人工知能(AI)をめぐる議論は、より暗い方向へと転じている。
AIの安全性に関する警鐘は、ますます目立つようになっている。研究者やテクノロジー企業のリーダーは、能力を高め続けるシステムが人間の制御を逃れる可能性について議論している。また、雇用の喪失、誤情報、少数のテクノロジー企業への権力の集中を懸念する声もある。
これらは重要な問いであり、ビジネスリーダーは真剣に受け止めるべきだ。
しかし最近、東京で日本企業のCEOたちとパネルディスカッションに登壇した際、私はまったく別のAI問題に強く印象づけられた。私たちは、日本の主要な経済・金融紙である日本経済新聞の招きで、企業が実際にAIをどのように活用しているのかについて議論するために集まった。議論は、人材や組織設計から、取締役会やCEOの役割にまで及んだ。
だが、その根底にはより基本的な問いがあった。AIに多額の資金、注目、実験が注がれているにもかかわらず、なぜ企業はそこからもっと多くの成果を得られていないのか。
数字を見ると、この不満が広く共有されていることがわかる。ベイン・アンド・カンパニーは最近、世界のCEO 100人を対象に調査を実施した。80%以上が、自社のAI変革の取り組みは期待していた成果の70%未満にとどまっていると答えた。
これはかなり対照的である。一方では、AIが強力になりすぎるのではないかと議論している。他方で、ほとんどの企業はAIから十分な価値を引き出すことに苦戦している。なぜか。
その答えの一部は、AIの導入とAIによる変革を混同していることにあると私は考えている。
導入は変革ではない
日本経済新聞の議論から約1週間後、私はシンガポールでAIに関する別の議論に耳を傾けていた。政府のデジタル分野の上級リーダーによるプレゼンテーションで、ある言葉が強く印象に残った。「導入は変革ではない」
この違いは、一見すると単純である。
ライセンスを購入することは導入である。実証実験を始めることも導入である。数千人の従業員にチャットボットへのアクセスを与えることも導入である。
変革はそれとは違う。仕事そのものが変わる。ワークフローが再設計される。意思決定の権限が移る。データの流れが変わる。人々の時間の使い方が変わる。その登壇者が印象的に述べたように、壊れたプロセスの上にチャットボットを載せても、根底にあるプロセスは壊れたままである。
これは、私が世界各地の企業で目にしてきたことを明確に言い表していた。企業におけるAI活動の大半はなお、人々が本質的には同じ仕事を、本質的には同じ方法で、ただ少し速くできるよう支援することに焦点を当てている。それ自体が悪いわけではない。生産性は重要である。だが、それが持続的な競争優位を大きく生み出すかどうかについては、私は疑問を持っている。
日本経済新聞のパネルで、私はこれを考えるためのシンプルな枠組みを提示した。AIの導入は3つの段階を経て進んでいる。
- 第1段階は改善である。AIを使って既存の仕事をより速く、より効率的にする。
- 第2段階は革新である。AIを使って中核事業と顧客体験を見直す。
- 第3段階は構築である。これまで不可能だった製品、サービス、さらには事業を生み出す。
ほとんどの企業はなお、自社のエネルギーの多くを改善に費やしている。真の競争上の差は、革新と構築の段階で生まれると私は考えている。
より大きな機会は、企業が「このプロセスにAIをどう加えられるか」と問うのをやめ、「AIに何ができるかを知ったうえで、今日このプロセスを設計するとしたら、これと少しでも似たものになるだろうか」と問い始めたときに訪れる。
これは、答えるのがはるかに難しい問いである。
テクノロジーではなく、仕事から始める
このことは、AIへの別の向き合い方も示唆している。
互いに切り離された数百のユースケースを立ち上げるのではなく、AIが事業の経済性や顧客体験を大きく変え得る少数の領域を特定する。そして、それらの領域をゼロから再設計する。
シンガポールで耳にした別の言葉が、この考えをうまく捉えていた。「モデルではなく、痛みを伴うワークフローから始めよ」
遅延、コスト、ミス、劣悪な顧客体験が目に見える仕事を見つける。その仕事を難しくしている要因を理解する。成功がどのような姿かを決める。そのうえで初めて、AIがどのような役割を果たすべきかを問う。
これは、多くの企業がAIに取り組んできた方法を反転させるものだ。「この優れたテクノロジーがある。どこに導入できるか」と問うのではなく、企業は「重要なビジネス課題がある。今なら、それをどのように違った形で解決できるのか。そして、AIに対する恐れを乗り越え、可能性に目を向けられるよう、従業員をどう支援できるのか」と問わなければならない。
単に支出を増やしても、そのギャップが必ず埋まるわけではない。AIの先行企業は、競合他社が簡単には買えないものを蓄積し始めている。すなわち、独自データ、再設計されたワークフロー、組織としての学習、人間と機械がどこで最もうまく協働できるのかに関する経験である。こうした能力は互いに積み重なっていく。
競合他社が使っているのと同じモデルを買うことはできる。だが、そのモデルを中心に自社の事業を再設計する方法を数年かけて学んだ経験を買うことはできない。
人間に何をやり続けてほしいのか
私がCEOにますます尋ねるようになっている、もう1つの問いがある。「私たちは、人間に何を意図的にやり続けてほしいのか」
多くのテクノロジー変革における本能は、自動化できるものは何でも自動化することだ。だが、それはAIにとって誤った目標かもしれない。
機械が検索、要約、分析、下書き、調整をますます担えるようになるなら、希少な人間の能力は、判断力、創造性、共感、監督、関係性になる。目標は、単に仕事から人を排除することではないはずだ。人間に最も担ってほしいことを妨げている機械的な仕事を取り除くことにあるべきだ。
それには、テクノロジーの能力だけでなく、リーダーの判断が求められる。
AIが自律的に行動すべき領域、人間が関与し続けるべき領域、そしておそらく、AIをまったく踏み込ませるべきではないと決める領域があるだろう。こうした境界線は、テクノロジーの進化とともに変わっていく。だが企業は、それを偶然発見するのではなく、意図的に選ぶべきである。
ここで、AIをめぐる不安に話が戻る。AIが私たちに何をし得るのかを問うことは、間違いなく必要だ。だがCEOには、今日から行動に移せる別の問いがある。AIから最大の成果を得るために、私たちは自社について何を変える覚悟があるのか。同時に、なお人間に担ってほしいことをどう守るのか。
その問いにうまく答える企業は、単により多くのAIを使うだけではない。働き方そのものを変えることになる。



