企業のリーダーは、競合他社を注視するように訓練されている。市場シェアを追跡し、製品を改良し、顧客行動を研究し、イノベーションに巨額の投資を行う。しかし、ジェフリー・I・コール(Jeffrey I. Cole)によれば、そうした見慣れた規律(習慣)は、これまでの成果を瞬時に無価値にしてしまうほどの脅威に対し、企業を危険な無防備状態に置くことになるという。
『Disrupters at the Gate: When Visionaries, Trailblazers, and Two Guys in a Garage Turn the World Upside Down』(未邦訳)の著者であるコールは、真のディスラプション(破壊的革新)が通常の競争のように振る舞うことはめったにないと主張する。それは予期せぬ方向から、しかも多くの場合、既存企業が最も強力に見える時期に出現する。だからこそ、あるリーダーシップの習慣が極めて重要になる。それは、ディスラプションが具体的にどのような形で現れるか誰にも予測できないはるか手前の段階から、その到来を予期することを学ぶことだ。
「最善のアプローチは、自社がディスラプトされる(破壊される)ことを予期しておくことだ」とコールは筆者に語った。既知の競合他社ばかりに執着するのではなく、リーダーは自社の製品やサービスの弱点を検証し、「常に活力の監査や評価を行う」べきだという。
この考え方はますます重要になっている。なぜならコールは、ディスラプションそのもののペースが加速していると見ているからだ。かつては世代単位で起きていた変革が、今や次々と連続して到来している。インターネット、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)、人工知能(AI)はいずれも、人々の働き方、コミュニケーション、ビジネスの進め方に関する根本的な前提を変えた。さらに量子コンピューティングが次の激変をもたらすかもしれない。
そうした環境に備えるには、予測以上に難しいことが求められる。リーダーは、自分たちが予期している未来へのこだわりを捨てる必要があるのだ。
イノベーションはディスラプションではない
コールが提起する最も重要な区別のひとつが、イノベーションとディスラプションの違いである。
「イノベーションは、すでにやっていることを改善することだ」と彼は言う。一方、ディスラプションは根本的に異なる役割を果たす。「市場そのものを変革することなのだ」
コダック(Kodak)がより優れたフィルムを開発することはイノベーションだっただろう。しかし、デジタル写真が最終的にフィルムをほとんど不要にしたことは、ディスラプションだった。
この区別は、なぜ優秀な企業が依然として不意打ちを食らうのかを説明するのに役立つ。既存の組織は、既存の製品を改良することにおいては非常に有能であることが多い。彼らは、漸進的な改善のために正確に設計されたチーム、予算、業績評価指標、顧客調査を備えている。
彼らが苦手とするのは、基盤となるビジネスが現在の形態のまま存続すべきかどうかに疑問を呈することだ。
その難しさは、戦略的であると同時に心理的なものでもある。経営陣が何十年もかけて称賛される企業を築き上げてきた場合、意図的にその破壊を思い描くことは、ほとんど理にかなっていないように感じられる。リーダーは利益の出るビジネスを改善することで報われるのであり、それらのビジネスが陳腐化するシナリオを提案することで報われるわけではない。
しかし、歴史は既存勢力を守ってはくれない。コールは、ニューヨーク州ロチェスターをイノベーションの拠点にするのに貢献した、大成功を収めた2つの企業、コダックとゼロックス(Xerox)を挙げる。コダックは、デジタル写真が最終的に業界を変革する何十年も前にデジタルカメラ技術を開発していた。しかし、その成功が抵抗の土壌を作り出すことになってしまった。
「傲慢さと自己満足だった」とコールは語る。より広い視点では、彼は「否認」が繰り返される危険性であると見ている。つまり、自社は非常に有能であり、ブランドは強力で、顧客は忠実であるため、既存のモデルは存続するだろうという思い込みだ。
組織が成功していればいるほど、その前提に疑問を投げかけることは難しくなる。
「欠乏」が強みになるとき
ディスラプションのもうひとつの不都合な特徴は、挑戦者が特に脅威には見えないかもしれないということだ。
膨大なリソースはイノベーションには役立つかもしれないが、ディスラプションを阻害することがあるとコールは主張する。大企業には、すでに機能しているものを守るために構築されたシステム、支持層、投資が存在する。一方、極めて小さなグループには、守るべきものがほとんどない。
「巨額のコーポレート予算は、助けになるどころかむしろ障害になる」と彼は話す。お決まりの「ガレージの2人組」は、成熟企業を取り巻く組織的な仕組みに縛られることなく実験を行うことができる。
デジタル技術はその優位性を広げた。今やノートPCやスマートフォンがあれば、かつては巨額の設備投資を必要とした能力を小規模なチームが手に入れることができる。しかし、その強みは単に経済的なものだけではない。
「スパルタ的な環境が切迫感をもたらす」とコールは言う。
守るべき組織的な成功が少ないため、欠乏が実験を促すのだ。
また、その実験には、失敗との異なる関係性が必要となる。コールは、多くの重大な進歩が、本来意図された目的地ではなかったと指摘する。グーグル(Google)の創設者であるラリー・ペイジ(Larry Page)とセルゲイ・ブリン(Sergey Brin)は、当初ウェブ上のリンクをマッピングする作業を行っていた。ノボ ノルディスク(Novo Nordisk)は糖尿病の治療薬を追及していたが、研究者たちが最終的に「オゼンピック(Ozempic)」へとつながる減量効果を発見した。
こうした機会を捉えたい組織は、商業的価値がすぐには明らかにならない探索の余地を残しておかなければならない。
コールは、従業員に型破りなアイデアを追求する時間を与えていたグーグルの初期の慣行を挙げる。画期的な文化に不可欠な特徴は、「失敗を名誉の証として身につけること」だと彼は言う。ディスラプター(破壊者)は、うまくいかなかった実験を隠すのではなく、彼が「失敗監査」と呼ぶプロセスを通じてそれらを研究する。
すべての投資に対して迅速な自己正当化を求める効率最優先の組織の内部では、それは困難なことだ。
警告の兆候は好調な時期に現れるかもしれない
ディスラプションに関する最も危険な誤解は、リーダーが対処するのに十分な時間的余裕を持って、業績悪化という形で兆候を察知できるだろうというものだ。
必ずしもそうとは限らない。
「ディスラプションは、往々にして景気が沸き立っているときにやってくる」とコールは語り、1999年が音楽業界にとって史上最高の年であったことを指摘した。売上高の減少は、競合他社がより優れた成果を上げていることを示しているのかもしれない。しかし、真のディスラプションは、現在の業績が依然として素晴らしく見える間に進行している可能性がある。
したがって、警告の兆候は財務的なものではなく、行動的なものである場合がある。
コールは、長年の成功によって自らの判断がほぼ無謬(むびゅう)であると確信するようになるリーダーを指摘する。同時に、取締役会や投資家は、利益を上げているビジネスを自発的にディスラプトしようとするあらゆる試みに抵抗するかもしれない。魅力的な成果を生み出しているものを、なぜ自ら揺るがす必要があるのか。
だからこそ、自己変革には並外れた勇気が必要なのだ。
コールは、ネットフリックス(Netflix)の共同創業者であるリード・ヘイスティングス(Reed Hastings)を挙げる。同社のDVD宅配サービスが成功し、顧客から愛されていた時期に、ヘイスティングスはストリーミング事業をアグレッシブに推し進めた。「ヘイスティングスは勝つ保証もないまま、会社全体の命運を賭けた」とコールは言う。「そのようなCEOは極めて稀だ」
ここから得られるリーダーシップの教訓は、すべての成功しているビジネスを解体すべきだということではない。現在の収益性を、未来が過去と同じようになることの証明にしてはならない、ということだ。
生き残るためには、ビジネスの再定義が必要になる
ベスト・バイ(Best Buy)は、この教訓の別の例を示している。
アマゾン(Amazon)の台頭は、家電量販店にとって存亡に関わる課題を突きつけた。買い物客は店舗で製品を吟味し、販売員の専門知識を利用した上で、オンラインでより安く購入する。これは「ショールーミング」として知られる行為だ。
サーキット・シティ(Circuit City)は消滅したが、ベスト・バイは生き残った。
CEOのユベール・ジョリー(Hubert Joly)のもとで、同社はかつて根本的と思われた前提を捨て去ったとコールは説明する。価格面でアマゾンに対抗し、すぐに商品を手に入れたいという顧客の欲求を利用し、店舗をブランドごとのセクションに分割し、主要メーカーに費用の一部を負担してもらう方法を見出したのだ。
「これは急進的だったが、うまくいった」とコールは言う。
彼が主張する、より大きな教訓は、ディスラプションが組織を脅かすときには「すべてを──機能しているものも、機能していないものも──再考しなければならない」ということだ。
これは、通常の経営再建(ターンアラウンド)よりもはるかに難しい。経営再建は通常、既存のモデルを修復しようとする。しかし、ディスラプションを生き残るには、モデルそのものが問題になっていることを認める必要があるかもしれない。
新型コロナウイルス感染症(Covid-19)は、ビジネスに対してその現実を劇的に証明してみせた。何十年も続いてきた事業の前提が、わずか数日のうちに消え去ったのだ。電子商取引(Eコマース)を敬遠していた企業がオンラインに移行し、デジタルショッピングを避けていた消費者がそれを受け入れた。患者も医療提供者も選択肢がほとんどなかったため、遠隔医療が突如として実用化された。
コールはパンデミックを「実験の実験室」と呼ぶ。強力なリーダーは、かつては変えられないと思われていた行動が、状況が変われば極めて迅速に変化し得ることを認識した。
AIと次なるリーダーシップの試練
現在、人工知能(AI)は、最終的な形が依然として不透明な新たなディスラプションをリーダーたちに突きつけている。
コールは、公の議論が異様なほどリスクに偏重していると考えている。雇用、教育、セキュリティ、そしてAIの潜在的に危険な使用に関する懸念は正当であり、真剣な注意を払う必要がある。しかし、危険性だけに焦点を当てすぎると、このテクノロジーが持つ並外れた可能性が見えなくなる可能性があると彼は考えている。
「AIは、人類がこれまでに手にした最高のツールになりつつある」と彼は述べ、特に高度な研究能力を膨大な数の人々の手に委ねることができる能力を指摘した。
同時に、ソーシャルメディアで犯した過ちを社会は繰り返すべきではないと彼は主張する。ソーシャルメディアでは、その適切な役割に関する難しい議論が、普及から何年も経ってから行われた。チャットボット、機械によるアドバイス、教育、不正行為、そして人間の依存に関する問題は、テクノロジーがまだ形成段階にあるうちに対処されるべきだ。
ビジネスリーダーにとって、より本質的な論点はAIの先にある。
ディスラプションは、単に次のテクノロジーを予測することだけで管理できるものではない。歴史が示すように、予測はしばしば外れる。より持続可能なリーダーシップの能力とは、成功しているように見えるうちに前提に疑問を投げかけ、競合他社がつけ込む前に自社の脆弱性を調査し、不慣れなアイデアが生き残るための十分な組織的自由を作り出す意欲のことだ。
最大の危険は、ディスラプションの到来を見逃すことではないかもしれない。世界が変化している証拠を目にしていながら、「過去の成功のおかげで、それを無視する権利が得られた」と判断することなのだ。



