日本法人設立から35年。ローランド・ベルガー代表 大橋譲は2026年6月に発表したレポート『Japan, Yes JAPAN』にて、日本市場を「世界で最も過小評価された成長機会」と位置付けた。彼の分析から、日本企業の本質的な強みと未来像を紐解く。
ローランド・ベルガーは、欧州にルーツをもつグローバル経営コンサルティングファームだ。重厚長大産業をはじめとする顧客の現場に深く入り込み、長期的な視点から変革を推進する経営参謀として歩みを重ねてきた。日本法人が設立された1991年は、バブル崩壊がすでに始まっていたとされる年。しかし世界に目を向ければ、日本企業の実力は健在だった。同社日本法人代表の大橋譲(写真。以下、大橋)は、「当時は世界の時価総額上位の過半を日本企業が占め、世界各国が日本型経営の強さを解明しようと試みていた」と振り返る。
大橋は、事業を構成する3領域――新価値を創出する「イノベーション」、供給基盤となる「ビジネスプラットフォーム」、市場へ届ける「マーケティング」から日本企業の根底にある本質を説く。
「欧米ではこれらの領域を明確に定義し、プロセスごとに最適化を図ります。しかし、当時の日本企業は研究開発から調達、製造、販売に至るまで、現場の誰もが領域を超えて知恵を絞り合っていた。組織全体が有機的に連動し、ひとつの『生きもの』のように呼吸していたのです」
欧米の経営学が組織を機能ごとに切り分け、定量化と標準化によって発展したのに対し、日本企業は現場の長期的な信頼関係を軸に、混然一体となって動いていた。
大橋は、「生きた共同体としての組織運営であったからこそ、国外の研究者たちが分析を重ねても日本型経営の完全な言語化には至らなかった」と説く。
ローランド・ベルガーが日本市場で重視したのも、この「生きた組織」のバランスを崩さずに下支えすることだった。しかし、2000年代以降の市場環境の激変が、日本企業の強みに構造的な摩擦を生むことになる。

部分最適という名の「複雑骨折」
ITの急速な進化を背景に、海外勢はプラットフォームの標準化とマーケティングのデジタル化を一気に推し進めた。この環境変化のなかで日本企業は後れを埋めようと、他社の成功事例を機能ごとに導入する「部分最適」に走ってしまったと大橋は指摘する。
「調達だけを海外流に変え、生産だけを別のシステムに置き換えるといった具合に、外部のソリューションを継ぎはぎで導入してしまった。生きものの一部だけを別の部品に差し替えても正常に動くはずがありません。結果、組織内の連携は寸断され、現在は全身が『複雑骨折』を起こしたような状態に陥っています」
ローランド・ベルガー自身、安易なシステム導入やコスト削減とは一線を画し、組織のバランスを保ちながら変革を支援してきた。しかし、市場全体の短期志向に十分な歯止めをかけられなかった点について痛切な反省を抱いている。だが、この複雑骨折を経てもなお、決定的に失われていない領域が日本にはあると大橋は言う。
「ビジネスプラットフォームとマーケティングは海外勢に先行を許しました。しかし、未知の価値を生み出す『イノベーション』において、現場がこれほど強いこだわりを保持し続けている例は、世界的に見ても極めて稀です。ものづくりの根源だけは、日本企業が手放してはいない最大の武器だと考えています」
再評価される日本のポテンシャル
世界を席巻してきた効率偏重のビジネスモデルが今、転換期を迎え始めている。この潮目の変化をとらえたローランド・ベルガーは、26年6月に「日本市場は世界で最も過小評価されている成長機会のひとつ」であると分析したレポート『Japan, Yes JAPAN』をまとめた。
なぜ今、日本市場に勝機があるのか。大橋はその背景として、グローバル市場における「3つの限界」を挙げる。
「第1は『インスタント・サティスファクション(すぐに得られる満足)』の限界です。 SNSに象徴される即時的な満足への欲求は企業にも広がり、AIやDXによる短期成果を求める競争を加速させました。その結果、似た商品やコンテンツがあふれ、消費者は過剰な情報や選択肢に疲れ、企業も本当に提供すべき価値は何かを問い直しています。
第2は『狂った資本主義』の限界です。過去20年、資本はビッグテックなど一部の巨大プレイヤーに集中し、多くの企業がプラットフォームへの依存を深めてきました。今、その資本の流れは本当に健全なのかという疑問も生じています。
第3は『デジタル・オンリー』の限界です。オンライン中心の顧客接点が広がる一方、自動車業界のリテールネットワークに代表される、リアルな接点や人との関係性、地域に根ざしたブランド体験の価値が再評価されています」
ただし、これは単なる過去への回帰ではない。デジタルが前提となった環境だからこそ、現場の技術力や地域に根ざした接点をかけ合わせることで、容易に代替されない本質的な価値が生まれると大橋は見る。好機が巡るなかで大橋が避けるべきだと指摘するのは、他社の成功事例をベンチマークし、実証実験(PoC)を繰り返してしまう姿勢だ。比較ばかりしていると、できない理由を探す思考に陥る。重要なのは、自らの強みからできる理由を考え抜くこと。
そのうえで大橋は、児童文学『オズの魔法使い』の物語になぞらえて組織経営の本質を説く。
「事業活動に例えるなら、脳みそや心臓にあたるのは、現場が生み出すイノベーションと技術です。しかし、どれほど機能が揃っていても、それらを束ねて前へ進める『勇気』、そして何のために事業を行うのかという『魂(パッション)』がなければ組織は躍動しません。
短期的な株主の要求に振り回されて原点を見失うくらいなら、極端な話、『株主の声など気にしていられない』と言い切るほどの覚悟をもっていただきたい。何のための企業なのか、その問いに立ち返る必要があります」
日本法人の設立から35周年を迎えた同社が今回の節目に掲げたのが「その決意、前へ。」だ。この言葉には、苦境のなかで企業を率いてきた日本のリーダーたちへの共感と、背中を押す強い意思が込められている。
「現在、最前線で重責を担う経営者の方々はバブル崩壊後の長い停滞期や厳しい就職氷河期をくぐり抜け、歯を食いしばって組織を支えてこられた世代です。多くの迷いや重圧を抱えながらも、『自分が変えるしかない』という静かな決意を胸に秘めていらっしゃるはずです。その覚悟を、私たちは現場の熱量とともにかたちにし、事業の成果として前へと動かしていきたい」
同時にこのメッセージは、ローランド・ベルガー自身に向けられた宣誓でもある。過去35年にわたり顧客の現場で変革の実現を牽引してきたが、大橋は「個社への支援だけでは、日本経済全体を動かすほどのインパクトを生みきれなかった」と率直に振り返る。
その反省から、多様な専門性をもつプロフェッショナルを結集し、経営の最前線で変革を牽引する存在へと自らを進化させる決意を固めた。
自社の強みからできる理由を考え抜き、その決意を事業の現場で動かし続ける。覚悟をもった実践の先に、日本企業の再成長への確かな道筋が見えてくるのかもしれない。
ローランド・ベルガー
https://www.rolandberger.com/ja/Locations/Japan/
おおはし・ゆずる◎ローランド・ベルガー 日本法人代表取締役 シニアパートナー。カリフォルニア大学サンディエゴ校情報・電子工学部卒業。外資IT企業で半導体設計およびITエンジニアとしてモノづくりを経験後に、ローランド・ベルガーに参画。米系戦略コンサルティングファームを経て同社へ復職。製造業やハイテク、通信など幅広い業界で企業変革やクロスボーダーの成長戦略・M&Aを推進。2020年より現職。




