Forbes JAPAN 2026年11月号は、文化の力で世界を駆ける「カルチャープレナー」たちを特集。文化やクリエイティブ領域の活動によって新ビジネスを展開し、豊かな世界を実現しようと試みる文化起業家を30人選出する企画で、今回で4回目となる。今年注目したのは、優れた作品や商品を生み出すだけでなく、流通や人材育成、地域との関係まで含め、文化が続いていくための基盤をつくろうとする実践だ。アニメやゲーム、工芸、食、地域開発など領域を越えて、文化を次の創造へと循環させる挑戦を紹介する。
伝統工芸や食、地域づくりから、アニメ、映画、ゲームまで、文化を起点に挑む領域は幅広い。文化を未来へつなぐ、そのユニークな実践から、新しい可能性が見えてくる。
「売る」と「育てる」を両立手仕事文化を環境ごとデザイン
小林新也 合同会社シーラカンス食堂 代表社員/MUJUN代表

地域の伝統産業を対象にブランドプロデュースや販路開拓、職人育成、事業承継まで手がける小林は、表具店を営む家庭に生まれ、職人の仕事を身近に感じながら育った。仕事の原点は、10代で抱いた社会への“怒り”だという。「多忙だった父のもとから徐々に依頼が減っていくのを見て、巨大経済が地域から仕事を奪うなんておかしい、けしからんと思ったんです」
大学卒業の翌年に地元でデザイン会社「シーラカンス食堂」を設立。代表例は、最盛期の1割以下まで生産量が減少していた兵庫の伝統産業「播州そろばん」の再生だ。まず短期間で実現可能な事業として、カラフルな珠を使った新商品開発と、珠を自由に選んで組み立てる体験施設を展開。材料には職人技を生かしつつ誰でも組み立てられるよう設計したところ、日本式そろばん教育に熱心な中東圏を中心に年間約2万丁もの新たな需要を生み出した。これと同時に、取引先の問屋には後継者の育成と、製造機能の内製化も提案。16年たった今、経営者の次男は未経験から伝統工芸士となり、問屋も工房を備えたメーカーへと進化を遂げた。

目先の売り上げ確保と、時間をかけた産業構造の改革。一見“矛盾”する目標も「両方やり遂げる」という姿勢は、オランダで設立した欧州拠点兼自社ブランド「MUJUN」の名にも表れている。同じく兵庫の伝統産業「播州刃物」の欧州販路開拓を進めつつ、国内では人材育成の場である「MUJUN Workshop」や、職人同士が支え合って生業を営む村「MUJUN Planet」を創設。地域の手仕事が失われていく社会構造への怒りを原点に、後継者を育て、手仕事が産業として続く環境を地域からつくっている。
脱「人づて採用」で文化芸術分野の働き方を改革
高山健太郎 artness 代表取締役 GO FOR KOGEI 共同キュレーター

直島福武美術館財団(現・福武財団)で豊島美術館や瀬戸内国際芸術祭の始動など、約17年にわたり文化芸術の現場に携わる。2021年に文化事業会社「artness」を設立。日本初の文化芸術分野特化型ジョブフェア「ART JOB FAIR」を東京で立ち上げ、求職者と採用側が直接出会える場を創出。人脈頼みの採用慣行に突破口をつくった。
今年は京都で伝統産業など文化全般へ対象を広げた「CULTURAL JOB FAIR」も展開予定。文化を担う人材の支援や持続的に働ける環境づくりを事業化し、文化継承の土壌を築いている。

広告を「見る」から「遊ぶ」へ企業PRをゲーム体験に翻訳
瀬川公雄(AO)Hypolygon代表取締役/プロデューサー

アパレルやゲームのデザイナーを経て、2024年にゲーム制作会社「Hypolygon」を設立。「Fortnite」や「Roblox」といった世界的人気のゲームプラットフォームを舞台に、企業・商品・人物の世界観をゲーム化するプロモーションを手がける。
アシックス、東映太秦映画村、HIKAKINなどと協業し、制作したゲーム作品の累計訪問者数は2,000万人以上。広告を従来のような一方的な情報表示ではなく、ユーザー自身が参加し、没入できる「遊び」に変換することで、既存の文化やブランドの世界観を新たな受け手へ届けている。
「保育園留学」で地域に暮らす 新たなライフスタイルを提唱
山本雅也 キッチハイク 代表取締役CEO

人口3,100人の北海道厚沢部町から始まった「保育園留学」を全国へ拡大。都市部の子どもが1~2週間、現地の保育園に通いながら家族で暮らすことで、新たな関係人口や経済循環を生み出す。2022年以降、80以上の地域で累計3,500家族、1万5千人以上が利用した。
ライフステージに合わせて中長期で地域に住む選択肢として「やわらかな定住」を提唱。前例のない事業の原点には、保育園激戦区の横浜市で子育てをしていた山本自身の経験がある。東京都出身で、大手広告代理店勤務を経て12年にキッチハイクを創業。食で人をつなげるサービスを展開していたが、コロナ禍を機に地域の食のブランディング事業へと軸足を移した。
「娘が2歳になり、コンクリートに囲まれた場所で子育てをしていいのか、もやもやしていました。厚沢部町の名産メークインにかかわる仕事を始め、地域の認定こども園はぜるを見た瞬間、強く惹かれたんです」。北の大地に広がる園庭と木造の大きな園舎。何より子どもが主役の「主体性保育」が特徴だ。町の職員と対話を重ね、21年夏に第0号家族として保育園留学を体験した。初日は泣いていた娘の顔つきが次第に明るくなり、帰るころには友達や先生に「また会いたい」と涙する。小さいながらも出会いと別れを通じて関係を築く姿に感動したという。

「私たちが事業を展開するのは、主に小規模自治体や過疎地域。小さな地域の文化資本は『人』なんです。保育園の先生や役場の職員、地域の人々。当たり前な日常にこそ価値があるととらえています」

厚沢部町では滞在拠点「保育園留学の寮」を開設し、子育て世帯を含む移住が増加。ふるさと納税を活用して保育園留学ができる「留学先納税」には、リピーターが毎年寄附するなど、地域との新たな接点も生まれている。昨年11月には、本社を東京から厚沢部町に移転し、各地で働くメンバー100人と事業を推進する。 「地域を駆け巡りながら人生を謳歌するライフスタイルを広げる、社会運動体のような組織を目指しています」。
祈りの道具から、心を整える音へ おりんの価値を再定義
南條和哉 南條工房 七代目(南條勘三郎)/LinNe代表

妻の実家が、江戸時代から続く鳴物鋳物の工房だった。気軽な初訪問で、炎と熱気に包まれた鋳造現場の迫力と、おりんの澄んだ音に圧倒されてしまった。
「南條工房のおりんは、銅とスズの合金『佐理波』を用いています。一般的なおりんの余韻が波打つように響くのに対し、うちの音は揺れがなく、まっすぐ伸びていく。僕の実家にあったおりんから鳴る音とは別物でした」
アルバイトを志願し、以後約15年間、工房で腕を磨いた。ようやく一人前になったころ、今度は受注減に直面。新たな販路が必要だったが、仏具業界には職人→問屋→小売店という昔ながらの商流が確立されている。先代が築き上げてきた問屋との関係を壊すことはしたくなかった。
別の道を探るなかで着目したのが、おりんは使用・購入の機会が極端に限られていることだった。この音を、もっと手軽に楽しめるものを──。そうして、単体で鳴らせる小さな鈴型の「Chibi」を生み出した。試作品を配ると、瞑想、ヨガ、着物の根付、ドアベルなど、想像もしなかった使い方が次々と寄せられた。使い道は、使う人に委ねればいい。そう気づき、2019年に「用途を決めない」新ブランド「LinNe」を立ち上げた。発表直後の百貨店催事では、5日間で100万円超の売り上げを記録。新聞掲載後は注文の電話が鳴り止まず、ヒルトンをはじめとするラグジュアリーホテルのトリートメントや、JIL SANDERの別注品などにも広がった。

新たな道を開く一方、仏具としての商流と技術も守り続けている。変えたのは「音と人の接点」だ。「LinNeを始めたことで、ストレスの多い現代に、おりんの音で精神が整ったり、癒やされたりする人がいることを知りました。心を整える身近な存在として、もっと人の役に立てる可能性がある音色こそ自分たちの強み。この生の音が身体や脳にどう影響するのか、技術的な協力を得ながらエビデンスを取り、理解を深めていきたいです」
祈りの場で200年響いてきた音に、新たな役割を探っている。




