攻撃不可能だった標的をどう変えたのか
薬剤は通常、制御したいタンパク質に直接結合することで作用する。しかしダラクソンラシブは、仕組みが少し変わっている。ダラクソンラシブは最初、細胞内に存在する「シクロフィリンA」という別のタンパク質に付着する。すると相互作用が起き、付着されたシクロフィリンAの表面の構造が変化する。その新しい表面であれば、「活性化した状態にあるRAS」へ結合することが可能になるのだ。
その結果として、ダラクソンラシブ、シクロフィリンA、RASの3つからなる「複合体」が形成される。3つが一体化すると、本来なら増殖シグナルを先へと伝える別のタンパク質と結合するはずのRASの部位が、シクロフィリンAによって覆い隠される。これにより、変異したRASは、増殖シグナルを効率的に送ることができなくなる。
この薬剤は、RASそのものに、結合するための「鍵穴」を見つける必要がない。そうではなく、シクロフィリンAを利用して、RASを捉えるための新たな表面を作り出すのだ。この独特な仕組みによって、長年にわたって創薬の試みを拒み続けてきたRASは、ついに攻撃可能な標的に変わった。
ダラクソンラシブは、ある特定の変異に依存するのではなく、活性化したタンパク質の形状そのものを認識してそれを捉えるため、RASの複数の変異に作用する能力を持つ。つまり、がんの増殖を促す多様なKRASの変異型だけでなく、RASファミリーの他の分子をも標的にできる。
大規模臨床試験
この治療法を検証するために、成人のすい臓がん患者500人を対象に、第3相試験(新薬の有効性証明を目的とした臨床試験の最終段階)が行われた。対象となったのは、以前に治療を受けた後にがんが転移して進行した患者だ。
その結果は目を見張るものだった。生存期間の中央値は、化学療法を受けた患者が6.7カ月だったのに対し、ダラクソンラシブを服用した患者は13.2カ月だった。また、治療中や治療後にがんが悪化しない無増悪生存期間もほぼ2倍で、化学療法を受けた患者が3.6カ月だったのに対し、ダラクソンラシブを使用した患者は7.2カ月だった。
しかし、副作用がなかったわけではない。最も多い副作用は発疹で、患者の85%に見られた。半数を超える患者は、口や喉の炎症や痛みを訴えた。それでもなお、副作用を理由に治療を中断した患者数は、化学療法を受けた患者よりも少なかった。
すい臓がん以外にも応用できる可能性
FDAが承認したことで、ダラクソンラシブが、すい臓がん以外のがんの治療にも広がり得る可能性が見えてきた。RAS変異は、大腸がんや肺がんなど、ほかの多くのがんでも見つかっている。ほかの種類のがん治療や、複数の薬を併用する療法にダラクソンラシブを活用できないかという研究がすでに進行中だ。
何よりも大きな意義は、この薬剤の仕組みにあるかもしれない。ダラクソンラシブによって、薬剤は必ずしも、がんの原因であるタンパク質の表面に直接結合する必要がないことが示された。場合によっては、別のタンパク質を動員して、結合を助けることも可能なのだ。こうした発想を機に、新世代の薬剤開発への道が開かれ、かつては標的にするのが不可能だと思われていたタンパク質を狙い撃ちする薬が誕生するかもしれない。
すい臓がんの患者にとって、ダラクソンラシブは、より直接的・具体的な重要性を持つ。治療法が遅々として進まなかった何十年もの時を経て、すい臓がんを引き起こす中心的な要因の一つを遮断する薬剤がついに登場し、生存期間を実質的に延ばせることが明らかになったのだ。


