世界各地の高山地域で、氷河や氷が後退しており、温暖化する気候に直面して融解と縮小が進んでいる。
この後退は、私たちが比較的ゆっくりしたものとして捉える時間軸、すなわち数十年から数世紀の単位で進行している。その氷の喪失は、干ばつという形で、また飲料水、灌漑、水力発電に必要な河川の基底流量が着実に減少する形で表れることになる。
しかし時に、その後退は急速に起こる。突然の崩壊や急な決壊を伴う場合だ。それらは洪水として人々に経験され、人命を奪う災害となり、インフラに壊滅的な損失をもたらす。
8月下旬、ヒマラヤ山脈で山腹と氷河が致命的かつ壊滅的に崩壊し、ネパールのボテコシ川とトリシュリ川沿いに災害を引き起こした。数千人が死亡または行方不明となり、道路、橋、建物、水力発電ダムに数十億ドル規模の被害が出た。
短期的には、ネパールは被災者の支援と地域の再建に注力することになる。一方で、世界がネパールで失われた命を悼むなか、この出来事が、温室効果ガスの世界的な蓄積にほとんど寄与していない低所得国や低中所得国に対し、気候変動がリスクと被害を増大させていることを示す、またひとつの例であるという事実にも向き合うべきである。
長期的には、高地の雪氷圏(氷河、氷、雪、永久凍土)の融解は、山岳谷間のコミュニティやインフラ、そして山地から流れ出る河川に依存する下流地域に大きな影響を及ぼす。たとえば、水力発電ダムの計画、建設、運用は、この縮小、すなわちより乾燥した未来へ向かって年々着実に進む融解と、その一方で突然の洪水流の急増が挟み込まれる現実を十分に織り込む必要がある。こうした新たな現実は、エネルギーシステムの計画と建設のあり方を変えるべきである。
8月26日、世界各地の地震計がチベット・ネパール国境地域で発生した大きな事象を検知した。当初は地震と分類されたが、科学者たちはすぐに、その揺れが実際には地滑りによるものだと気づいた。地震のような信号(リヒタースケールで5.2)を生じさせるほど巨大な地滑りだった。実際、その地滑りは過去数十年で世界が目にした最大級のもののひとつで、岩と氷河の壁が山腹を1km以上一気に滑り落ちた。時速150kmで移動した地滑りは谷底に激突し、広島に投下された原子爆弾を上回るエネルギーを放出した。
崩落の運動エネルギーは氷河の氷の多くを融かし、峡谷の底に到達した岩石の残骸はチベットのプレプ・ツァンポ川をせき止めた。そのダムはほどなく決壊し、岩石、氷、水、泥が混ざった泥流が下流へ、ネパールとの国境検問所へ、さらにトリシュリ川沿いのネパールの町々へと猛スピードで流れ下った。当初高さ70m(230フィート)、時速180km(110マイル)で移動していた、泥水と瓦礫からなる黒い壁が、町をのみ込み、橋を押し流し、バスや建物を巻き上げて流し去る映像は、まさに戦慄すべきものだ。
本稿執筆時点で、この洪水により約1400人が死亡し、約5000人がなお行方不明となっている。被害総額は約50億ドル(約7900億円)と推計されており、これはネパールの国内総生産(GDP)の約10%に相当する(2015年4月にはネパールを地震が襲い、50億〜100億ドル(約1兆5800億円)の被害をもたらした)。
被害には少なくとも13件の水力発電プロジェクトが含まれ、一部は完全に破壊された。ネパール国家エネルギー庁は、水力発電セクターの被害額を「数千億ルピー」、つまり数十億ドル規模と見積もっている。
合計で少なくとも430MWの水力発電容量が破壊または損傷した。これはネパールの水力発電総容量の10%超に当たる。そしてネパールの送電網容量はほぼすべて水力発電に由来するため、送電網全体の容量の10%超が破壊または損傷したことを意味する。
既存の発電容量に加え、数百MW分の追加容量に相当する建設中の5件の水力発電プロジェクトも損傷または破壊され、これらのプロジェクトの作業員数百人が死者・行方不明者に含まれている。
ネパールにとって、水力発電はエネルギーの過去であり、現在であり、未来である。この技術は現在の電力容量の97%を供給しており、ネパールは送電網容量を3〜7倍に大幅拡大することを計画している。その拡大のほぼすべてが水力発電によって賄われる予定で、計画の一部にはインドや近隣諸国への大規模な電力輸出も含まれる。
ネパールが水力発電に注力するのは、水と、大きな落差を生み出す急峻な地形という、2つの主要資源に恵まれているからである。
しかし、今回の洪水災害は、その2つの資源がリスクにもなりつつあることを示している。急峻な地形は以前より頻繁に崩れ、水を破壊をもたらす泥の壁へと変えている。
ここ数年、ネパールでは氷の融解や地滑り、またはその両方によって引き起こされた鉄砲水が複数発生しており、ヒマラヤの他地域でも同様の事象が起きている(急斜面をつなぎ止める接着剤のような役割を果たす永久凍土の融解は、地滑りのリスクを高め得ることに注意が必要だ)。2021年には、インドのヒマラヤ地域で先月のネパールの洪水と非常によく似た災害が発生した。ウッタラカンド州では、岩と氷河の突然の地滑りが洪水と土石流を引き起こし、200人超が死亡した。その大半は、深刻な被害を受けた2つの水力発電ダムで働く作業員だった。
別の種類のリスクとして、氷河湖決壊洪水(GLOF)がある。氷河にせき止められた高地の湖が突然排水される現象で、決壊は地滑りや地震事象によって誘発されることがある。地球上で観測された最大級の河川ピーク流量の一部は、GLOFによって引き起こされている。
2023年には、インドのヒマラヤで発生したGLOFが下流約400kmに及び、55人が死亡、建設からわずか10年、建設費15億ドル(約2370億円)を要した出力1200MWの水力発電ダム「ティースタ3」を跡形もなく破壊した。
人々への危険に加え、GLOFや氷河後退によって引き起こされるその他の災害のリスクは、現在、または拡張計画において水力発電に依存する世界各地の高山国にとって深刻な課題となっている。
ヒマラヤ地域はGLOFのリスクにさらされる人口が最も多いが、ペルーはこうした事象によるリスク人口が世界で3番目に多い国であり、ペルーの水力発電プロジェクトもリスクにさらされていることを示唆している。また、ペルーの電力システムはネパールよりはるかに多様化しているものの、計画中の水力発電ダムも多数ある。
私が主導した水力発電の洪水リスクに関する2022年の分析では、ネパールとペルーはいずれも現在の洪水リスクが最も高い国々に含まれ、両国とも「高リスク」に分類された。一方、世界の水力発電プロジェクトの平均は「中リスク」に収まる。また、この2カ国は気候変動によるリスクの上昇幅も最も大きい国々に含まれると予測されている(下図参照)。
しかし、急速に流下する洪水はリスクの全体像の一部にすぎない。高地の雪、氷、氷河の着実な減少もある。高地の氷や雪の一部は毎年夏に融け、その融解水は降水量が限られる時期に、雪解け水で養われる河川の主要な水源となることが多い。しかし、高地の氷の総量が減少するにつれ、乾季にそれらの河川を支える融解水は少なくなる。
ネパールに関する研究では、水力発電の総発電ポテンシャルが今世紀末までに30%低下する可能性が示唆されている(ただし、この低下に先立ち、融解の加速によって一時的に発電量が増加する期間が訪れる)。アンデスではすでに干ばつにより水力発電量が劇的に減少しており、エクアドルでは2024年秋に毎日14時間の停電を強いられた。
山岳地域の水力発電、すなわち現在の施設と計画中の拡張プロジェクトの双方は、この氷河の縮小と、それに伴う洪水および基底流量低下のリスクに明確に適応する必要がある。
各国は、気候変動に強い電力システムを計画する際、こうしたリスクを十分に考慮すべきである。研究と現実の事例の双方が、水不足を管理するうえで多様化した電力システムがもたらす利点を示している。
たとえば、世界銀行はケニアについて、「地熱、風力、太陽光発電の開発により、エネルギー安全保障が強化され、水力発電の比率が高いシステムに典型的な、天候に起因する供給不足が大幅に減少した」と指摘している。
学術誌『Nature Water』に掲載された研究論文は、エクアドルで最近発生した干ばつを検証し、「太陽光と風力発電の大幅な整備は、将来の同様の干ばつに対してエクアドルの電力システムを強化する重要な要素になり得る」と結論づけた。
戦略的なエネルギー計画は、気候変動に強い送電網を構築するために必要な技術とプロジェクトの組み合わせを特定するために活用できる。なお、このアプローチは、河川生態系とそれに依存する人々に対する、立地の不適切な水力発電ダムによる悪影響を最小化するうえでも重要になり得る。
ネパールとペルーはいずれも、将来のエネルギー拡張計画を多様化し、風力、太陽光、蓄電池を増やすことで恩恵を受ける可能性が高い。建設される水力発電ダムについては、GLOFやその他の災害リスクが高い地域でプロジェクトが開発されないよう、慎重に選別されるべきである。
気候変動に強い送電網において、ある特定の種類の水力発電プロジェクトの重要性が高まる可能性がある。揚水発電(PSH)である。PSHでは、エネルギーが豊富な時間帯に水を上方へくみ上げ、上部貯水池に貯める。エネルギーが必要なときには、その水を再び下方へ流して送電網向けの電力を発電できる。この貯蔵と需要に応じたエネルギー供給サービスは、風力や太陽光のような変動性のある電源を含む多様化した送電網において、特に価値が高い。
PSHの貯水池は、片方、あるいは両方を河道から離れた場所に建設できるため、従来型の水力発電に比べて洪水リスクがかなり低い。また、PSHは流入する基底流量に依存するのではなく、一定量の水を循環利用するため、水不足の時期に対してもはるかに強靭であり得る。
氷河や氷が後退するなか、高地の山岳地域を抱える国々は、人々へのリスクを最小化する方法を見いだす必要がある。そして、気候正義の原則の下、他国や金融機関は、この取り組みにおいてネパールやその他の脆弱な国々を支援すべきである。
電力システムもまた、氷河後退に伴うさまざまなリスクに直面している。しかし、システムの多様化、戦略的計画、慎重な立地選定、その他のベストプラクティスを組み合わせることで、そうしたリスクに対してはるかに強靭な送電網を設計し、構築することができる。



