長年にわたり、体験型マーケティングは誤解されてきた。人々はそれを、ポップアップ、ローンチ、ブランドの瞬間といったイベントに矮小化し、振り返り動画やSNS上の多少のインプレッションのためにつくられるものと見なしてきた。しかし、今日の市場はまったく異なる現実を映し出している。世界の体験型マーケティング支出は2024年に1280億ドル(約20兆3000億円)に達し、ついにパンデミック前の水準を上回った。ブランドが体験型マーケティングに投資しているのは、消費者がつながりを求めていることを認識しているからである。
その変化は、市場に実在するギャップから生まれた。大学バスケットボールを終えた後、私はスポーツマーケティングのビジネスに触れるようになった。信頼する友人たちとの会議の中で、ブランド、カルチャー、消費者の間に断絶があることに気づいたのは、その場でのことだった。ブランドはカルチャーへのアクセスを求めていたが、コミュニティと真正に関わるために必要な近接性や当事者としての経験を欠いていることが少なくなかった。有色人種コミュニティを対象とするキャンペーンは、しばしばそのコミュニティの人々が意思決定の場にいないまま組み立てられていた。言葉、ニュアンス、感情的なつながりが見落とされることが多かったのである。
体験型マーケティングは、ブランドが人々とより意味のある形で関わる環境をつくることで、この断絶に応える。今日、体験型マーケティングは、消費者がブランドと接点を持つあらゆる場所に存在し、プロダクト、メディア、ソーシャル、デジタル、人材、カルチャーの中に織り込まれている。これらの要素をつなぐ結合組織として機能するものであり、マーケティング戦略において最後の章ではなく、最初に検討すべき要素の1つであるべきだ。
私たちは、米国有数の学術医療センターであるCedars-Sinaiとの仕事で、これを直接目にした。ロサンゼルス全域の地域医療に何十年も投資してきたにもかかわらず、同センターの多くのプログラムやリソースは、それを必要とするコミュニティにとって見つけにくいままだった。私たちは単発のイベントをつくるのではなく、「Here. For L.A.」という地域エンゲージメントのプラットフォームを構築し、近隣での体験、地域パートナーシップ、ストーリーテリング、ソーシャルコンテンツ、デジタルリソースを1つの戦略的エコシステムで結びつけた。それぞれの接点が互いを補強し、Cedars-Sinaiによる地域への投資をより可視化し、利用しやすくするとともに、単一のアクティベーションを超えた関係構築を可能にした。
これこそが、「見られるマーケティング」と「記憶に残るマーケティング」の違いである。体験型マーケティングが正しく実行されると、何ひとつ断絶しているようには感じられない。体験がコンテンツを生み、コンテンツがソーシャルへと広がり、ソーシャルがより深いエンゲージメントを促す。マーケティング環境が進化し続ける中で、ブランドの持続的なインパクトは、単にどれだけ多くの人に届いたかではなく、築いた関係の深さによってますます決まるようになるだろう。
イベントと体験、その決定的な違い
マーケティングにおける最大の誤解の1つは、イベントと体験を同じものだと考えることだ。同じコンプトン出身のケンドリック・ラマーは、これを最も的確に言い表している。「彼らは僕らとは違う(They not like us)」
イベントは一時的なものだ。体験はその瞬間を超えて広がる。ポップアップとは、人々がドアをくぐる瞬間だけを指すのではない。その前の期待感、その最中の会話、そしてその後も巡り続けるコンテンツまでを含む。
オリンピックは技術的にはイベントと見なされるかもしれないが、人々はストーリーテリング、パートナーシップ、記憶、地域の誇り、文化的影響を通じて、そのインパクトを何年にもわたり体験する。ブランドについても同じことがいえる。企業がアクティベーションそのものを超えて考えられないとき、勢いを無駄にすることになる。連続性も、消費者が自らの物語を語るためのより大きなナラティブもない、孤立した瞬間を生み出してしまうのだ。
体験型マーケティングでは、ブランドはその瞬間自体を超えて考える必要がある。人々が到着前に何を感じ、去った後に何を記憶するのかを考えるのである。最もインパクトのある仕事は、体験型マーケティングが最初から意思決定の場に加わり、戦略の形成を支援するときに生まれる。イベントは、はるかに大きな体験の中の1章にすぎない。
人々が感じられる体験
体験型マーケティングは感情的なつながりを生み出す。Bernd H. SchmittはExperiential Marketingの中で、「体験は、機能的価値に代わる感覚的、感情的、認知的、行動的、関係的価値を提供する」と書いている。だからこそ、人々は広告を忘れた後も、優れた体験を長く覚えている。消費者のために体験を企画する中で私が見いだしたのは、人々が自然な形で物語の一部になったときに最大のインパクトが生まれるということだ。それがオーディエンスをコミュニティへ、認知を支持へと変える。ストーリーテリングが今も不可欠である理由もそこにある。
NikeのAir Force 1は、単にカルチャーの中でマーケティングされたのではなく、人々がそれを手に取り、自分らしくアレンジし、自らのアイデンティティを重ね合わせたことで、カルチャーの一部になった。そのプロダクトのカルチャーは、どのキャンペーンよりも大きな存在になった。今日のブランドにとっての本当の機会はそこにある。すべての会話をコントロールすることではなく、消費者が物語を続けられるほどの感情的な共鳴を生み出すことだ。なぜなら、現代の口コミはもはや人から人へと伝わるだけではない。ソーシャルプラットフォーム上で共有される実体験を通じて広がる。体験型マーケティングが最も力を発揮するのは、ブランドが自社の販売物について語るだけでなく、消費者が何を感じているのかを理解し始めるときである。
長期戦を戦う
消費者は購買判断において、ますます価値観の一致を重視するようになっている。人々はもはや、最大級の文化的イベントのときだけ姿を見せるブランドを求めていない。自分たちの価値観と一致していると感じられるブランドを求めているのだ。そのためには関係性が必要である。
ブランドが体験型マーケティングを誤るのは、追いかけるからだ。即時性、つまり目先のインプレッションや即座のバズを追い求める。そして姿を消す。しかし、コミュニティは誰が残るのかを覚えている。
Cedars-Sinaiの取り組みは、その好例である。その投資は決して即時の成果を目的としたものではなかった。ロサンゼルスの多様性全体を反映する体験をつくり、時間をかけて信頼を獲得することが目的だった。
ブランドが単一の体験を超えて考えるとき、それは消費者に対してコミットメントを示すシグナルとなる。その企業がオーディエンスを理解し、関係への投資を継続する意思があることを伝えるのだ。
その信頼は、ブランドが避けがたく失敗を犯すときに、とりわけ価値を持つ。真正な関係を築いてきた企業には、立て直す余地が与えられることが多い。取引だけを基盤に築かれたブランドには、そうした余地はほとんどない。そして最終的に、体験が終わった後も人々がつながり続ける理由は、その関係性にある。体験は扉を開く。関係性こそが、その扉を開いたままにするのである。



