グーグルのMandiant(マンディアント)部門が昨年調査した一連の侵入事案では、何者かが気づくまで平均393日間、被害者のネットワーク内に潜伏していた。被害に遭った組織の多くは、攻撃がどのように始まったかを再構築(特定)できなかった。
その原因は、必ずしも証拠収集の失敗ではなかった。多くの場合、組織が単にその証拠を十分に長い期間保存していなかっただけなのだ。
Mandiantは2026年版「M-Trends」レポートのなかで、コスト削減策のためにログデータを90日間しか保管しない組織が多いと指摘している。また、丸1年分のログを保管している組織であっても、この特定の攻撃キャンペーンを完全に調査するのに十分な履歴は残っていなかったはずだという。
企業がセキュリティオペレーションセンター(SOC)にAIエージェントを導入するにつれ、この問題は広範囲に及ぶ可能性がある。人間の調査員であれば、証拠が不足していることに気づき、アーカイブされた情報を要求し、それが復元されるのを待つことができる。しかし、マシンスピードでの調査と対応を期待される自律型エージェントは、意思決定を行うその瞬間に利用可能な情報に基づいてしか判断を下せない。
AIエージェントはアクセス可能なデータによって制限される
セキュリティ情報イベント管理(SIEM)プラットフォームは、データ量が膨大になると高額になるため、組織はこれまで、即座にアクセス可能なデータ量を削減することで、そのコストを抑制してきた。
Hydrolixのチーフプロダクト兼マーケティングオフィサーであるマイケル・クッキは、エージェント型セキュリティの台頭により、セキュリティチームが長年甘んじて受け入れてきたインフラ面での妥協が浮き彫りになっていると指摘する。
「SIEMコストの上昇により、チームはデータ保持期間の短縮やデータのサンプリング(間引き)、あるいは古いログデータのコールドアーカイブ(復元に数日かかることもある)への移動を余儀なくされています」とクッキは語る。「仮に、6カ月前の根本原因データをコールドストレージから復元するのに数時間から数日かかるとすれば、活発な脅威が環境内に侵入している最中の組織には、そんな時間はありません」
「脅威はマシンスピードで動いています。防御側も同じスピードで動く必要があります。そのためには、数秒で証拠データにアクセスして根本原因を特定し、被害を軽減するための措置を講じなければならないのです」
この状況は、AIセキュリティ投資の経済性を変化させる。
企業は高度なモデルを導入できるが、もしエージェントが90日分のテレメトリ(遠隔測定データ)にしかアクセスできず、侵入が6カ月前に始まっていた場合、インテリジェンス層は不完全な履歴に基づいて動作することになる。言い換えれば、ボトルネックはAIが何を記憶できるか、という点にある。
二者択一を迫られてきたセキュリティチーム
「セキュリティチームの障害となっていた、やむを得ず受け入れられてきた主な犠牲がいくつかあります」とクッキは言う。「セキュリティチームは長い間、予算に応じたセキュリティ対策を強制されてきました」
彼によると、企業はこれまで、差し迫った脅威を検知する上で最も重要と思われる情報に優先順位をつけ、それをリアルタイム検知のためにSIEMに送るしかなかったという。
「一般的に、企業にとってそれは全データの約30%にすぎません」とクッキは述べる。「脅威検知は難しく、データをSIEMに送るにはコストがかかるため、彼らはその決定を下し、犠牲を払わなければなりませんでした。そのため、残りの70%のデータについては、苦渋の決断を迫られてきたのです」
調査員は、インシデント発生後になって初めて、どのテレメトリが重要だったのかを知ることが少なくない。
「セキュリティにおいては、真実のソースが必要であるため、データをサンプリングすることはできません」とクッキは言う。「サンプリングを行えば、重要な証拠を捨ててしまう可能性があります。そのため、サンプリングの代わりに、データをオフラインにするか、アーカイブするか、最悪の場合は何を捨てるかを決めざるを得なくなります。その結果、本来であれば全体が見えるはずの証拠が、不完全なものになってしまうのです」
独立したセキュリティガイドラインも、これと同じ根本的な課題に対処することを目的としている。イベントログに関する共同勧告の中で、世界のサイバー専門家らは「デフォルトのログ保持期間は不十分であることが多い」と警告し、一部のサイバーセキュリティインシデントは発見までに最長18カ月かかることがあると指摘している。
また、これらの国際機関は、共通の制約としてストレージを挙げ、割り当てられたストレージが満杯になると、システムが古いログを上書きしてしまう可能性があることを指摘した。
限られた「記憶」という問題
ほとんどのサイバー攻撃は、1年間も潜伏し続けるわけではない。Mandiantの報告によると、昨年の世界における潜伏期間(dwell time)の中央値は14日間で、侵入の41.5%は1週間以内に発見されている。
しかし、平均値は外れ値を覆い隠してしまう。
同レポートによると、侵入の26.7%は31日間から6カ月の間持続し、5.6%は6カ月を超え、5.8%は1年以上続いた。スパイ活動のケースや北朝鮮のIT労働者が関与するケースでは、潜伏期間(サイバー攻撃者がコンピュータネットワーク内で検知されずに留まる時間)の中央値はそれぞれ122日間であった。
こうした調査こそ、直近のテレメトリに制限されたエージェントが、不完全な一連の出来事に直面するタイプの事案である。
根本原因の分析には、認証アクティビティ、権限の変更、ネットワークの挙動、プロセスの実行など、異なるシステムや異なる時点で発生したさまざまなイベントを関連付ける必要がある。AIエージェントは、これらの相関関係を人間のアナリストよりもはるかに迅速に実行できる可能性を秘めている。ただし、それは証拠がまだ存在し、エージェントがそれを十分に素早く回収できる場合に限られる。
新たな要件は単なる「保持」ではない
履歴データを保管することと、そのデータを自律型システムで利用可能にすることは、まったくの別物だ。
連邦政府機関は、複数カテゴリのセキュリティログについて最低保持期間を定めた2021年の行政管理予算局(OMB)の通達に基づいて運営されている。PCI DSSも同様に、対象となる多くの加盟店に対し、監査ログの履歴を少なくとも12カ月間保持することを義務付けている。
進行中の攻撃に対応しているAIエージェントは、アーカイブから履歴情報が復元されるのを数時間、あるいは数日も待つことはできない。ここにHydrolixは商機を見出している。
同社は、膨大な量のテレメトリを経済的に保持し、迅速に検索できるように設計されたデータプラットフォームを販売している。
「悪意ある攻撃者からハッキングを受けている最中に、オンラインに戻すまで数時間、時には数日かかるアーカイブデータを使う代わりに、すべてのデータがオンラインで、ホット(即座に利用可能)な状態で手元にあり、SIEMインターフェースを介してすぐにアクセスできるようになります」とクッキは語る。
より深い問題は、単一のベンダーの規模を超えている。エージェント型セキュリティは、エージェントが適切な意思決定を行うために必要な証拠に、タイムリーにアクセスできて初めて価値を持つ。
データ増加が自動的にセキュリティ向上につながるわけではない
重要な反論もある。すべてのデータを保管することが、自動的に役立つわけではないという点だ。
Picus Securityが、今年上半期に顧客が実施した3億3800万回以上の模擬攻撃を分析したところ、ログの網羅率は過去4年間で最高に達した一方で、意味のあるアラートを生成した模擬攻撃の割合は14%にとどまったことが明らかになった。
「テレメトリが増えるだけでは、検知数は増加しない」とレポートは述べている。「SIEM内に存在するテレメトリが、自ら相関関係を構築することはない」
このレポートはベンダーが作成したものだが、その手法は公開されており、この調査結果はデータがそのままインテリジェンスになるわけではないことを浮き彫りにしている。
エージェント型セキュリティの約束する未来は、AIが膨大な量のテレメトリを役立つ文脈へと、より上手に変換できるようになることかもしれない。しかし、知的な推論層を追加したからといって、組織が何を収集し、システムがそれにどれだけ迅速にアクセスできるようにするかという点について、慎重な選択を行う必要性がなくなるわけではない。
また、プライバシーとの兼ね合いもある。欧州のデータ保護法は、個人データを必要以上の期間保持しないよう義務付けており、セキュリティテレメトリにはユーザー名、デバイス識別子、IPアドレス、その他の個人に関連する情報が含まれる場合がある。
目的は、それ自体のために無限にデータを保持することではない。重要なのは、調査が最終的にその段階に達したときに、攻撃を理解するために必要な情報が利用可能な状態のままであることを保証することだ。
AIセキュリティエージェントが何を「記憶」できるか問いかけよ
AIセキュリティツールを評価する際、企業はモデルのインテリジェンス(賢さ)について尋ねがちだ。
脅威をどれほど正確に特定できるか? どれほど迅速に調査できるか? 自律的にどのようなアクションを実行できるか?
企業がもう1つ追加すべき問いがある。エージェントは実際にどれだけの履歴にアクセスでき、どれだけ迅速にアクセスできるのか、という点だ。
先週のテレメトリを基準に評価されたエージェントは、デモンストレーションでは非常に優秀に見えるかもしれない。しかし、攻撃者が最初に環境に侵入したのが6カ月前であり、その侵入経路を再構築するために必要な証拠がサンプリングされたり、削除されたり、復元に数時間かかる場所に移動されたりしている場合、その限界は明らかになる。
筆者は以前、小規模企業におけるAIエージェントの乱立や、AIの投資対効果(ROI)を測定することの重要性について執筆した。サイバーセキュリティは、これと同じ問題の別の一面を露呈している。つまり、企業はその基盤となるインフラを検証することなく、インテリジェンス層に多額の投資を行ってしまう可能性があるということだ。
世界で最も賢いエージェントであっても、もはや存在しない証拠に基づいて推論することはできない。そして、マシンスピードでの動作を期待される自律型セキュリティシステムは、その記憶がオンラインに戻るのを何日も待てるとは限らない。
サイバーセキュリティにおけるAI競争は、単に誰が最も賢いエージェントを持っているかという点だけに留まらない。どのエージェントが最も完全な攻撃の履歴にアクセスでき、どれだけ迅速にアクセスできるかをめぐる競争にもなり得る。



