マッチポイント。
プロテニス選手のBen Shelton(ベン・シェルトン、アメリカ)がAlexander Zverev(アレクサンダー・ズベレフ、ドイツ)からのサーブを打ち返し、ボールが相手コートのベースラインを越えて外れた瞬間、スタジアムは総立ちになった。
対戦相手のAlexander Zverevは、一瞬、何が起きたのか分からなかったようだった。そのままSheltonに向いて次のプレーに入ろうとする素振りさえ見せ、ベンチのコーチ陣に指摘されてようやく自分が優勝したことを自覚したようだ。
9月13日(現地時間)にニューヨークで行われた全米オープン男子シングルス決勝戦での一幕に、SNSでは「史上最も不器用な勝利の瞬間」として、ミーム化されてすぐさまネットに流れた。世間はそこに劇的さの欠如を見て笑ったが、私はむしろ逆のものを見た。数秒の間があって、ようやく両腕が天に突き上がる。あの空白にこそこの日のすべてが詰まっていたように思う。
表彰式で壇上に呼ばれた彼に、司会者はこう告げた。
「サーシャ(Alexander Zverevの愛称)、この瞬間、そしてこのマイクを手にするまで、少し長い時間がかかりましたね。さあ、あなたのものです」
この一言が、実はこの日のスピーチ全体の主題を先取りしていた。勝った本人が一番遅れてそれを実感し、外側から見ている者のほうが先にその重みを知る。この時間差こそが、今回のケースを興味深くしている。
人は本当に大きな到達点に立ったとき、むしろ実感が追いつかず、言葉を失うのだ。Zverevのスピーチは実際、「感謝したい、じゃなくて……」「ごめんなさい、もううまく喋れません」と、何度も言葉に詰まりながら進んでいく。整った演説ではなく、その場でようやく言葉を探しているような不完全さこそが、このスピーチを特別なものにしていた。
Zverevにとって、これは単なる勝利ではなかった。2020年の全米オープン決勝では2セット先取からDominic Thiemに逆転負けを喫し、2024年の全仏ではCarlos Alcarazに、2025年の全豪ではJannik Sinnerに、それぞれ決勝の舞台で敗れている。



