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リーダーシップ

2026.10.09 20:46

私たちはAIの「本当の価値」を測れていない

stock.adobe.com

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これまでに数多くのAIに関する議論に参加してきたが、遅かれ早かれ、誰かが生産性の数値を求め始めることに気づいた。たいていはそのタイミングでスプレッドシートが取り出される。「何時間節約できるか?」「どれだけの業務を自動化できるか?」「人員はどれだけ必要か?」「コストはどうなるか?」

どれももっともな問いだ。しかし、それらを積み上げても、私たちが思っている答えにはならないのではないかと感じている。

重要なのは生産性か、価値か

AIによって週に10時間が節約された場合、その時間に見合う価値を設定し、生産性が向上したと宣言することはできる。だが、その10時間はどうなるのだろうか。もし、さらなる会議やメール、報告書の作成、そして会社特有の形式的な忙しさの中に消えてしまうのであれば、価値はほとんど創出されていない。余力を生み出し、それをただ消費しただけだ。

もし、その同じ10時間によって、もう1人の顧客に対応できたり、製品をより早く市場に投入できたり、より良い意思決定ができたり、あるいはこれまで未解決だった課題が解決できたりするならば、話は別だ。したがって、私たちが追い求めるべき数値は、AIによる生産性ではなく、「AI価値」なのかもしれない。

そしてAIの価値について考えれば考えるほど、しばらく取り組んできた別のテーマ、すなわちタレント・バリュー(人材価値)と切り離すことが難しくなる。

コストは把握していても、価値を把握しているか

これは現代の企業における奇妙な点の1つだ。私たちは人材にかかるコストについては実によく知っている。人員数、報酬、離職率、稼働率、採用単価、組織の階層や管理スパン、従業員1人あたりの売上高などは、すべて細分化され、ベンチマークされ、美しく提示される。

しかし、少し異なる質問を投げかけてみてほしい。「ある組織の人材を、別の組織の人材よりも価値あるものにしている要因は何か」と。すると、途端に曖昧になる。

企業が、まったく異なる人材市場において同様のスキルをめぐって競い合っているのを私は目にする。同じスキルであっても、ベンガルール、シンガポール、マニラ、サンフランシスコでは、その獲得可能性や経済条件が大きく異なる。豊富に存在するものの定着率が低いスキルもあれば、高コストでありながら代替可能になりつつあるスキルもある。AIによって増幅されることで価値が高まるスキルもあれば、基礎的な作業をAIが代替できるようになることで価値が低下するスキルもある。

だからこそ、私は「人材価値指標」を、獲得可能性(availability)、能力(ability)、価格妥当性(affordability)、魅力度(attractiveness)、代替手段(alternatives)、アクセス性(accessibility)という6つの視点から考えてきた。

世の中にはこれ以上新しい人事フレームワークなど必要ないかもしれない。しかし、人員数やコストだけでは、組織が必要な能力を備えているか、それをどこで見つけるべきか、そしてその能力が何を創出できるかについて、ますます見えてこなくなっている。

人員数ではなく、業務から始める

私が目にするAIを活用した人員計画の驚くほど多くが、いまだに「現在の組織」を出発点にしている。「現在、500人がこの業務を行っている。AIの導入によって生産性が20%向上する。したがって……」。スプレッドシートが次にどのような展開になるかは、容易に想像がつくだろう。

問題は、これが「現在の業務は存続させる価値がある」という前提に立っていることだ。私は順序を逆にする必要があると考えている。まず企業が達成しようとしている目標から始め、次にそれを達成するために必要な業務を検討するのだ。

業務の中には、完全に廃止すべきものもあるだろう。機械に任せられるものもある。人間がAIを活用することで劇的に改善するものもある。そして、専門知識や共感、文脈の理解、あるいは判断力に依存する業務もあり、これらを排除してしまわないよう、慎重に設計しなければならない。

そのうえで、どのような人材が必要かを決定する。この変化は小さく聞こえるかもしれないが、人員計画の問いを「人員が何人必要か?」から「人間と機械の能力をどのように組み合わせれば、最大の価値を創出できるか?」へとシフトさせるものだ。

これが、AIと人材が別々の投資議論として扱われることに私がますます違和感を覚える理由でもある。十分なスキルや文脈の理解、活用する自由を持たない人々に高度なAIを提供しても、その投資対効果は失望を誘うものになるだろう。また、不適切に設計された業務に極めて有能な人々を配置すれば、彼らは価値を創出する代わりに、社内の調整に能力の大部分を費やすことになりかねない。

双方が適切に噛み合えば、互いの価値を高め合うことができる。

この主張を明確にするために、方程式で表現したくなる。

業務から得られる企業価値 = 人材価値 × AI価値 × 展開力

業務自体が間違っていれば、優れたAIを導入しても解決にはならない。能力が備わっていなければ、テクノロジーだけでそれを補うことはできない。そして、人々がそれらを効果的に活用する裁量を持っていなければ、理論上の価値の大部分は理論上のままで終わる。

これは人事だけの問題ではない

長年にわたり、私たちは人員に関する問題を人事に、テクノロジーに関する問題をIT部門に、そして双方の経済的評価を財務部門に委ねてきた。しかし、AIの登場により、これらの境界線を維持することはますます困難になっている。

AIが業務を変革すれば、必要とされる能力も変化する。それは、組織が何を基準に採用し、育成し、あるいは外部から調達するかを変える。業務をどこで行うべきかという立地にも影響を与える。人材市場の相対的な魅力度や、どのようなスキルが高い価値を持つかも変化する。

問いは単に「どこで人材を最も安く確保できるか」ではない。「人材、AI、エコシステム、そして事業環境の組み合わせによって、1人あたり最大の価値を生み出せる場所はどこか」なのだ。

これはCHRO(最高人事責任者)だけでなく、CEOやCFOにとっても等しく重要となる問いだ。そして私は、従業員1人当たり売上高よりも、1人当たりの価値(value per person)のほうがはるかに興味深い指標になると見ている。

従業員1人あたりの売上高は「何が起きたか」を物語る。一方、1人あたりの創出価値は、「何がそれを生み出し、どのようにアプローチを変えられるか」を私たちに問いかける。

「それで、浮いた時間で何をしたのか」

AIによって真の生産性向上がもたらされるのは事実だ。また、役割が影響を受け、業務が自動化され、コストが削減されることも現実である。そうではないふりをしたところで、誰の助けにもならない。

組織は、削減によって得られた余力を意図せず別の業務で埋めてしまうこともあれば、その余力の一部を意図的に再投資することもできる。

だからこそ、誰かがAIによる生産性の数値を示したとき、私はもう1つの質問を投げかけたくなるのだ。「それで、その浮いた時間で何をしたのか」と。

ある人は別の顧客に対応したかもしれない。あるマネージャーは、報告書の作成ではなく部下のコーチングにその時間を使ったかもしれない。あるいは、組織がその業務を遂行するのに必要な人員を減らしただけかもしれない。

企業におけるAIの第1章が、導入と生産性に支配されてきたのは理解できる。しかし次の章は、価値についてのものであるべきだ。

(forbes.com 原文)

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