経営幹部は常に、投資と他の資金用途やそれに伴うリスクとを天秤にかけている。筆者の会社が先ごろ開催したウェビナーで、ウォール街でCFOやCEOを歴任したアル・ペトリロは、営業担当者から「夜も眠れないほどのお悩みは何ですか?」と聞かれると、たいてい彼らを退室させたと明かした。この質問はコンサルティング型のアプローチに聞こえるかもしれないが、商談が自分の時間を割くに値する理由を顧客側に説明させようとしているように感じられるのだ。
この話は、営業における財務リテラシーのより広い意味合いを筆者に思い出させた。というのも、多くのシニア経営幹部から同じことを聞いてきたからだ。彼らは時間が限られており、自分たちにその作業を押し付ける営業担当者に対しては忍耐がほとんどない。
したがって、営業担当者は財務アナリストになる必要はないものの、自社の扱う製品・サービスを顧客企業のビジネスに結びつけられるだけの十分な財務リテラシーを備える必要がある。つまり、成果、根拠、トレードオフ、そして投資判断について説得力をもって議論できる程度には、顧客のビジネスが財務的にどのように成り立っているかを理解していなければならない。
営業担当者が信用を失う瞬間
営業担当者は、顧客から価格を問われたりROI(投資対効果)について尋ねられたりする前の商談初期の段階で、信用を失ってしまうことがある。これにはしばしば3つの習慣が原因として挙げられる。
1つ目は、製品主導のアプローチだ。ビジネス上の課題や成果に結びつけることなく、機能や能力、導入手順ばかりを説明することである。2つ目は、「効率性の向上」や「コスト削減」といった抽象的な価値の提示に終始し、その価値がどこから生じ、どのように測定されるのかを示さないことだ。そして3つ目は、事前のリサーチ不足のまま漠然とした質問を投げかけ、顧客が確認、反論、あるいは修正できるような洞察に満ちた仮説を提示できないことである。
完成された提案書ではなく「仮説」を準備する
経営幹部との商談に臨む前、営業担当者はビジネス上の課題、想定される影響、そしてそれに伴うトレードオフについての作業仮説を用意しておくべきである。これにより、顧客に具体的な対話のスタートラインを提供できる。
これは完成された事業計画(ビジネスケース)ではない。顧客と対話する前に、計画を完成させるに十分な情報が揃っていることは稀だからだ。検証されていない前提に基づく精密なROIの約束は、反論されやすく、擁護しにくい。
営業担当者がこの仮説を構築するうえで、次の4つの質問が役立つ。
1. どのような事業課題に取り組んでいるか?
売り手の言葉ではなく、顧客の言葉で課題を表現すること。「当社のプラットフォームはレポート作成を自動化します」というのは機能の説明にすぎない。「財務チームがレポートの手動統合に数百時間を費やしている」というのは事業課題の表現である。これはまだ検証が必要だが、顧客が確認、反論、修正を行うための具体的な材料となる。
2. その課題は業績にどのように影響し得るか?
売上、利益率、キャッシュフロー、コスト、資産、リスク、成長、あるいは人材への影響の可能性を探る。最も妥当性の高い関連性を特定し、顧客とともにそれを検証する。
先ほどのレポート作成の例で言えば、集計の遅れは人件費の増加、意思決定の遅延、リスクの不透明化、あるいは財務スタッフが高付加価値の業務に集中できない事態を引き起こす可能性がある。営業担当者と顧客は、どの影響が重要(マテリアル)であるかを突き止める必要がある。
3. 顧客は改善をどのように評価するか?
営業担当者は、顧客がどのような根拠を受け入れるかも把握しておく必要がある。レポート作成の例では、集計作業時間や分析に充てられるようになった余力などが挙げられるだろう。現在組織で何を測定しているのか、誰がその根拠を評価するのか、そしていつ成果が期待されているのかを質問する。
顧客自身が社内で根拠を示せないような魅力的な数字よりも、前提条件が明確に記載された信頼できる範囲(レンジ)のほうがはるかに有用である。
4. 顧客はどのようなトレードオフを検討するか?
経営幹部は、他の資金用途と今回の投資を比較・検討し、同時に導入にかかる労力、業務への影響、定着リスク、価値創出までの時間を評価する。
レポート作成の例では、現状のプロセスを維持する、人員を増やす、プロセスを再設計する、あるいはテクノロジーに投資するといった選択肢が考えられる。これらの選択肢を議論の場に乗せることで、経営幹部が直面している意思決定を中心に会話を進めることができる。
仮説を活用してより的確な質問を投げかける
こうした準備が商談の骨組みとなるべきだ。例えば、サービス提供能力(キャパシティ)のひっ迫を示唆する兆候に気づいた営業担当者は、「今年の最優先事項は何ですか?」と始めるのではなく、次のように問いかけることができる。
「御社の事業拡大計画と運用コストの上昇を踏まえると、サービス提供能力の確保が優先課題ではないかと拝察いたします。この見立ては妥当でしょうか。もしそうであれば、人員追加と生産性向上をどのように比較検討されており、どの程度の期間でリターンをお考えでしょうか」
これにより、相手の答えを決めつけることなく、ビジネス上の直面している課題を提示できる。経営幹部は仮説を検証し、反論し、あるいは補正し、不足している要素を付け加えたり、意思決定に必要な根拠を説明したりすることができる。顧客側に自社との関連性を探させるよりも、こちらのほうが経営幹部との会話を始めるうえで格段に信頼性の高い方法である。そうして初めて、顧客と営業担当者は一緒に数字の検討を進めることができるのだ。



