、すでにその仕事に就いている人々だ。

  • 通常の1日は、時間ごとに具体的にどのようなスケジュールですか?
  • 仕事のどの部分を最も大切にしていますか? また、その妨げになっているものは何ですか?
  • ここでは人々はどのくらい長く勤める傾向がありますか? 新入社員の1年目はどのようになりますか?
  • 1週間の業務から1つのタスクを取り除けるとしたら、何にしますか?
  • 誰かが問題を提起したとき、雇用主は対応してくれますか?

1日誰かの仕事に密着したり、退職した数人に話を聞いたりする方が、求人票を読むよりも多くのことを教えてくれる。

なぜ離職するのか

人をある職種に惹きつけることは責任の一部に過ぎない。彼らが留まる理由も提供しなければならないのだ。

医療分野はタイムリーな例だ。労働統計局の予測によると、医療支援職と医療従事者・専門技術職を合わせると、2025年から2035年の間に新規雇用のほぼ3分の1を占めるとされている。両グループとも雇用全体よりも早いペースで成長すると予測されている。だが、成長とは求人が増えることを意味するのであり、満足した労働者が増えることを意味するわけではない。人々が定着して初めて、それらの求人は意味を持つのだ。

しかし、多くの人は定着しない。527の病院と26万2000人以上の正看護師(RN)を対象とした2026年のNSI定着率レポートによると、2025年の全国の正看護師の離職率は17.6%で、前年から上昇した。新しく採用された看護師の23%近くが1年以内に離職している。NSIは、ベッドサイド看護師1人を補充するコストを約6万90ドル(約949万円)と見積もっている。言い換えれば、敬意を払うことは親切であるだけでなく、離職の連鎖を防ぐためのコスト削減にもなるのだ。

教育の現場はより複雑な状況を示しており、それをありのままに語る価値がある。RAND研究所の推計によると、全国の教師の離職率はパンデミック時のピークである10%から、2024〜2025学年度には7%弱に低下したものの、パンデミック前の約6%をまだわずかに上回っている。これは着実な回復だ。しかし離職率の数字だけでは、自分の存在が単なるタスクリストの消化へと徐々に格下げされていると感じながらも留まっている教師がどれほどいるかを捉えることはできない。エイドリアンも、退職したその日まで統計には現れなかったはずだ。

教職や看護職は、深いやりがいを感じられる一方で、もどかしく、極度に疲弊する仕事でもある。この仕事には判断力、忍耐力、そして他者のニーズに対する持続的な配慮が求められる。仕事を愛しているからといって、そうした過酷な要求が消えてなくなるわけではない。

私は学校や病院で、お祝い、表彰、継続への奨励といった熱意あるメッセージをたくさん目にしてきた。感謝の意を示すことは重要だ。しかし、一部の「前向きな姿勢の強要」は、リーダーたちが改善のためにほとんど何もしていない労働環境に対して、労働者に満足するよう求めているに過ぎない。

誰かを「ヒーロー」と呼んだところで、その人が昼食をとる時間が生まれるわけではないのだ。

リーダーが実際にできること

敬意の形は仕事によって異なる。スクールカウンセラーにとっては、生徒と接することを妨げる業務を取り除くことかもしれない。教師にとっては、指導案の作成や授業の時間を確保することかもしれない。医療従事者にとっては、疲労回復を考慮したシフト、業務を適正に行うための十分な人員配置、そして懸念事項を真剣に受け止めてくれる上司の存在かもしれない。

リーダーは従業員に素直な質問を投げかけるべきだ。「私たちがあなたを採用した本来の業務を遂行する上で、何が妨げになっていますか?」

そして、その回答に基づいて行動を起こすべきだ。

事務作業はどこから発生するのか

これが言うほど簡単ではないことは分かっている。学校や病院で増加する事務作業の多くは、現場の管理者から発生しているわけではない。規制機関、保険会社、認証機関、行政の要請、そして厳しい予算などから生じており、校長や部門マネージャーが単にそれを消し去ることができるわけではない。しかしリーダーが無力というわけではなく、「私の手に負えない」というのがすべてではない。彼らには以下のようなことができる。

  • コストを計算する。ある要件が関係者全員にかける時間を合算する。管理室から見れば些細に見えるタスクが、生徒や患者、あるいは従業員の家族と過ごす時間を奪っている可能性がある。
  • 追加タスクの妥当性を検証する。新しいタスクを追加するときは、代わりにどのタスクを削るかを問いかける。何も削られなければ、業務は静かに膨れ上がっているのだ。
  • 肩代わりできるものを引き受ける。事務スタッフや補助職員を雇用し、ケアや教育を行っている現場の人々に文書作成の負担がかからないようにする。
  • 上層部に働きかける。学区、統括組織、あるいは議会に対し、指示された規定が現場でどれほどのコストを生んでいるかを伝える。それを発言できる立場にあるのは、多くの場合リーダーだけだ。

従業員を後ろから支えるということは、彼らが問題を特定したときに耳を傾け、適切な専門的判断を後押しし、学ぶための余裕を作ることでもある。何かがうまくいかなかったとき、責任追及だけでなく、何が起きたのかを理解し、従業員がより良く行動できるよう支援することも含まれるべきだ。

話を聞いた看護師たちからの提案

私がお話を聞いた看護師たちは、2つの具体的なアイデアを提案してくれた。

1つ目は、すべてのフロアに常駐の技術専門担当者を配置することだ。看護師たちの時間のあまりにも多くが、専門外である機器の不具合対応に費やされている。点滴装置の機器調整、点検用モニタリング装置、患者のテレビ接続などは、看護師の責任範囲に含めるべきではない。

2つ目は、期待以上の貢献をした際に、目に見える形で正当に評価し報いることだ。ある看護師は、昨冬の大雪の際、勤務予定のない時間帯だったにもかかわらず雪の中を歩いて出勤した時の話をしてくれた。彼女は複数のシフトをこなし、就寝用として病院のベッドを提供された。公共交通機関が止まっている中で出勤を求められ、連続シフトで働き、病院で寝泊まりする場合、感謝の意は多くの病院で使われている看護師表彰プログラム「デイジー賞(DAISY Award)」以上の意味を持つものでなければならない。危機において自ら進んで対応したことに対しては、手当を追加(例えば手当を2倍に)して支給すべきだ。就寝時間も含め、そこに拘束されていたすべての時間に対して給与が支払われるべきである。そして病院のベッドではなくホテルの一室を用意すべきだ。病院はまさにこのような緊急事態のために、割引料金で客室をまとめて手配できることが多いのだから。

より広義には、リーダーが傑出した働きを称えたいと考えるとき、表彰を受ける本人にとって何が本当に役立つかを考慮すべきだ。代替要員が手配された有給休暇、まとまった額のボーナス、あるいは実質的なギフトカードなどである。本人に尋ねるのだ。休んだ後に同じ仕事がそのまま溜まっているのなら、特別休暇はそれほどのご褒美にはならない。そしてこれらの配慮は、適正な給与と合理的な労働環境という土台があって初めて意味を持つ。たまのご褒美だけで敬意の重みすべてを支えることはできないのだ。

負担軽減のない「昇進」を与えてはならない

現場の看護師は、担当患者の負担が軽減されないままチャージナース(時間帯責任者)を務めるよう求められることが頻繁にある(集中治療の必要性が低い患者が割り振られることは多いものの)。カウンセリングの現場では、ディレクターの代わりに「リードカウンセラー」が置かれ、通常のディレクター業務に加えてフルタイムのカウンセリング業務をこなすことが期待されている。どちらの場合も、現場のスタッフに管理責任を担わせるのであれば、患者や相談者の担当数を減らす必要がある。

私が学校で行ってきたこと

私はキャリアの多くを学校現場で過ごしてきたため、内部からの視点としてこれを語ることができる。

教師に対しても同様の配慮が必要だ。私が勤務したほとんどの学校では、教師に担当時間割が言い渡されるのは新学期が始まる直前だった。これは教師を軽視し、生徒に悪影響を及ぼす。私は25年間にわたり全体時間割(マスター・スケジュール)を作成してきたが、夏休みに入る前に必ず教師たちに時間割を提示していた。使用教室の希望を聞き、授業間の移動距離を把握して極力短くするなど、できる限り希望に沿うよう努めた。また、授業準備の負担を最小限に抑え、教師が希望し得意とするクラスを担当できるよう尽力した。試験の監督や自習室の管理といった機械的な業務は、有資格の教育スタッフが担うべきではない。

ガイダンス・ディレクター(進路・指導部長)として、私は2000人の生徒を抱える学校のスケジュール変更をすべて個人で処理した。これによりクラスの少人数化とバランスを維持することができ、何より新学期の始まりにカウンセラーが時間的余裕を持って生徒に対応できるようにした。彼らはリスクを抱える生徒のフォローアップや進路相談、危機への対応に専念できたのだ。また、部署会議を利用して、スポーツ推薦や、集中外来・一部入院プログラムから復帰する生徒の成績証明書管理といった実践的な分野の研修をカウンセラー向けに行った。

「つながり」を保ち続ける

エイドリアンの経験は、従業員が実際に離職するずっと前に、雇用主はその人を精神的に失ってしまう可能性があることを思い起こさせる。彼女を教職から遠ざける責任が増えるたびに、彼女が愛した仕事と、要求されている業務との間のつながりは弱まっていった。デレクは自らの能力を自分が大切だと思う目的のために活かせる仕事を見つけた。病院で会った人々は、同じ満足感にたどり着く道がいかに多岐にわたるかを私に示してくれた。

私たちは若い人々がそれを探すのを手助けすべきだ。そして、リーダーたちがそれを守ることを求めるべきである。

患者のケア、子供たちの指導、人々への食事提供をうまくこなせるよう努力してきた人がいるなら、その人が仕事を全うできるよう、時間、サポート、そして敬意を与えるべきだ。日常の仕事の中で感謝を形にして示そう。

(forbes.com 原文)

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