当社が1件の保険契約を販売する前に、保険会社や規制当局との関係、テクノロジーと管理体制、そして自分たちが引き受ける義務を理解する人材が必要だった。その作業には、顧客が当社の商品を購入するかどうかを試す前から、多大な時間と資本を要した。これは、多くのスタートアップがもっと早い段階で取り組む問いである。
複数のアドバイザーから、インシュアテックにおいて認可を受けた商品を市場に投入すること自体が1つの成果だと言われた。当初は、そのハードルは低いように聞こえた。私は成果とは、保険を販売することであり、販売の準備をすることではないと考えていたからだ。しかし保険業界では、企業は収益を上げ始める前に、規制された枠組みの中で事業を運営できる能力を確立しなければならない。
この業界に8年いて分かったのは、そうした要求事項があったからこそ、当社はスケールする前に事業基盤を構築せざるを得なかったということだ。それらは参入障壁となって他の新規参入企業にも同等の基準を課し、保険証券に記載された約束を果たす準備ができていない企業から消費者をある程度保護する役割を果たしている。
規制という参入障壁が求めるもの
参入コストは、規制当局への届け出や承認にとどまらない。認可を受けた保険商品には、経験豊富な人材、信頼できるシステム、適切なパートナー、内部統制、そして何年も未履行のまま残る可能性のある義務を管理する規律が必要である。優れたテクノロジーは、脆弱なコンプライアンス機能をいつまでも補えるわけではない。また、経験豊富な保険人材も、正確な情報がなければ責任ある運営はできない。
当社では、リスクとコンプライアンスを統括する責任者に投資するとともに、社内に相当な保険専門知識を蓄積してきた。その経験は、製品設計、業務運営、保険金請求対応に反映され、リスクを早期に発見することに役立っている。前提が組織に組み込まれる前に疑問を呈し、立ち上げ時になされた選択が規模拡大時にどのように作用するかを理解することができる。
競合企業は、機能や顧客インターフェースを比較的短期間で再現できる。しかし、責任ある運営を時間をかけて続けてきた企業が蓄積した関係、保険知識、管理体制、判断力を再現することは、はるかに難しい。規制は、そうした基礎的な能力を求めることで参入コストを引き上げる。これにより、既存事業者には、ソフトウェアのリリースやマーケティング予算だけでは他社が獲得できない優位性が生まれる。
近道が結果として高くつく理由
初期段階の事業においてはスピードが評価されるため、近道を選択することが、長期間にわたって効率的な実行であるかのように見えることがある。負債(潜在的リスク)が不明なまま、企業はより早く市場に参入し、より低い運用コストを報告できるかもしれない。しかし、保険は決定からその結果が完全に現れるまでにタイムラグが生じるビジネスであるため、脆弱性が顕在化するのは、契約件数や保険金請求、規制当局による監視が増加してからになることが多い。
経営陣は、単にコストが将来に先送りされただけであるにもかかわらず、当面の問題がないことを自身の正しさの証明だと誤認してしまうことがある。問題が表面化する頃には、初期の妥協が事業全体に定着してしまい、それを取り除くのに膨大な費用がかかる可能性がある。最初に必要な投資を行った企業も失敗することはあるが、追い詰められた状況で「初期の構造では自分たちが築いた事業を維持できない」と気づくような事態に陥る可能性は低い。
なぜ消費者には枠組みが必要なのか
保険は信頼の上に成り立っている。顧客は、遠い将来に発生するかもしれない出来事に対する約束に、今代金を支払うからだ。保険証券には、その出来事が合意された補償範囲に該当する場合に保険会社がどのように対応するかが記録されるが、購入者は物理的な製品のようにその約束を点検・確認することはできない。
大半の消費者は、保険証券の背後にある財務能力、業務能力、保険金支払能力を独自に評価することはできない。消費者が期待するのは、損害が発生した際に、保険会社がそれを補償する手立てと規範を備えていることだ。意味のある基準と監視がなければ、消費者は最も重要な局面で価値のない約束を突きつけられることになりかねない。過去の失敗例を見れば、この業界がなぜ企業に対して将来の義務を果たす能力の証明を要求するのかが分かる。
企業にこうした能力の構築を義務付けることで、規制の枠組みは消費者のリスクを軽減し、責任ある事業運営に投資する企業に報いている。一部の規制手続きはより効率的になるべきだし、そうなることも可能だが、手続き上のわずらわしさがあるからといって、体制構築の必要性やそれを適切に作り上げる商業的価値が消えてなくなるわけではない。
コンプライアンスを会社に組み込む
保険事業を立ち上げるリーダーにとって、コンプライアンスは初期設計の一部であるべきだ。商品、販売モデル、プロセスを決定した後にリスクやコンプライアンスを検討し始めれば、何カ月もの作業をやり直すことになりかねない。初期の前提条件が、規制された市場に適合しないと判明する場合があるからだ。
強固な計画には、十分な経験を持つリスク・コンプライアンスのリーダーシップの確保と、早い段階での社内保険知識の育成が含まれる。そうした部門には、商品や運営の決定を行う人物へのアクセス権と、会社がまだ賢明に対処できる段階で懸念事項に対応できる十分な権限が必要である。コンプライアンスを単なる「最終チェック」として扱うことは、その専門知識が最も役に立つタイミングでビジネスからその知見を奪うことになる。
最初の保険証券の販売は市場参入を意味するが、重要な作業の大部分はそれ以前に完了しているべきだ。自社製品を支えるために必要な関係性、システム、社内での判断力を構築すること。数年後、それらの能力は顧客を守り続け、参入を決めただけの準備不足な競合他社が容易には超えられない障壁となる。



