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掃除機からネット上の広告まで、人間の痒いところに手を伸ばすように、 いまや生活に人工知能があふれている。 この学習する機械は、いずれ多くの職業を奪うだろう。 そんな危機感の中、新たな未来社会を紡ぎ出そうとするのが、新井紀子教授だ。

 優しさにあふれた未来社会を創る数学者― 。そんなキャッチフレーズは意外に思われるかもしれない。国立情報学研究所の新井紀子教授といえば、メディアで紹介されるときは、「東ロボくん」と相場が決まっ ているからだ。

「東ロボくん」とは2011年に始まった「ロボットは東大に入れるか」というプロジェクトに登場するロボットだ。人工知能の可能性を追求するこの開発計画を指揮するのが新井である。(中略)「重要なのは人工知能が東大に入るか否かではないし、東大に入るような人工知能を創ることでもない」
彼女は基本的に機械が嫌いだ。スマホは持たず、自宅には電子レンジすらない。(中略)テクノロジー音痴のような生活を送る彼女を突き動かしているのはテクノロジーの進化がどこまで進み、それが人間社会をどのように変えるかを、誰よりも正確に見極めたい、という渇望だ。「人工知能の研究者に聞いても7割が『人工知能は東大入試を突破できる』と言います。でも、どうやって?と聞くと論理的に答えられない。それを明らかにしないまま、人工知能のバブルが膨らむのは危険です。私はこのプロジェクトを通じて、人工知能は何が得意で、何が不得手かを見極めたい。それは、近い将来、どんな仕事が機械に取って代わられ、どんな仕事が人間に残されるかを知ることにつながるのです」(中略)

 理詰めで未来を見据えるリアリスト。その新井が数学者というのは得心がいく。だが、意外にも、新井は小学校の計算問題でつまずき、高校までずっと大の数学嫌いだった。実家から自転車で通えるからと選んだ一橋大学では法学部に進学。これで数学におさらばできると、入試直後、数学の教科書・参考書をまとめて庭で燃やした。

ところが、入学すると必修科目に「解析」があった。

 うんざりした気分で出た授業で、新井の世界は大転換する。松坂和夫教授(故人)が披露したのは、解に至るまでの道筋を数字と記号を駆使して過不足なく正 確に表す技術だった。「数学って理屈だったんだ」。 小さいころから理屈で考えるのが好きだった本性に火 がついた。 米イリノイ大学に留学し、数学で修士号を取得。帰国後、数学者の夫との間に娘をもうけ、一橋大も卒業し、キッチンで論文を書きながら東京工業大学で 博士号を取った。2001年から、国立情報学研究所 で数理論理学の研究を続けている。現実を直視し、人間が幸福に生きていくためにはどんな準備が必要かを考えるとき、新井が最も重視するのが教育だ。子どもたちがいくら計算の精度を上げ、知識の量を増しても、コンピューターとは勝負にならない。一方で、状況や文脈を理解する能力、事象の意味を考え言葉で説明する能力を伸ばすことは、将来、仕事にあぶれる人を減らすことにつながると、新井は考えている。彼女自身、中学や高校を毎月のように訪れ、授業を実践している。頭にアンテナのようなものをつけて登場し、「私、別の星から来たんだけど、かけ算って何なのか教えて」などと問いかける。

 否応なく訪れる、人工知能が発達した社会。そこで大事なのは、人々が何度でも安心してスキルアップに挑戦できるようなセーフティーネットの充実だと、新井は話す。
「将来も人間が明るく生きていくためには、やさしくて希望のもてる社会をつくることが欠かせません」

 ロボットには発することのできない言葉だろう。

田村栄治

 

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