「仔牛の皮に見つかった羊痘ウイルス」の謎
中世の写本からDNAが見つかった17例のうち、10例は仔牛の皮、4例は山羊の皮、3例は羊の皮に由来していた。つまり、半分以上が仔牛の皮だったわけだが、これは羊痘に関して、家畜の牛が自然宿主となった例が確認されていないという事実と矛盾する。
デイリー氏はこの矛盾について、2つの説があると考えられている。1つ目は、書籍の作製時に、羊由来のニカワやノリを使ったため、それがコンタミネーション(本来含まれるべきではない異物などの混入)として残った可能性だ。DNAが見つかった皮革のそばに、ウイルスと共に羊のDNAが多く残されていれば、それがこの説を裏付ける根拠となる。
しかし、カンタベリーで見つかった「TCCL02」と呼ばれる写本標本のページでは、約400の羊痘の痕跡が見つかったが、そばには羊のDNAは見当たらず、「見たところ、本当に(牛が羊痘に)感染したように見受けられる」という。
デイリー氏の研究チームは今、羊痘ウイルス(SPPV:Sheeppox virus)のDNAと、感染の痕跡の両方を持つ仔牛の皮を探し出したいと考えている。
先に触れたヨーク福音書の最初のサンプル採取は、ヨーク大聖堂の文化財保護担当者の協力により、サラ・フィディメントが主導した。1000年にもわたって実務に使われたあと、(消毒用の)石灰を吹きかけられ、表面を削られたにもかかわらず、中世のウイルス起源のDNAがいまだに残存しているだけでも、部外者にとっては驚きだ。
パスツール研究所のニコラス・ラスコヴァンは『Science』の取材に応えて、「研究チームが、これだけのデータをすべて羊皮紙から得られるとは想像もしていなかった」と述べている。
論文著者の一人で、レスター在住の歴史学者ジョアンナ・ストーリーは『Science』誌で、「こうした本を手に取ることは、実際に羊や牛の群れを手元に引き寄せるようなものだ」と語っている。


