今年はネーションワイド(Nationwide)の創業100周年にあたるが、同社は異例の強さでこの節目を迎えた。相互会社形式の保険・金融サービス企業である同社は、2025年の売上高および保険料収入が過去最高の732億ドル(約11兆6000億円)に達し、5年間で210億ドル(約3兆3200億円)増加したと発表した。同社のポートフォリオは、自動車保険や火災・地震保険にとどまらず、商業保険や特殊保険、生命保険、年金、退職金プラン、団体福利厚生、ペット保険にまで及んでいる。
ネーションワイドに31年間在籍する最高技術責任者(CTO)のマイケル・キャレルは、約4000のアプリケーション、21ペタバイトのデータ、年間340億件のAPIトランザクションを支える7000人超の従業員と請負業者を率いている。彼の所管には調達、企業不動産、警備サービスも含まれ、物理的セキュリティ、デジタルセキュリティ、職場テクノロジーを連携したモデルの下に置いている。
ネーションワイドの相互会社構造も、こうした優先事項に影響を与えている。同社は公開株主ではなく会員(契約者)によって所有されているため、健全な財務規律と長期的な顧客重視を両立させることができる。「私たちは並外れた配慮をもって、人、ビジネス、そして未来を守るために存在している」とキャレルは述べる。テクノロジーの目的は、デジタルイノベーション、データインテリジェンス、レジリエントなシステムを通じて、その配慮を拡張することだ。
モダナイゼーションがイノベーションの余地を生む
ネーションワイドは2028年までにテクノロジーへ15億ドル(約2370億円)を投資する計画で、その中にはAIを推進するために3年間にわたり年間1億ドル(約158億円)を投じる計画も含まれる。この取り組みは、過去5〜10年にわたって中核システムのモダナイゼーションに投じた約50億ドル(約7910億円)を土台としている。キャレルは、同社が次のイノベーション段階を支えるために必要な重い作業の大半を終えたと考えている。
「我々はすでに投資を行った」と彼は強調する。「大変な基盤構築は終わっており、現在はその成果が現れ始めている」。その成果の一つが、モダナイズされた基幹システムと独立系代理店、金融プロフェッショナル、その他のパートナーを接続する「パートナー・インテグレーション・ハブ」だ。APIやその他の統合パターンを通じてこれらの接続をプロダクト化することで、ネーションワイドはより迅速に新機能を導入できるようになった。
キャレルはパートナー企業のCIOやCTOと会談し、リアルタイムデータストリームや新しいデジタルインタラクション形式に対する需要を事前に察知している。「相手の準備が整う前に、こちらが準備を整えておきたい」と彼は強調した。
「日常的なAI」からビジネス変革へ
ネーションワイドはAIに関する取り組みを複数のレイヤーに分けている。「Everyday AI(日常的なAI)」は、全従業員に検索、要約、コンテンツ作成のためのツールを提供し、個人の生産性を高めるエージェントを構築できるようにする。局所的な取り組みが個別プロセスを改善する一方、主力プログラムは引受審査、保険金請求、契約成立後の取引といった領域を対象にしている。同社はまた、AIを中心にソフトウェア開発ライフサイクルの再設計も進めている。
商業農業の引受審査では、1件の申請に50通の書類、24のデータソース、数百のデータ項目が含まれることがある。ネーションワイドは、予測モデル、生成AI、エージェントを統合インターフェース内で組み合わせ、手作業を減らし、より迅速な回答を提供している。
キャレルは、普及は個人の体験から始まると考えている。「個人レベルでAIを使って働き方を変革できなければ、チームやビジネス全体の働き方を再考することなど不可能だ」と彼は言う。ネーションワイドの「フューチャー・オブ・ワーク・センター」は、一般社員、管理者、経営幹部向けに厳選された学習機会を提供している。未来対応型の学習スプリントではグループでの議論や振り返りが追加され、役割別のアセスメントによって、AIが自身の業務をどのように変える可能性があり、どんなスキルが必要になるかを従業員が理解できるよう支援している。
直近の全社ハッカソンには172チーム、約900人の従業員が参加し、その中にはテクノロジー部門以外の参加者も120人含まれていた。このイベントは、アイデアのテスト、スキルの開発、追加投資に向けたビジネスケースの作成を行う安全な環境を従業員に提供している。
意思決定を加速させるガバナンス設計
ネーションワイドは、別個のガバナンスシステムを構築するのではなく、確立されたモデルリスクフレームワークを生成AIやエージェンティックAI(自律型AIエージェント)に拡張している。提案されたユースケースは、関連するデータ、ビジネス上の目的、法的要求事項、信頼性の高いパフォーマンスを維持するために必要な管理措置に基づいて評価される。
キャレルは、ガバナンスがイノベーションを阻害しなければならないという前提を否定する。「ガバナンスは進行を遅らせるためのものではない」と彼は説明する。「実際のところ、進行を加速させ、ゴー(イエス)かノーかの判断を迅速に下せるようにするためのものだ」。法務、サイバーセキュリティ、全社的リスク管理、事業部門の各チームがそのプロセスに参加している。
ネーションワイドはデータ資産を階層化し、データのリネージ(履歴)、メタデータ、ガバナンスを組み込んだ「信頼できるデータスコア」に基づいて評価も行っている。事業責任者とテクノロジー責任者が共同でスコアの改善に取り組む。「信頼とは最後に付け足す統制手段ではない」とキャレルは強調する。「製品自体に不可欠な要素として組み込まれなければならないものだ」。
人間同士の関係性の維持
これと同じ哲学が、ネーションワイドにおけるAIエージェントの採用にも活かされている。エージェントは従業員の効率を高め、顧客サービスを向上させることができるが、判断と説明責任は人間が保持しなければならない。適切なバランスは、顧客や状況によって異なる。
そのためネーションワイドは、デジタル体験から人間のサポートへと移行する明確なオフランプ(脱出口)を設計している。顧客はアプリやチャットボットを通じて手続きを開始しても、状況が複雑になった場合には人間と話したいと思うかもしれない。死亡保険金の請求や住宅の甚大な被害などの際には、最初から対人対応を優先することもある。「顧客がいつでも人とつながることができるよう、常に配慮している」とキャレルは強調する。
次のフロンティアは、社内外におけるエージェント間のコミュニケーションだ。キャレルは、保険会社のウェブサイトではなく対話型プラットフォーム内で始まるやり取りを含め、営業や対客サービスにおいてAIエージェントが果たす役割が拡大すると予想している。ネーションワイドはすでに、AIチャットを通じた保険見積もりの提供を実験しており、エージェント間通信の標準仕様も確立している。
そうした未来はまだ不確実だが、ネーションワイドのモダナイゼーションへの取り組みは同社に多くの選択肢を与えている。デジタル基盤、パートナー・エコシステム、信頼できるデータ運用、そして人間の判断の重視といった要素により、保険の本質である人間関係を維持しながら、新しい対話モデルを採用する柔軟性を確保している。キャレルにとってこの組み合わせこそが、創業100年の組織が次の100年に備える方法なのだ。
ピーター・ハイ(Peter High)は、ビジネスおよびITアドバイザリー企業であるMetis Strategyの社長。最新著書『Getting to Nimble』を含む3冊のベストセラーがある。また、ポッドキャストシリーズ「Technovation」のモデレーターを務めるほか、世界中のカンファレンスで登壇している。X(旧Twitter)のアカウントは@PeterAHigh。



