原材料や人件費の高騰で薄利の構造が続く食品業界。大手がDX投資を進める一方、中堅・中小企業も独自の製法やブランドという確かな強みをもつ。その価値をいかに次の成長へ結びつけるのか。スピカコンサルティング 執行役員 渡邉智博に、戦略的M&Aの可能性を聞いた。
営業利益率は5〜10%、売上高に占める原材料費率は約30%。これが、外食や食品製造業が抱える収益構造の厳しさだ。加えて、現場では調理や製造、接客など人の手に頼る工程も多く、効率化だけでコスト増を吸収することは難しい。そこに追い打ちをかけているのが、原材料費をはじめとするコストの上昇だ。総務省統計局の調査によると、消費者物価指数は直近5年間で10ポイント以上上昇している。
「売上の30%を原材料費が占める企業で、仕入れ価格が10%上昇すれば、原価率は30%から33%になります。営業利益率が5%程度の企業であれば、他の条件が変わらないとしても、利益率は約3ポイント低下する計算です」
スピカコンサルティングで食品業界のM&A支援を統括する渡邉智博(以下、渡邉)は、現場が直面する危機の深刻さをこう指摘する。
日本フードサービス協会の動向調査などをみても、近年の外食産業では客数が伸び悩む一方、価格改定による客単価の上昇が売上を押し上げてきた。原材料費や人件費の上昇が続くなか、コスト増を販売価格へ転嫁し続けることにも限界がある。
「外食各社もこの10年で値上げを進めてきましたが、消費者が日常的に利用できる価格には限界があります。さらに、中食やスーパーに需要が流れれば、食材の調達競争が激しくなる可能性もある。大量仕入れを行うスーパーなどが調達を優位に進めれば、外食企業が買い負けし、仕入れ価格がさらに上昇するリスクがあります」
こうした環境下で収益を確保するには、調達力の強化だけでなく、需要予測や受発注、シフト配置の最適化など、生産性を高めるための投資も必要になる。大手企業であればシステム投資によって業務効率化やフードロス削減を進められるが、中堅・中小企業では十分な資金を振り向けることが難しいケースもある。企業規模による対応力の差が広がるなか、経営基盤を強化する選択肢のひとつとなるのがM&Aだ。
「つくる力」を、経営の仕組みで支える
渡邉がM&A支援に携わる背景には、自身の原体験がある。
「かつて実家が営んでいたギフトショップが倒産し、経営に苦悩する父や祖父の姿を間近で見てきました。その経験から、経営者の力になりたいという思いをずっともち続けています」
新卒で入社したリクルートでは約10年間、ブライダル事業に従事。結婚式場やホテルの経営者と接するなかで、より経営者に近い立場で支援したいという思いを強め、M&A業界へ転身した。そこで食品業界の専門チームに配属されたことをきっかけに、食品企業のM&A支援に携わるようになった。
「何十年も地域で愛されてきたソウルフードでも、事業を継ぐ人がいなければ、その味は途絶えてしまいます。地域に根づいた食文化を次の世代につなぐ。そのための選択肢としても、M&Aには意味があると考えています」
また渡邉は、資本や経営経験が十分でない若手経営者でも、成長を支える企業と組むことで事業を大きく伸ばせる可能性があると考えている。地域に根づいた食文化を守るだけでなく、新たな企業を育てていくことも、渡邉が食品業界のM&Aに携わる理由だ。
食品業界には、「おいしいものを届けたい」「自分が理想とする味を追求したい」という思いから事業を始めた創業者も多い。そうしたこだわりが支持される一方で、必ずしも収益につながるとは限らない。渡邉が支援してきた企業のなかにも、グルメサイトで高く評価される人気店でありながら、利益を十分に確保できていないケースがあったという。
「中小企業では創業者が経理や人事まで抱えているケースが少なくありません。M&Aによってバックオフィスや経営管理の機能を補完できれば、オーナーは商品開発や味の追求など、自身が強みをもつ領域により集中できる。個人に依存していた経営を組織で支えられるようにすることも、M&Aが果たせる役割のひとつです」
数字には表れない「Worth」を見抜く
大手企業には事業拡大しても安定して運営できる経営の仕組みがある。また、食品業界の中堅・中小企業には独自の商品や製法をもちながら、資本や経営管理の面で成長に課題を抱える企業もある。では、M&Aによって伸ばすべき企業固有の価値をどう見極めるのか。
渡邉が企業を見る際に重視するのが、「Value」と「Worth」という2つの視点だ。
「決算書を見れば、その会社の株価がどの程度になるかはある程度わかります。それが数字でとらえられる『Value』です。ですが、会社の価値は数字だけでは決まるものではありません。長年培ってきた歴史や独自性、手間をかけて守ってきた製法など、数字には表れないものがある。私はそこを『Worth』として見ています」
例えば、渡邉が支援したある焼肉店では、肉を加工する際に出る端材をほかの料理に活用するほか、その日に仕入れた肉を無駄なく使い切れるよう、複数の部位を組み合わせた盛り合わせを積極的に提案していた。また、路面店は小さな物件を借りて、訪れた客に近隣にある賃料の安い空中階の広い店舗を必ず案内する。こうした細かな工夫が経営者から現場へ共有され、日々の業務として定着していたという。
渡邉が注目するのは、経営者であれば当たり前のように感じる些細な行動や考えが社員に共有され、日々の行動として積み重ねられている点だ。こうした組織に根づいた文化もまた、数字だけではとらえにくい企業の強みとなる。
渡邉は売却価格の高さだけをM&Aの成功とは考えていない。買収価格が高くなれば、買い手はその分だけ投資回収を求めることになる。そこで過度な利益創出を求めれば、その負担が統合後の現場に及ぶ可能性もあるからだ。
「売り手と買い手の双方が『やってよかった』と思えて、その後も会社が成長していくことがゴールです。売り手の強みを伸ばせる相手はどこなのかを考え、本当に価値のある相手と結びつける。それがM&Aを支援する僕たちの使命だと思っています」
手作業による製法を強みとしながら、生産体制や出店力に課題を抱えていた菓子メーカーを支援した際には、製造設備や出店ノウハウをもつ企業とのM&Aを実現した。従来の製法を残す部分と機械化する部分を見極め、量産可能なセカンドブランドも開発。M&A後には製造体制が拡大し、複数の店舗を構えるまでに成長したという。
国内市場が縮小するなか、海外に成長機会を求める食品企業も増えている。独自の商品やブランドを有する中堅・中小企業にとって、海外展開の基盤がある企業とのM&Aは、新たな成長の選択肢にもなる。
「日本の食は、世界で戦える強みをもった分野です。この産業をさらに強くしていくことが、10年先、20年先の日本の成長にもつながっていく。どんな会社にも必ずその会社ならではの良さがあり、それをつくり上げてきた経営者を私は尊敬しています。目の前の経営者と長く向き合いながら、一社一社の可能性をもっと伸ばしていく。その積み重ねをこれからも続けていきたいと思っています」
スピカコンサルティング
https://spicon.co.jp/
わたなべ・ともひろ◎慶應義塾大学卒業後、リクルートに入社し、ブライダル事業に9年間従事。2018年、日本M&Aセンター入社。食品業界のM&A支援に携わった後、24年スピカコンサルティングに参画。



