映画館に足を運び『スパイダーマン:ブランニュー・デイ』を鑑賞した際、リーダーとしてのあり方について深く考えさせられた。
ほぼすべてのスパイダーマンのストーリーにおいて、ピーター・パーカーは自らの人生の2つの側面の間に厳格な境界線を引いている。ピーターとして学校の授業に出席し、自身を愛してくれる人々の前に姿を見せる。一方でスパイダーマンとしては、ビル群の間を飛び回り、街を救い、誰からも説明を求められないうちに姿を消す。彼のキャラクターの根本的な要素は、一方のアイデンティティを隠すことでもう一方を守ることにある。
興味深いことに、『スパイダーマン:ブランニュー・デイ』では、その二重生活が維持できなくなったときに何が起こるかに焦点が当てられている(以下、ネタバレあり)。日常生活を脇に置き、スパイダーマンであることに完全に集中する日々を何年も送った後、ピーターは感覚の過負荷や攻撃性の高まり、体内からのクモの糸の自然発生といった奇妙な症状に見舞われ始める。原因は彼のスパイダーDNAが人間の遺伝子を上書きしているためであり、そのきっかけは彼がピーター・パーカーとしてのアイデンティティを完全に切り離してしまったことにあると暗示される。しかし、永遠に別々の人生を送り続けることはできないという現実に向き合う代わりに、ピーターは自らの2つの側面を力ずくで調和させようとする。物語が進むにつれ、彼が生き延びる唯一の方法は、自分がピーターでありスパイダーマンでもあるという事実を、等しく受け入れることだと学ばなければならなくなる。
多くのリーダーが、これと似たような二面性を経験しているのではないだろうか。経営会議に出席し、沈着冷静で戦略的に振る舞う自分がいる一方で、午前1時に目を覚ましたまま、人員削減の面談を頭の中で反芻したり、リーダーになる前の自身の生い立ちの重荷を今も抱え続けたりしている自分もいる。私たちの多くは、プロフェッショナルとしての鎧を身にまとい、ありのままの自分をしまい込んでおくように教えられてきた。しかし、どちらの側面も、もう一方より本物であるということはない。人は、2つ以上の存在であってよいのだ。親であり、かつエグゼクティブであること。困難を経験してきた人間であり、同時に周囲から困難を乗り越える先導役として信頼されるリーダーであること。避けるべきなのは、互いを知らないふりをする2人の人物を演じ分けることだ。
ありのままの自分を閉め出すことの代償
キャリアの初期、私は「ありのままの自分(オーセンティシティ)」とは慎重に小出しにするべきものであり、基本的には隠しておくべきリソースだと信じていた。そのため、洗練されていて有能なプロフェッショナルとしてのアイデンティティを築き上げ、感情的・身体的なストレス要因を含む自分自身のそのほかのストーリーはすべてしまい込んでいた。そうした困難を生き抜いてきた一人の女性と、チームを率いるエグゼクティブという存在が同時に成立し得ると信じられるようになるまで、長い時間がかかった。
手の痺れが体の左側全体に広がり始めた瞬間のことを、今でも覚えている。助けを求める代わりに、私は誰にも気づかれないことを願いながら、ゆっくりと自分のオフィスに歩いて戻った。デスクに腰掛け、深呼吸をしてやり過ごそうとした。今思えば、それは多発性硬化症の症状だった。当時の私は「沈着冷静なエグゼクティブ」と「危機に瀕した個人」を切り離すことにあまりにも慣れすぎていたため、自分の身体が悲鳴を上げているときでさえ、その演技をやめることができなかった。もしあの瞬間、恐怖を感じている人間としての自分を優先させていれば、すぐに助けを呼んでいただろう。しかし私は、その状態のまま自分で車を運転して帰宅した。
ありのままの自分と、演じている自分とのギャップを維持することにエネルギーを費やすリーダーは、本来のリーダーシップ業務に割くエネルギーがほとんど残らなくなってしまう。さらに、自分自身を区画化しているリーダーは、組織の文化をも区画化してしまう。チームのメンバーが自身の2つの側面を統合することを推奨されていないと感じると、エンゲージメント、メンタルヘルス、生産性が実際に低下することが多い。エイミー・エドモンドソンによる心理的安全性に関する研究が、この事実を裏付けている。心理的安全性がない環境では、人々は発言をやめ、問題を指摘しなくなり、リスクを取ることを避け、最終的には退職を選ぶ可能性が高くなる。
「統合」とは、複数の自分を合わせること
「オーセンティック・リーダーシップ(自分らしさを生かしたリーダーシップ)」という言葉は、情報の過剰共有や規律の欠如を正当化するために「ありのままの自分を見せているだけだ」と言い訳する手段として使われることがある。しかし、統合とは境界線をなくすことではない。それは「偽りの自己」をなくすことである。私はこれを「統合(becoming one)」と呼んでいる。それは、個人の生活の指針となっている価値観や思いやりを、仕事の場でも発揮できるようにすることだ。誰かの役割を決定するときであれ、悲しみに暮れる部下と向き合うときであれ、あるいは誰も見ていないところで組織の理念を定義するときであれ、そうした姿勢を貫くことを意味する。そして、傷を癒やすプロセスを個人的な遠回りではなく、リーダーシップのコンピテンシー(行動特性)として捉えることでもある。
統合は、具体的な形で表れる。例えば、困難な経験を脇に置くのではなく、関連性がある場合には、自らの最もつらかった過去を透明性を持って判断の糧とすることだ。そのためには、自分が今もどこで仮面をかぶっているかに気づき、自らのストーリーを統合しないことで支払っている代償が何かを問い直す必要がある。また、チームのメンバーも、自身の多様な側面を統合することが安全であると実感できなければならない。したがって、うわべだけのパフォーマンス(演技)よりも誠実さを評価するフィードバックの仕組みを構築することが重要である。このような取り組みを行ってきたリーダーこそ、複雑な状況に対処し、瓦解したり心を閉ざしたりすることなく、危機を乗り越えて組織を導くことができる傾向にある。
自身のアイデンティティをどの程度統合できているかを振り返るために、以下の質問が役立つだろう。
• あなた自身のリーダーシップにおいて、その分裂を最も痛烈に感じるのはどのような場面か。
• あなたの「プロフェッショナルとしての鎧」とはどのようなもので、それを最初に身にまとったのはいつだったか。
• あなたがアイデンティティのギャップをいつまでも管理し続けた場合、チームにどのような代償を強いることになるか。
• 同僚が本来の自分を出さず、作られた役割を演じていると感じたことはあるか。それは関係性にどのような悪影響を及ぼしたか。
• 健全な境界線と、自分を隠すこととの間の境界線はどこにあるか。その違いをどのように見分けるか。
• 個人の経験が、仕事における意思決定を真に向上させた瞬間のことを考えてみてほしい。あなたはその経験を周囲に明かしたか、それとも伏せておいたか。より頻繁に口にするようになれば、何が変わるだろうか。
自分の条件で迎える、新しい一日
『スパイダーマン:ブランニュー・デイ』におけるピーター・パーカーの成長の軌跡は、一貫して同じ教訓へと回帰する。ありのままの自分を見られることの居心地悪さを、戦略だけでやり過ごすことはできない。やがて仮面は剥がれ落ち、そのときにそこに立っている人物が誰であるかこそが重要となるのだ。
これはリーダーにも同じことが言える。私たち全員に、取り繕って洗練された自分と、ありのままで複雑な自分が、同じ部屋に居合わせざるを得ない瞬間が訪れる。統合とは、その瞬間が訪れたときに、双方が互いを認識できるようにしておくための実践である。
スパイダー(蜘蛛)か人間のどちらか一方だけである必要はない。チームを率いる際にも、キャリアを通じて自らのストーリーを紡ぐ際にも、その両方が統合された存在であってよいのだ。
最後に、じっくりと考えてみてほしい。もし明日、あなたのチームのメンバーが「オフ」のあなたを見たとしたら、彼らを率いているのと同じ人物だと気づくだけの整合性があるだろうか。もしそうでなければ、そのギャップを埋めるための最も小さな一歩は何だろうか。



