フィナンシャル・タイムズ(FT)は先週日曜日、サウジアラビアが「mBridge(エムブリッジ)」から離脱したと報じ、Fortune誌もこれに続いた。mBridgeは、中国、香港、タイ、UAE(アラブ首長国連邦)の各中央銀行が国際決済銀行(BIS)と共同で構築したクロスボーダー中央銀行デジタル通貨(CBDC)プラットフォームだ。これに対し、サウジアラビア中央銀行(SAMA)は、中東メディアのAsharq Al-Awsatに寄せた回答で、これはずっと前の出来事だと説明した。「実証実験は、プロジェクトへの参加計画の範囲に沿って、実際の金融取引を伴わないテスト環境で実施された。実証実験の完了に伴い、SAMAの同プロジェクトへの参加は終了し、それ以降のフェーズには参加していない」とSAMAは述べている。この実証実験は2025年5月13日に終了していた。
だが、当時の発表は異なるトーンだった。2024年6月5日、BISは同プラットフォームが「実用最小限の製品(MVP)」の段階に達したと宣言し、中央銀行や商業銀行に対して「その上で実際の取引を行う」よう呼びかけるリリースの中で、「サウジアラビア中央銀行がフル参加国としてmBridgeに加入する」と発表した。同日、SAMA自身が発表した声明でも、「商業銀行間のクロスボーダー決済・清算の効率性を高めるためのホールセールCBDC利用の実現可能性」を評価するため、「MVPプラットフォームの参加者として」加入したと述べていた。今週のSAMAの説明によると、同行は2023年6月11日以降オブザーバーを務めており、「概念実証(PoC)試験を実施するための限定的な範囲内で」参加者になったという。今年6月のサマーダボス会議で、中国人民銀行(PBoC)の穆長春氏が加盟中央銀行のリストを挙げた際、同氏は中国、香港、マカオ、UAE、タイの5つを指名した。6番目のメンバーについて尋ねる者はいなかった。サウジアラビアは加入し、テストを実施し、資金を動かすことなく去った。そして、プラットフォームのメンバーの誰も、そのことを16カ月間公にしていなかったのだ。
この件を「脱ドル化」の文脈で捉えるのは誤りだ。サウジアラビアは、前年比110億ドル(約1兆7400億円)増となる1424億ドル(約22兆5000億円)の米国債を保有し、自国通貨をドルにペッグさせ、石油価格をドル建てで設定している。2023年11月にPBoCと締結した500億人民元の通貨スワップ協定も、そうした状況を顕著に変えてはいない。むしろ、今回の離脱が示しているのは、2024年6月以降、このプラットフォームにおいて「稼働中(ライブ)」という言葉が何を意味していたかという点だ。
1日わずか8件の取引
mBridgeは、現存する複数通貨対応のCBDCプラットフォームの中では群を抜いて先進的だ。その始まりは、2019年にプロトタイプが作成された香港・タイ間のコリドー「Inthanon-LionRock」だった。2021年2月にPBoCとUAEが加わり、BISイノベーション・ハブが開発を引き継いだ。2022年の6週間のパイロットプログラムでは、20の商業銀行が参加し、2200万ドル(約34億8000万円)(タイ中央銀行の会計では8億2700万バーツ)強に相当する164件の決済および外国為替取引を清算した。MVPは2024年6月に稼働した。BISは2024年10月に離脱したが、その際、アグスティン・カルステンス総支配人は、BISは「卒業した」とした上で、mBridgeは「『BRICsのブリッジ』ではない」こと、「私たちが構築する製品はいかなるものであれ、制裁を回避するための手段になってはならない」こと、および、プラットフォームは「まだ本格運用を開始できるほど成熟しておらず、それには何年もかかる」と言及した。マカオは今年6月に加入し、認可された11行の銀行のうち3行が、初日に130億マカオパタカ近くに上る23件の取引を決済した。
中国政府は取引処理量を公表している。中国の国営テレビは今年1月、2024年6月の試行運用開始から2025年末までに、同プラットフォームが4778億人民元(約670億ドル(約10兆6000億円))に相当する4868件のクロスボーダー決済を処理し、その金額の約96%をデジタル人民元が占めたと報じた。PBoCのデジタル通貨研究所の所長を務める穆氏は、6月に2025年末時点の数値を「5000億人民元近く」と改めて発表し、49の商業銀行(うち21行が外資系)が接続されていると述べた。シンクタンクのアトランティック・カウンシルは、11月末までの数値を記したPBoCの投稿を基に、取引額を約554億9000万ドル(約8兆7800億円)、デジタル人民元の割合を95.3%と算出した。
中国政府が公表した数値に基づくと、約575日間で4868件の取引は1日あたり8〜9件にすぎない。また、670億ドル(約10兆6000億円)という額は、2025年上半期に1日平均7兆9000億ドル(約1250兆円)を決済したCLSが、わずか12分ほどで処理する金額だ。これは、Fedwireの21分間分、あるいはCHIPSの48分間分に相当する。香港独自の人民元即時グロス決済システム(RTGS)は1日あたり2兆5160億人民元を動かしており、mBridgeの19カ月間の全取引履歴など、午後が終わる前に決済してしまうだろう。デジタル人民元そのものは、昨年11月までに16兆7000億人民元の取引を処理している。脱ドル化のストーリーで語られるこのブリッジが占める割合は、その3%未満にすぎない。参加行の1つである中国銀行は、同行のmBridgeにおける累積取引額が2026年6月までに6000億人民元を超えたと述べている。これが事実なら、今年に入って取引量が急増したか、同じ決済の送金側と受取側の双方が二重にカウントされているかのいずれかを意味する。プラットフォーム側は2026年の数値を発表していない。
技術に問題があるわけではない。2021年のプロトタイプ報告書でも、国際送金や外国為替取引を「数秒で」完了でき、そのコストを「最大で半分に削減」できることが示されており、それ以降もこの結論を覆す要素は見当たらない。ネットワークの構成図から抜け落ちているのは、「取引相手(カウンターパーティ)」だ。決済プラットフォームは、支払いを受ける相手がその向こう側にいなければ何の価値もなく、サウジアラビアの取引相手はニューヨーク経由でドルで支払いを受けているのだ。
取引の96%が人民元である理由
デジタル人民元は、このプラットフォーム上で背後に多数の取引相手を抱える唯一の通貨だ。UAEは2024年1月に、中国に対して5000万ディルハム相当の初のクロスボーダー「デジタル・ディルハム」決済を行い、それ以降は政府間の取引を1件開示したのみで、取引量は公表していない。香港金融管理局(HKMA)の2025年次報告書では、mBridgeへの言及は「具体的な成果」という一文の中にあるのみで、具体的な数値は付されていない。タイ中央銀行の該当ページには、同プロジェクトについて「今後も構築とテストを継続する」と依然として記載されている。中国以外の参加者をどれか1つ取ってみても、そのトラフィックのほとんどは中国の銀行が中国の取引相手に対して人民元で支払っているものであり、実態は外国為替窓口を備えた国内システムにすぎない。
サウジアラビアにとって、そろばん勘定が合うはずもなかった。同国の石油販売はドル建てであり、人民元決済ルートが役立つのは、リヤドが人民元を蓄積したい場合に限られる。だが、それを避けるためにこそスワップラインが存在するのだ。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は2022年3月、リヤドが中国向け石油販売の一部で人民元の受け入れを検討していると報じた。Fortune誌は今週、これを「色目を使った」と言い表している。「実際の金融取引を伴わない」概念実証は、これと同じ姿勢を示している。同じ部屋にいながらも、記録上の取引は皆無、というわけだ。
来週マイアミで「Sibos」が開幕すれば、トークン化されたコリドーに関する発表が相次ぐだろう。それらのニュースは、参加メンバーではなく「取引件数」と、「取引の向こう側に誰がいるか」に着目して読むべきだ。その基準に照らせば、49行の銀行が参加し、1日8件の決済があるmBridgeは、依然としてこのカテゴリーで最も成功しているプロジェクトだ。BISが次の布石として2024年4月に立ち上げた「プロジェクト・アゴラ(Project Agorá)」は、当初7つの中央銀行でスタートし、現在は8つの中央銀行と40社以上の民間企業が参加している。この夏に行われた実価値によるテストでは、17のシナリオにわたって28の機関と約80万スイスフランが動員された。BISが東南アジア向けに育成した即時決済連携システムである「プロジェクト・ネクサス(Project Nexus)」は、2月に技術オペレーターを任命し、2027年の稼働を目指している。プロジェクト「ダンバー」「ジュラ」および「マリアナ」はプロトタイプの段階にとどまり、取引処理量は報告されていない。民間主導の「フナリティ」や「パルティオール」は、取引量を一切公表していない。
BISの離脱とともに失われた「監督」
監督体制は、加盟メンバーほど関心を集めてこなかった。2024年10月にBISがmBridgeを参加国に引き渡した際、この体制は唯一の多国間機関を失うことになった。現在、このプラットフォームは加盟中央銀行によって運営されており、そのうちの1行が全トラフィックの96%を提供している。BISが去って以来、システム上を流れる取引に関する唯一のデータは、PBoCがWeChatや国営テレビ、ダボスのパネルディスカッションで発表したものだけだ。BISが開発した製品は制裁対象国には利用できないというカルステンス氏の保証は、彼がそれを語ったその日にのみ真実であり、BISが離脱した日にその効力を失った。
サウジアラビアの離脱はプラットフォーム自体に変化をもたらさないものの、これを支持していると見なせる国のリストを縮小させた。湾岸地域最大の経済国であるサウジアラビアは、限定的な参加者にとどまっていたこと、同プラットフォーム上で資金を一切動かさなかったこと、およびテスト完了と同時に離脱したことを、文書で明確にした。UAEは残留しているものの、開示された決済は2件のみで、取引量は未公表だ。後に残されたのは、単一の中央銀行に支配され、多国間の監督機関も存在しない、稼働中のクロスボーダー中央銀行決済システムだ。そして、その参加者リストの見栄えは、実際の取引帳簿よりもはるかに素晴らしいものになっている。
今後の注目点
PBoCが2026年通年の数値を公表するかどうか、そして公表するならば中国銀行が提示した数値とどう整合性を取るのかが注目される。UAEと香港は、まだ人民元以外の取引量を明らかにしていない。BISが2024年にリストアップした「26以上のオブザーバー加盟国」のいずれかが、マカオのように本格参入するか、あるいはサウジアラビアのように離脱する可能性がある。「それ以降のフェーズには参加していない」というSAMAの声明は、他の参加国に対しても同様の質問を投げかける契機となる。mBridgeを「世界初の稼働可能な複数CBDCプラットフォーム」と呼ぶUAE中央銀行(CBUAE)は、これまでに実際に何を運用してきたのかを明らかにしていない。
技術は機能している。1日に8件か9件の決済、そのほぼすべてが人民元建てというのが現在の需要であり、サウジアラビアの需要はゼロだったのだ。



