52カ国を対象としたギャラップによる最新のグローバルリーダーシップ調査では、人々が身近なリーダーに最も求めているものは何かを尋ねた。その答えは戦略ではなかった。報酬でもなかった。私たちが通常思い浮かべる抽象的な意味での信頼ですらなかった。それは「希望」であり、挙げられたポジティブなリーダーシップ特性の56%を占めていた。他のどの要素もこれには遠く及ばなかった。
この数字を目にすれば、あらゆる経営幹部チームが会議を中断して手を止めるはずだ。私たちは過去20年間、エンゲージメントや生産性、アウトプットを測定するための高度なシステムを構築することに躍起になってきた。その一方で、ギャラップのデータが最も重要だと示す唯一の変数を、ほぼ完全に無視してきたのだ。私たちは、最適化すべきダッシュボードを間違えていたのである。
私はこれまで、フォーブスの執筆にあたり、ほぼあらゆる業界の500人以上のリーダーにインタビューを行ってきた。その経験から、この混乱こそが今日のビジネスにおける最も代償の大きい盲点の一つであると確信するようになった。私たちはアウトプットを測定してきた。しかし、「信じる気持ち」を測定する方法を持たなかった。そして、それこそが、人々が今、リーダーにこれまで以上に切実に求めているものなのだ。
「希望」はあやふやな言葉ではない。具体的な言葉だ
問題の一部は言葉のニュアンスにある。「希望」という言葉は、文化的・社会的にセンチメンタルなものとして片付けられがちだ。損益計算書(P&L)に載るようなものではなく、クッションの刺繍に書かれているようなものだと思われている。こうした捉え方は実害をもたらしている。なぜなら、パフォーマンスを左右する最大のレバー(手段)であるにもかかわらず、リーダーたちが「抽象的すぎて実行に移せないもの」として片付けてしまう原因になっているからだ。
私はこの引用文がとても気に入っている。
「人は希望を、囁き声やクモの巣でできた、繊細で儚いものであるかのように語る。だが、それは違う。希望の顔は泥にまみれ、拳には血がにじみ、髪には石畳の砂がつき、そして抜けた歯を吐き捨てながら、もう一勝負挑むために立ち上がるものなのだ」
私が協働するすべての経営幹部チームに示す決定的な違いは、こうだ。希望は「楽観主義(オプティミズム)」とは異なる。楽観主義とは予測であり、「おそらくうまくいく」というものだ。一方、希望とは決意である。すなわち、「結果は保証されていないが、自分にはそれを形作る役割がある」と考えることだ。楽観主義は受動的だが、希望は能動的で、しなやかで、粘り強い。それは、試合を観戦しているか、自らフィールドに立っているかの違いである。
この違いは職場において極めて重要だ。なぜなら、何を構築すべきかを明確に示してくれるからである。すべてがうまくいくと約束することで、楽観主義を築くことはできない。そもそも、そのような約束を誠実にできることなどめったにない。希望を築くためには、人々に次の2つのものを与える必要がある。1つは「信じるに値するストーリー」であり、もう1つは「そのストーリーの中で自分の努力が確かに意味を持つという実感」だ。
エンゲージメント・スコアに隠されたギャップ
ほとんどの組織は、すでに何かがおかしいと察知している。しかし、その原因を誤診し続けているのだ。燃え尽き症候群(バーンアウト)に対してはウェルネス手当を支給し、離職に対しては引き留めのためのボーナスを支払い、生産性の低迷に対しては新しいパフォーマンス管理ソフトを導入する。これらはすべて対症療法にすぎず、根本的な原因は放置されたままだ。
この分野で15年間活動し、ブランドや組織文化の戦略立案に携わった30年のキャリアを経て、私が定義するに至ったその根本的な原因こそが「ホープ・ギャップ(希望のギャップ)」である。これは、リーダーシップ層が語るストーリーと、従業員が実際に信じているストーリーとの間に生じる乖離のことだ。見事な戦略資料を作成し、すべての壁にミッションステートメントを掲げ、従業員が完璧に業務を遂行していても、彼らがその内容をまったく信じていないという状況はあり得る。こうした組み合わせは、多くの経営陣が認めたがらないほど一般的であり、水面下で壊滅的なコストをもたらしている。
信じずに実行している人々も、出社はする。しばらくの間は数字も達成する。だからこそ、この状態は危険なのだ。ダッシュボードに現れた時にはすでに、何年もの自発的な努力、最も優秀な人材の創造性、そして最終的にはその人材そのものを失っている。
なぜこれが哲学的な問題ではなく、急を要する問題なのか
前世紀の大部分において、リーダーたちは希望が不足していても何とか切り抜けることができた。なぜなら、アウトプットは依然として希少であり、その大半を人間が担っていたからだ。従業員が職場に現れ、仕事をこなせば、ビジネスは回っていた。しかし、その前提は急速に変化している。AIがかつて人間を必要としていた業務(分析、起草、初期段階の制作など)の多くを代替するようになるにつれ、最後に残るもの、すなわちいかなるAIモデルも生み出せないものは「確信」となる。給与のためだけでなく、本当に結果を重視しているからこそ下される判断だ。
このシフトにより、リーダーシップの中心的な問いが変化する。この100年間、実務的な問いは「あなたは何を生産できるか?」だった。しかし今、その問いは急速に「なぜあなたが関心を持つべきなのか?」へと移行している。この問いに説得力のある答えを出せないリーダーは、自社の組織文化がいかに信頼ではなく、単なる惰性によって回っていたかという事実に直面することになるだろう。
これが今、組織を率いる人々にとって何を意味するのか
私は危機感を煽るためにこれを言っているのではない。実行可能だからこそ伝えているのだ。希望は、他の多くの曖昧な組織文化の概念とは異なり、意図的に構築することができる。そのためには、真実であり、それを聞く当事者を含み、日々の業務を四半期の業績数値よりも大きな何かに結びつけるストーリーが必要だ。また、マネージャー自身がそのストーリーを他者に伝える前に、自分自身で信じている必要がある。そしてリーダーには、希望を「管理すべき気分の問題」としてではなく、データが示す通り「ビジネスの評価指標」として扱う姿勢が求められる。
これこそが、すべての経営幹部チームが今すぐ行うべき議論だ。心地よい感情論だからではなく、データが示す通り、それこそがビジネスの成否を分けるすべてだからである。



