ダン・プライスはマーケティングの天才か、それとも訓話か?

Inc. Magazineの表紙を飾るダン・プライス

ダン・プライスさん、2015年4月13日のあなたは理想の人生を実現していた。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYタイムズ)やNBCニュースなどのメディアはあなたの決済代行会社Gravity Paymentsの社員の最低年収を7万ドル(847万円)に引き上げる天才的なアイディアを絶賛した。世間ではあなたをインターネット起業家のトニー・シェイや実業家のジョン・マッキー、はたまたロビン・フッドになぞらえ始めた。

NBCのようなニュース番組で「金儲けが目的ではなく、改善が目的だ」と明言するあなたは聖人君子のようだった。

ソーシャルメディアでは女性があなたに群がり、Inc.はあなたを「この人がアメリカでもっともよい上司?」のタイトル付きで同誌の表紙に起用した。

一夜にして有名人になったあなたの最低年収7万ドル発言は間違いなく口コミマーケティングの成功例となった。

あなたは「私は7万ドルあればやっていけると思った。自分に給料が払えなくなっても1日20時間働かなければならなくても構わない。とにかくやるんだ」などと発言して完璧にこのアイディアを支持した。

31歳にして世界の頂点に上った。そしてあなたの最低賃金に関する新著(あなたには執筆料50万ドルが支払われた)の発売も加わり、人生はこの上なく明るかった。

残念ながらダン、あなたはあまりにも短期間に調子に乗り過ぎたかもしれない。年収7万5,000ドルが幸せになるための最高額との調査結果から、全社員に「高い給与」を支払うご立派な決定の発表の2週間後、NYタイムズは、あなたが取締役会の承認を得ずに年収約100万ドル(1.2億円)をもらっているとして兄のルーカス・プライスから訴えられているとの記事を発表した。

GeekwireやEntrepreneurといった主要メディアがこの動きに便乗してあなたのブランドを引き裂き始めるのに時間はかからなかった。それまでの「人々のための男」、あなたのマーケティングを乗せた宇宙船は地に落ち始めた。

そしていったん落ち始めると、どんどん加速した。12月7日の週、TEDxであなたの元妻はトラウマを克服するための執筆の利用について話す予定だ。あなたから受けた肉体的虐待について触れ、あなたの元妻は「彼は私を地面に投げつけ、その上に乗り、お腹にパンチを加え顔をなぐった。私は激しく震えていた」と暴露する。

あなたの驚くべきマーケティングのアイディアとあなた個人のブランドには脱帽する一方、あなたは非常に大切なマーケティング上の教訓を忘れている。それは自分個人のブランドを会社のブランドにする前に、叩かれたら出てきそうなほこりを一掃することだ。

成功への近道として創業者やCEOのブランドを利用することは、これまで何度も実証されている実績ある戦略だ。トニー・シェイやイーロン・マスク、王者スティーブ・ジョブズなどの革新者は皆、自分自身のストーリーで人々の関心を高めることで会社に著しく貢献している。

ダン、そしてあなたと同じくこういった人々は完ぺきではない。スティーブ・ジョブズは、昔の従業員に「専制君主」のレッテルを貼られていたし、最近の映画「スティーブ・ジョブズ」では自分の娘をほったらかした男として描かれていた。

ただ違うのは、世間はスティーブ・ジョブズを驚くべき革新者、他人のやる気を起こさせるのが上手い人、先見の明のある人物とみる一方、ジョブズを理想的な家族的な男とはみていないことだ。ジョブズが今も生きていたら、従業員を何故怒鳴りつけないことが大切なのかについての講義のためにジョブズと契約する企業は多くないと思う。ジョブズは完ぺきではないが、人々が彼について認める部分で秀でていた。

一方あなたは、自分が支持するものに完全に反する訴訟に直面している。現代のロビン・フッド、あなたの「人々のための男」のイメージは倍返しでおとしめられた。あなたは公平と平等を信じるが故、持たない人により多くを与えた。自分の100万ドルの給与を7万ドルまで引き下げた。これ以上の無私無欲はあり得ないように見える。

ただ、自分の給与を勝手に引き上げたとして家族に訴えられているという事実はあなたのもともとのマーケティング策略である無私無欲の根幹に反する。

あなたのブランドの中核に公正と正義を据えるなら、訴訟と膨らませた自分の年収についてつっこまれた時どうやって弁解するのか考えておくべきだった。あるメディアで自分の良くない口コミを見つけたら、それについて鉄壁の抗弁ができなくてはならない。人々はあなたの話のほころびを探し、見つかれば、その情報はますます大きくなる。

年収7万ドルの公表前に、あなたはどんなブランドを作り出そうとしているのかもっと深く熟慮すべきだった。会社全体を無視してもすべきことなのか、あなたが支持したものは本当にあなたにとって意味のあることだったのか?振り返って、ホームランを打つ前に何かしら見えてこないか確かめたか?

Forbesのインタビュー、「プロフィールディフェンダーズ」で、シェリル・コナーはわれわれに名声管理がいかに企業をダメにするか警告している。行動を起こす前に名声への予期せぬ結果についてしっかりと理解したか?

さらにあなたの慈善家ぶったCEOのイメージは、あなたの元妻によるTEDxでのトークが世間に公表された後、決して塗り替えられることはないかもしれない。元妻の訴えを否定してもしなくても、そして事実か否かに関係なく、あなたのブランドは決して完全に回復することはないと言えるだろう。

どのニュースメディアもあなたと元妻の話の真相に行き着くまでその手を緩めることはない。こういった精神的重荷を背負い、あなた自身をああいった方法で売り出す動きは本当に正しかったと思うか?

残念ながらダン、いまさらこういった質問をするのは遅すぎたようだ。

編集 = Forbes JAPAN 編集部

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