経営・戦略

2026.10.03 12:57

失敗しているのは「戦略」ではない、「実行」だ

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戦略コンサルティング会社のCEOとして、私は数多くの年次計画セッションに立ち会ってきた。その計画は、ほぼ例外なく優れたものだ。2日間にわたって真剣に思考を巡らせ、リーダーシップチームの足並みが実際に揃い、その場にいる全員が確信する3〜4つの優先事項が定まる。参加者たちはエネルギーに満ちあふれて帰路につく。

しかし、10カ月後にその同じ企業を訪ねてみると、計画されたことはほとんど実行されていない。

創業者の結論は、ほぼ決まって「戦略が間違っていた」というものだ。そのため、彼らは戦略を書き直す。新しい優先事項、新しい計画を携え、翌年の1月にも同じ会議室に集まる。実際にどこで破綻したのかは、決して検証されることがない。

計画の書き直しは安易な解決策

戦略の策定は魅力的な作業だ。日常の業務から離れた場所で、2日間にわたり、全員が最大限のエネルギーを注ぎ込んで行われる。一方、実行の舞台は、最大手の顧客が不満を抱き、退職者が出て、1月に交わした約束だけが締め切りの設定されていない唯一の項目としてリストに残っているような、2月のある火曜日だ。

この非対称性こそが、創業者たちが「戦略の問題」と呼ぶものの正体だ。計画が失敗したのは、その内容が間違っていたからではない。日々の業務のなかで、その計画を守るための仕組みが何一つ存在しなかったからだ。

戦略を書き直す方が、精神的には楽である。新しい計画は前進しているような感覚を与えてくれ、費やす時間も週末の数日程度で済む。これに対し、実行力を改善するには、意思決定のあり方、責任の所在、そして誰かが約束を守れなかった場合の対処方法を変える必要がある。この作業は時間がかかり、面白みもなく、個人名が特定されるため角が立つ。その結果、戦略ばかりが更新され、失敗の真の原因は手つかずのまま放置されることになる。

実行が破綻する本当の理由

私の経験上、努力不足が問題になることはめったにない。問題はほぼ常に、以下のいずれかにある。

• 決定は下されたものの、責任者が明確になっていない。「共同責任」は「誰も責任を負わない」ことと同じである。

• 優先事項に期限が設定されていないため、期限のある日々の業務に毎週のように後回しにされる。

• 進捗状況が四半期ごとにしか見直されないため、計画の遅れが何週間も、時には数カ月間も表面化しない。

• 計画を実行に移す役割が誰にも与えられていない。創業者が計画を立てたため、その実行管理はいつの間にか創業者の記憶頼みになっている。

• 約束を守れなくても何の影響もない(これは、それが最初から本当の約束ではなかったことを意味する)。

このパターンは非常に一貫しているため、私はたいてい結末を予測できる。ある企業が価格設定の改善を決定したとする。全員がその重要性を認めている。それは2番目の優先事項としてリストに掲載され、リーダーシップチームに割り当てられる。しかし、それは「誰の担当でもない」ということを意味する。9カ月が経過しても、価格設定は全く動いていない。

誰もその作業を拒否したわけではない。ただ、実務を担当すべき人間にとって、それが具体的な優先事項になっていなかっただけだ。その結果、毎週のように、担当者名と期限が明確な別の業務に敗れ去っていった。12カ月後、チームは次の計画セッションにも全く同じ3つの優先事項を持ち込み、利益率は変わらず、リーダーシップチームは「計画とは守らなくてもいいものだ」と学習する。この最後の教訓こそが、翌年の計画を、会議が始まる前から失敗へと導く原因となる。その一方で、競合他社は地道にその退屈な作業を遂行し、自社よりも自信を持って価格設定を行っている。

誰かがフォローアップに責任を持つ必要がある

方針の決定と説明責任(アカウンタビリティ)は、互いに相反する力として働く。戦略を策定した本人は、チームにその実行を徹底させる上で最も不適切な立場にある。なぜなら、その戦略を最も変更しやすいのもまた、その本人だからだ。創業者が新しいアイデアを携えて週次ミーティングに現れると、チームはそれを「新しい優先事項」と正しく解釈する。その結果、誰もが「なぜ何も完了しないのだろう」と疑問に思うことになる。

実行力のある企業には、決定された事項と実際にリリースされた成果物とのギャップを埋めることを本業とする人物がいる。それは単に進捗を管理する人ではない。リーダーシップ層の同僚に対し、「あなたが1月に約束したことは、3月以降まったく進んでいません」と指摘し、その場の空気をあえて重くできるだけの十分な立場を持った人物だ。ほとんどの企業は、このような役割を誰も配置しない。善意と共有ドキュメントがあれば、自然と規律が生まれると思い込んでいるからだ。しかし、規律とは習慣化する前に、まず役割として定義されるべきものなのだ。

何から始めるべきか

何も書き直す必要はない。すでに掲げている優先事項をそのまま使い、次の3つの行動を起こしてほしい。

1. それぞれの優先事項について、責任者を1名だけ指名する。チームではなく、特定の個人を指名すること。

2. その担当者に対し、先週何が進展したかを尋ねる。もし確認しに行かなければ答えられないようであれば、それは実行されていない。

3. 優先事項の達成が遅れた場合、何が起こるかを尋ねる。もし「何も起こらない」のであれば、それは「優先事項」ではなく、単なる「希望」にすぎない。

その上で、週次のサイクルを設定し、それを厳守すること。毎週同じ曜日に、同じ短いリストを確認し、進捗があるかどうかを確かめる。価値の大部分は、この退屈な一貫性のなかにこそある。毎週見直される約束事が、四半期にわたって放置されることはあり得ない。規律が定着するにつれ、ミーティングの時間も短くなっていく。

これらを行うために、より優れた戦略は必要ない。私が関わってきたほとんどの企業において、すでに壁に掲げられている計画で十分に機能したはずだ。ただ、ほんの1層分の説明責任(アカウンタビリティ)が欠けていただけなのだ。

(forbes.com 原文)

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