これほど多くの業務がリモートで行われ、あるいはAIに委ねられるようになった時代において、自ら「足を運ぶ」ことの重要性は、かつてないほど高まっているかもしれない。テクノロジーは私たちに並外れた自由をもたらした。スマートフォン1つで会社を経営し、大陸をまたいで交渉し、自宅から会議に参加し、かつては何時間もかかっていた作業をAIで数分のうちに片付けられる。
私はその効率性を歓迎している。だが効率性を追い求めるあまり、私たちはテクノロジーが完全には再現できないあるもの、すなわち「存在感」を過小評価してきたのではないか。
会議とは、交換される情報だけがすべてではない。答える前の一瞬の躊躇、テーブル越しに見える表情、場の空気の変化、思いがけない紹介、そして会議が終わった後の会話。これらの瞬間が議事録やAIの要約に残ることはほとんどないが、本当のビジネスはしばしばそこで動く。
「部屋」は単なる部屋ではなかった
私のキャリアで最も重要な機会のいくつかは、メールやビデオ会議からではなく、実際に足を運ぶことから生まれた。ディナーに出席すること、会議の後も残ること、自ら名乗り出ること、知り合うべき2人を引き合わせること、話すべき時と黙るべき時を見極めること。ソフトスキルに聞こえるかもしれないが、これらは不可欠なビジネススキルである。
何世代にもわたり、若いプロフェッショナルたちは、経験豊富なリーダーが交渉し、難しい会話に対処し、気まずい瞬間から立て直し、「はい」が必ずしも納得を意味しないことを見抜く姿を見て、こうしたスキルを学んできた。契約書に署名する前に、どのように関係が築かれるのかを学んできたのである。そのすべてをマニュアルや画面から学ぶことはできない。
AIが人間のスキルの価値を高めている
AI革命の大きな皮肉の1つは、テクノロジーが優秀になるほど、人間ならではの能力の価値が高まる可能性があることだ。
AIはプレゼンテーションを準備し、数字を分析し、顧客を調査し、会議を要約し、次に何を言うべきかを提案することができる。しかし、部屋の空気を完全に経験することはできない。あるアイデアが口にされたとき、相手の熱意が変化するのを感じ取ることはない。2人が互いの目を見て、信頼できるかどうかを判断する中で育まれる信用を代替することはできない。
最も賢明な企業は、不要な業務を排除するためにテクノロジーを活用し、実際に人間を必要とする対話により多くの時間を割けるようにするだろう。効率化は、人間らしさの余地を狭めるのではなく、むしろ広げるべきである。
存在感は出席と同じではない
私は、全員が週5日オフィスに戻るべきだと主張しているわけではない。物理的に出席することが、自動的に協働を生み出すわけではない。
存在感とは、スマートフォンを見ずに耳を傾けること。発言していない人に気づくこと。答えが不完全に感じられたら、もう1問追加で尋ねること。何カ月も前に相手が話していたことを覚えていること。最も価値ある会話は、廊下やエレベーター、車中、あるいは会議後のディナーで交わされることもある。
私たちは「つながっている状態(connected)」を保つことには極めて長けた。しかし、それは必ずしも「人とつながる(connecting)」ことが上手になったことを意味しない。
徒弟制度の課題
正式にそう呼ばれるかどうかはともかく、徒弟制度は常にビジネスの一部であった。若手のプロフェッショナルは、すでに判断力を持った人々を観察することで、自らの判断力を養う。リーダーが悪い知らせを伝える様子、営業担当者が押しすぎると取引を失うと察する瞬間、幹部が自信を失わずに方針を変える姿を見るのだ。
AIがルーティンの分析業務や事務作業をより多く吸収するにつれ、企業はかつて社員が自然と身につけていた人間的スキルを教えることに、より意識的でなければならなくなる。さもなければ、技術的には有能だが、リーダーに必要な対人判断力を養う機会に乏しいプロフェッショナルを生み出してしまう恐れがある。
技術的な知性は、誰かを会議室に入れるかもしれない。だが、その人がそこに入った後に何が起こるかを決めるのは、人間的な知性である。
会議後の5分間
私はしばしば、会議後の5分間が、予定された1時間よりも重要な意味を持つことがあると感じてきた。正式な会話が終わる。ノートパソコンが閉じられる。人々がリラックスする。そのとき誰かが「実はもう1つ、考えていたことがあって」と言う。その一言が、真の反対意見、機会、あるいは懸念を明らかにすることがあるのだ。
効率は、3時ちょうどに会議を終え、すぐに次の案件に移れと告げる。経験は、時には3時5分まで残るべきだと教えてくれる。
時間を管理することと、瞬間を見極めることは違う。その違いが、判断力なのだ。
リーダーは「足を運ぶ価値のある場」を創らなければならない
企業が人々に姿を見せてほしいと望むなら、リーダーにも責任がある。答えは単なる出席の義務化であってはならない。そこにいる理由を人々に与えるのだ。実際に意思決定が行われる会議を開く。普段は会わないような人々が隣り合わせに座るディナーを催す。若手社員が経験豊富なリーダーに接する機会を設ける。部門や世代を超えた会話を奨励する。
効率性においてテクノロジーと競おうとしてはならない。テクノロジーには提供できないもの、すなわち「機会、信頼、観察、メンターシップ、セレンディピティ、そして人と人とのつながり」を提供するのだ。
「足を運ぶこと」の競争優位
AIは今後もさらに高速化していく。リモートワーク技術も進化を続ける。より多くの業務が自動化されるだろう。だからこそ、ある場に足を踏み入れ、そこで何が起きているかを真に理解する能力は、より価値あるものになっていく。
次世代の優れたリーダーには、テクノロジーへの習熟が必要となる。だが同時に、好奇心、判断力、共感、自信、タイミング、そしてつながりを築く能力も求められる。
テクノロジーは、その場へ向かう準備をしてくれる。そこに誰がいるかを教え、その企業をリサーチし、想定質問を提示してくれるかもしれない。しかし、一歩足を踏み入れたら、自ら耳を傾け、観察し、つながりを持たなければならない。いつ発言し、いつ待ち、いつあと5分長く留まるべきかを知らなければならない。その場に「存在する」必要があるのだ。テクノロジーが私たちのために何でもできるようになった現在においても、ビジネスにおける最も古い教訓の1つは依然として真実である。すなわち、「足を運ぶこと」には意味がある。そしてAI時代において、それはかつてないほど重要になっているかもしれない。



