ECBは中銀預金金利をマイナス0.3%と0.1%ポイント引き下げるとともに、資産買い入れプログラムを当面の期限としていた2016年9月から2017年3月まで延長した。
中銀の金利をマイナス領域にさらに引き下げる決定は象徴的意味に欠けるとは言えないが、投資家はより大胆な追加緩和を期待していた。大半のエコノミストは、マイナス幅はこの2倍、ECBの月額の買い入れ規模は、現在のプログラムの650億ドルから820億ドル程度にまで増えると期待していた。
これらの措置に力強さが欠けていたとしても、市場はそうではなかった。ユーロは対ドルで急伸し、先週の1.05ドル付近から1.09ドル付近まで上昇した。3日のECB会合前、ディーラーの多くがドルに対し短期的なパリティ(等価)までの下落を予想していた。発表を受け、ドイツのクセトラDAX指数とフランスCAC40指数は3%超下落、両指数は4日も後退が続いた。
政治家が金融市場の批判が無益なことを理解しているとしても、中銀関係者は分かっていない。クリントン元米大統領の顧問、ジェームズ・カービル氏が「債券市場に生まれ変わりたい」と言ったことは有名だ。そうすれば「どんな人でも震え上がらせる」ことができるからだ。生々しい権力がうごめく資本市場とくれば、良いも悪いもない。
トレーディングデスクを持つ中銀は、市場のムードやポジションを誤った方向に導くことに弁解の余地はない。ECBは欧州の債券の最大の買い手で、そのトレーダーらは市場の期待や戦略をかなり明白にわかっているはずだ。
事実、3日の金融政策の発表に埋もれてしまったことに、政策会議までの1週間、ECB当局者が市場関係者やメディアとコミュニケーションを取ることを禁止したことがある。ECBが金融市場にあまりにも近すぎるとの批判に反論するためだ。
さらに、この1ヶ月何度も「できるだけ早急に」インフレ率を上昇させる中銀の意向について触れ、ECBの刺激策の劇的な加速への期待をあおったのはドラギ総裁本人だ。
イングランド銀行(BOE)のマーク・カーニー総裁は早くから、民間との開かれた対話を実践してきた人物の1人で、2年以上前に英国市場での利上げの準備を開始した。2013年夏の就任後間もなく、総裁は中銀の金融政策委員会(MPC)は、当時7.8%だった失業率が7.0%以下に下落したら、金融引き締め政策についての協議を始めるよう示唆した。少なくとも2017年初めまで達成されない目標だ。
2015年12月まで話を進める。英国の失業率は5.4%に下がったが、インフレ率がゼロ近辺で推移している。BOEの最新の予想では、利上げは2016年はなさそうだが、MPCの穏健派メンバー1人がBOEの政策金利が現在の0.5%よりさらに下がる観測を強めている。
ひるむことなく米連邦準備理事会(FED)のイエレン議長と米連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバーはシェアし過ぎを止めそうにない。イエレン議長は利上げ願望を隠そうとせず、市場は10月時点で利上げを覚悟していたが、明らかに中国の金融市場混乱で頓挫した。
以来、イエレン議長らは、金利の決定はFEDが利用できる経済情報を反映することを意味する、「データ依存」のスタンスを強めている。ただこれは、世界でもっと強力な中銀の政策策定が長期的戦略に従うよりも、その場に応じて即座に決められるとの印象を与える。
ベテランのトレーダーらはグリーンスパン元FED議長時代のコミュニケーション戦略を懐かしく語り始めている。1987年から2006年までFED議長を務めた寡黙で知られたグリーンスパンは、かつて議会の委員会で「私の言うことがあまりにも分かりやすかったら、私が言ったことを誤解しているに違いない」と語った。FEDは1994年までフェデラルファンド(FF)金利の変更を公式に発表していなかった。ディーラーや投資家はFEDの公開市場操作に基づいて金利を推測するしかなかった。
中銀がコミュニケーションを小出しにするなら効果的ではありえないと言っているわけではない。ドラギ総裁が12年、ユーロ圏債務問題が深刻していた時期に、ユーロ防衛に「あらゆる手段を講じる」と言明したことで、実際にユーロの崩壊を阻止し危機を救ったことを疑う者はほぼいないだろう。
ただ中銀声明の限界効用が明らかに縮小しており、多すぎるコミュニケーションは金融市場を動揺させかねない。中銀総裁としてドラギ氏とカーニー氏は学んでいる、口で言うだけなら簡単だと。