マネー

2015.12.18 12:00

大気汚染と戦う中国

Tom Wang / shutterstock

世界中のメディアが伝えた通り、11月末に北京の大気汚染は最も深刻なレベルに達した。ある報告は「12月1日で5日連続となる最悪の大気汚染に見舞われている北京の学校は、児童生徒を校舎から出さず、呼吸器系の疾患のある子を持つ親は、子どもを病院へ連れて行っている。有害な微小粒子状物質、PM2.5の測定値は、世界保健機構(WHO)の安全基準が25μg/㎥(1㎥毎25マイクログラム)のところ、北京全域で600μg/㎥となっている。北京郊外の住民は11月30日に900μg/㎥まで上がったと記録している」と伝えた。

しかし12月1日深夜になって、母なる自然が救いの手を差し伸べたか、寒冷前線が入り込み、東風が優しく大気汚染を運んで行った。その結果、12月2日朝、北京市民は澄んだ空の下で起床し、12月4日にかけて、かなり大気汚染レベルが改善された状態が続いた。12月3日から4日にかけて、PM2.5基準は50μg/㎥をずっと下回っている。

このように急速な改善が見られ、有害な大気汚染から喜ばしくも一時的に逃れることが出来たにもかかわらず、11月の月末2日間の暗い空は、中国が真摯に臨むべき大気質改善の道のりは長いものになるという陰鬱な思いを抱かせた。

大気汚染問題に対する中国政府の意気込みを疑う人も多いかもしれない。しかし中国で最悪の大気汚染が、最高クラスの政府高官や企業の幹部が家族と共に暮らす北京で何度も発生しているということもあるが、ソーシャルメディア(SNS)で展開されている批判も、大気汚染対策を政府の重要課題リストの最優先事項に押し上げている。

政府報告書は、この問題に充てている費用を定期的に詳しく説明している。例えば、第12次5ヵ年計画が12月に終了するまでに、中国は今期だけで環境保護対策として5兆元(100兆円)以上を投じることになる。来年3月に発表される第13次5ヵ年計画では間違いなく、次の5年間にも同様の莫大な経費を計上するだろう。

しかし過去の経験から、それだけでは足りないことが分かっている。新規の、そして現行の環境基準の徹底が求められているが、物価上昇や高い雇用率の維持というような他の重要な政府目標と矛盾するところがある。ほとんどの場合、中国は環境分野における基準の徹底が十分ではない。しかしこの状況下で中央および地方政府が、この期に及んで環境問題と戦うために必要な難しい決断を下すことに積極的になっているという証言が集まってきている。

大気汚染に対する批判のほとんどが、急成長を遂げる自動車産業に向けられている。中国の自動車製造業は今や年間2,400万台を生産し、世界の年間生産量の約3割を占めている。中国で生産される車両のうち、約8割が乗用車で、そのほとんどは最新の排出ガス制御技術を採用している。

いつも問題になるのは商業車
働き者のディーゼルトラックは貨物を背負い中国の多くの都市を繋ぎ、また各都市の市街地を走行している。輸送は商品価格を決める重要な要素であり、また輸送会社はトラックで生計を立てている何千人もの運転手が構成していることから、費用がかかる新技術を導入し、厳しい排ガス基準を満たすよう迫ることに、政府は消極的だった。その結果、成熟した経済の下では既に何年も前に廃止となった排ガス制御技術が未だ残るトラックがまだ多く道路を走っている。

有害な排気ガスを制御する新技術はコストが嵩むが、英国のロンドンなど一部都市では、事前に決められた期日後は最も厳しい排ガス基準を満たした車両のみ通行を許可し、基準に達しない車両を処分する、もしくは費用がかかっても規制をクリアするような対策を講じるよう運送会社に迫った。輸送費上昇を嫌う声と零細企業がひしめく運送会社の状況を考えると、ロンドンのような厳格な規制は問題外だ。

しかし、この数ヵ月の間で、トラック1台につき5,000から6,000ドル(61から73万円)かかる公害除去対策費用に対し補助金を支給するという計画を発表する省が出てきており、ロンドンとは異なる取り組みが見られる。中国ではこれまで政府が環境対策を気にすることもなく、政府が民間部門の企業に効果的な補助金を差し出すような計画を打ち出すなど聞いたことがなかった。

他にも大気汚染対策として、廃タイヤの違法な輸入に対する厳しい取り締まりが挙げられる。米国では毎年約3億本の乗用車用タイヤが廃棄され、再利用されている。米国では、廃タイヤを利用した有用製品の生産を重要なビジネスと考える企業が多くある。2010年に米国最大手の廃タイヤ再生企業の幹部が、中国への違法な輸出で廃タイヤの値段と供給に悪影響が出ていると不満を訴えたのも、こうした背景からだ。

一方で、密輸した廃タイヤは、中国南部で大きなビジネスとなっている。土地を失った農家が廃タイヤを利用し、品質は大きく劣るものの非常に安価な農業用トラクター及び農業用小型車両向けの燃料を精製する事業を始め、それを生業としているのだ。地域住民はそのような低品質の燃料が大気汚染を悪化させていることに怒りの声をあげているが、地方政府は、規制を強制し、この地域の失業問題が激化することを恐れて、密輸業者や精製業者に対する取り締まりの実施を躊躇している。

しかし、ただならぬ環境問題のせいで、強く要請されていた取り締まりが最近になって実施され、密輸した廃タイヤから粗悪燃料を生産する商売も、ほとんどが廃業に追い込まれている。

中国は、急速な産業化が引き起こした環境被害に対処するため戦っているが、その前途は長い。ここで取り上げた2つの事例が示す通り、大気質との闘いにおいて前進するためには、大規模投資のみならず、既得権益と向き合い、環境規制を推し進める意志が求められる。ここで取り上げた2つのエピソードはその例外ではなく、模範となるだろう。

編集 = Forbes JAPAN 編集部

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事