M&Aと聞けば、多くの人が金額や株価を思い浮かべるかもしれない。だが、渡部恒郎にとってそれは、経営者が人生を賭けて築いた会社の歴史と思いを受け止め、次の担い手へつなぐ伴走だ。時価総額1兆円超の企業で最年少取締役を務め、100件を超える案件をまとめてきた渡部が、2026年4月、スピカコンサルティング代表取締役社長CEOに就いた。
日本企業が関わるM&Aは、2025年に初めて5000件を突破し、過去最多となった(レコフデータ調べ)。非公開の案件まで含めれば、実際の件数は数倍ともいわれる。多くの人は、後継者不足や経営難による身売りを思い浮かべるのではないか。だが実際には、海外進出やDXを見据え、さらなる成長を求めて自ら踏み切る優良企業も少なくない。
動機がどうあれ、経営者にとっては半生をかけて築いた事業の行く末を決める重大な決断だ。ついてきてくれた社員やその家族、取引先、顧客の運命も左右する。資本の論理だけでは収まらない思いを含めた決断を支えるのが、仲介役のコンサルタントである。渡部恒郎(以下、渡部)は大学卒業後にこの業界へ飛び込み、数々の実績を積み上げてきた。
高く売れればいい、とは考えない
クライアントである経営者は買収側が自社をどこまで理解し、維持・成長させてくれるかを見通すのは難しい。本当にこの相手で良いのか、事業に賭けた思いまで汲み取ってもらえるか。頼れるとしたら両社を取り持つコンサルタントだけだ。渡部は語る。
「経営者の方が、自身の人生のすべてを注ぎ込み、育んできた会社です。高値で売れれば相手は誰でも良いというクライアントは、まずいません。事業だけでなく歴史や思いも引き継いで、新しいステージに発展させてくれるような相手と引き合わせたい。いわば経営者人生の最後の大仕事を飾る、お手伝いをさせていただく気持ちで臨んでいます」
だから、渡部は成約という結果だけを追わない。譲渡が決まったあとに社員が解雇されたり、サービスが途絶えたり、逆に買収側が大きな損失を被るようなことがあってはならない。それは渡部がM&Aを単なる資本の移動ではなく、経営者と会社の物語として見ているからだ。
「もちろん数字の裏付けは完璧でなければなりませんので、財務状況と市場分析を積み重ねて企業価値を算出します。しかし、ベースにあるのは経営者と会社が歩んできた道のりに対するリスペクトです。私も学生時代に起業して経営の何たるかを知りましたが、地域に根差し20年、30年と事業を続けてこられた経営者の方は、私たちが学ばなければならない知識や経験や人間性を備えています。逆に、そうしたところがなければ、私は仕事をお引き受けしません。心から尊敬できる経営者と仕事をするからこそ、私自身も良い仕事をさせて頂けると考えているからです」
その姿勢がはっきりと出たエピソードがある。渡部がまとめた、とある調剤薬局の譲渡案件だ。九州の地場大手として展開してきた年商およそ38億円の会社で業績の不安はなかったが、経営者は地域医療を支える役割を担い続けるにはさらに成長できる基盤が必要だと考え、体力のあるうちに最適なパートナーと組む道を選んだ。譲渡先の候補は2社で、提示額には10億円の差があった。
常識で考えれば、高い買収額を提示した相手との交渉が優先される。クライアントが得る譲渡金も、仲介者に入るコミッションも、渡部自身のインセンティブも大きくなるからだ。だが、渡部は譲渡額が低い相手への売却を強く勧めた。譲渡後の経営方針により共感でき、社員や患者のためになると考えたからだ。
「たとえば、クライアントは譲渡後に息子さんを社長に起用して欲しいという希望をお持ちでした。提示額の高いほうは希望を受け入れたのですが、提示額の低いほうは『ご本人の適性を見て判断します』という回答でした。私は譲渡された会社を成長させるという最大の目的に対して、後者の姿勢のほうが正しいと思ったのです。クライアントの経営者も熟考され、提示額は低くても事業を発展させてくれる相手に、ということで決断されました」
ちなみに、このエピソードには後日談がある。「ご本人の適性を見て」とされた本人はその後、買収と統合を重ねて九州全域に広がった企業グループで、代表取締役の一人に名を連ねている。譲渡の条件として約束された地位ではなく、本人が実力で掴み取ったポジションであることを思えば、当時の決断が後継者の成長をも促したのかもしれない。
新幹線の車中では、小説を読む
渡部は祖父の代から病院を営む家に生まれた。幼い頃、飢餓に苦しむ貧しい国の子どもたちの映像を見て衝撃を受けた。「医者は目の前の患者しか救えないが、経営者なら社会を変えて大勢の命を救えるかもしれない」と考えるようになり、経営者を志した。大学時代には起業してキャンパスのある京都とオフィスのある東京を往復する日々を送っていたが、意外にも小説家を志していた時期もあるという。
「私は文章を読み書きするのが得意で、京都大学には小論文で合格しました。当時の経済学部には論文と数学とセンター試験で受験できる“論文選抜”という方式があったのです。私は経営の道に進みましたが、今も芥川賞・直木賞のノミネート作品は全部読みます。仕事柄、新幹線での移動が多いのですが、車中では読書に専念し、多い時は一日一冊のペースで読破しています」
小説家になる道を完全に捨てたわけではない。これまでに何冊かのビジネス書を出しているのは「いつか自分の小説を上梓するための練習でもあります」と笑う。好きな小説の一つに、吉本ばななの『キッチン』がある。中学か高校の頃に授業で読み、『私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う』という書き出しが特に好きだという。小説を愛するコンサルタントが自身の手掛ける案件で見ているのは、数字の奥にある企業と経営者の物語なのかもしれない。
「自社の成長が、すべてではない」
2023年3月、渡部は15年在籍した日本M&Aセンターホールディングスの取締役を辞任した。PEファンドや上場企業など20社を超えるオファーが届いたがいったんすべて断ったうえで、企業価値やコーポレートアクションを学べる環境で社外取締役や顧問を務めた。スピカコンサルティングから代表取締役就任のオファーがあったのは、2025年の暮れのことだ。
「業界にはいろいろなコンサルティング会社がありますが、スピカコンサルティングは成約件数を誇ったり、売上・利益を最優先にする企業ではありません。クライアントの思いをくみ、会社が歩んできたストーリーを大切にしながら、一件ずつまとめていくスタンスが自分に合っていると思いました」
渡部が代表に就任してまず着手したのは「インセンティブ制度の廃止」だった。M&Aが成立すると成約額に応じて担当者個人にボーナスが発生する。今や業界標準ともいえる報酬体系だが、これがために担当者は、譲渡額の高さばかりを追求するようになりかねない。また、一件の成約は担当個人だけの力ではなく、会社の信用や同僚の支援による部分も大きい。譲渡金額に応じて機械的に評価や報酬が決まる仕組みに、違和感があったからだ。
「M&Aの件数は年々増えていますが、一方で私はそれが軽く(≒雑に)行われるようになっているとも感じます。譲渡側も買収側も仲介者も金額ばかりに目を奪われて、いちばん大切な創業の理念や、これまでの歴史や、関わる人々のことが後回しになっているのではないかと。もっと思いが通うようなМ&Aが増えてもいいのではないでしょうか」
経営者の思いを受け止め、会社の物語を次世代へつなぐ。渡部が目指すM&Aを実現する道はただ一つ、人を育てることだ。
「私には自分が業界で一番、質の高いM&Aを手がけてきたという自負があります。しかし、私のやり方をシステムに落とし込むことはできません。クライアントの思いを受け止めて、あるべき解に導いていくには、担当者一人ひとりが知識と経験を積み、人としても信頼される存在にならなければならない。そのために、私は職人気質のコンサルタントを育てたいのです。件数や利益を最優先としないのはコンサルティング企業として成長を阻害する要因になるかもしれませんが、会社の成長がすべてとも思っていません。納得のいく仕事ができるコンサルタントが、一人でも多く育てばいいと思っています」
スピカコンサルティング
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わたなべ・つねお◎スピカコンサルティング代表取締役社長CEO。京都大学経済学部在学中に起業を経験し、日本M&Aセンター入社。中堅・中小企業M&AのNo.1コンサルタントとして日経ヴェリタスに取り上げられるなど業界を牽引し、業界再編M&Aの第一人者となる。2020年同社最年少で取締役に就任。23年3月に退任後、複数の上場・成長企業の社外取締役や顧問を歴任。26年4月より現職。BuySell Technologies、CyMed、Lightblueの社外取締役も務める。



