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アート

2026.10.08 09:15

前橋で未来を引き受ける人──JINS田中仁がつくる「残るための場所」

街の発展とは、何を意味するのだろうか。前橋では、JINS創業者・田中仁が多くの人を巻き込みながら、人が暮らし、働き続けられる場所をつくってきた。第1回前橋国際芸術祭を舞台に、その実践と作品から、街が人の選択肢をどう支えられるのかを考える。


街の衰退には、地図に現れる前の姿がある。建物はそこにある。看板も残っている。それでも、予約表に書き込まれる名前が減り、来週の約束がなくなり、誰かがここで続けるはずだった日々が、少しずつ行き先を失っていく。

今年9月に開幕した第1回前橋国際芸術祭で、私たち「蜷川実花 with EiM」が発表した《空だけは、こっちを見てこなかった》は、その時間に向き合う作品である。かつて夜の店だった場所に、架空のショーパブ「SCARLET MIRRORS」を重ねた。花や写真、鏡、生活の品々のあいだに、そこで働く5人の声を置いた。店を営み、名前を選び、客を祝い、子どもを育て、踊りをつくってきた人たちの日常が語られる。人物や記録は創作だが、店が営業を終え、かつての営みがそこにないことは現実である。

街の未来をつくろうとする芸術祭に、なぜ、消えていく場所の物語を持ち込むのか。場所が失われていく時間を知らなければ、場所をつくる仕事の重さは測れない。前橋でその仕事を引き受けてきたのが、この芸術祭の実行委員長と総合プロデューサーを務める田中仁さんである。

JINSを創業した田中さんは、空き店舗の目立っていた故郷・前橋の中心街に、自らの資産と時間を投じてきた。白井屋ホテルは、その象徴である。2008年に廃業し、跡地がマンションになりかけていた旅館の建物を引き受け、藤本壮介さんをはじめとするつくり手たちと再生した。2014年7月に始まったプロジェクトが開業を迎えたのは、6年半後の2020年12月だった。

完成した建築は、一度に見渡せる。そこへ至る6年半は、一度には見えない。人が来るかどうか分からない時期にも、資金は要る。つくり手の構想を信じ、地域の人と話し、事業を続ける判断を重ねる。その重さは、完成写真には写らない。

ギャラリーと住宅を備えたまえばしガレリアも、そうした時間を経て生まれた。田中さんによれば、土地はスナックやバーの多い路地裏にあった市有地で、一度はマンションを建てる不動産会社の手に渡った。それを、地域の仲間や市とともに頼み込んで買い戻した。建築設計士だった友人がデベロッパーとして名乗りを上げても、当初、銀行は融資に応じなかった。そこで田中さんは自ら保証人となり、何かあれば自分が全部買い取ると申し出た。やがてギャラリーの誘致や住宅の購入が進むと、銀行は個人保証なしで融資するようになったという。2023年5月、平田晃久さんが設計した建物が開業し、2つのギャラリーと26戸の住宅が入った。

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文=宮田裕章

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宮田裕章の「辺境」未来論 ──Resonant Regions

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