しょうゆ醸造のまちとして発展した千葉県野田市。古い醸造蔵などの建造物が点在するこの場所に、キッコーマンは今も野田本社を置く。
キッコーマンは、江戸時代から続く醸造家8家が集まって1917年に設立された。同社を率いる中野祥三郎は、創業家一族の中野家出身。「生まれたのは野田市駅の近くで、ここから歩いて10分」。ホームグラウンドであるせいか、野田本社で取材に応じてくれた中野は終始、柔和な表情だった。
もっとも、リラックスして見えたのは今年前半の環境変化を乗り越えたからかもしれない。米・イスラエルがイランを攻撃したのは2月末。ホルムズ海峡の封鎖で原油やナフサの供給が不安定化。プラスチック容器などの資材を使うメーカーにとって、決して対岸の火事ではなかった。
「購買部門がすぐに動いてくれました。今回は政府や仕入れ先の対応も早くて情報共有できた。とはいえ、資材メーカーも先が読めるわけではありません。『来月分はOK』の繰り返しで夏までやってきて、ようやく一息ついたところ。当初想定していたより円滑に生産できていると思います」
資材は確保できたものの、コスト環境は厳しさを増す。物流費や人件費、原材料費の上昇が続き、自社努力では吸収しきれなくなった。9月からは価格改定も実施した。取材時は価格改定に向けて営業が説明に回っているところだったが、今のところ混乱は少ないという。
「コロナ禍で十数年ぶりに価格改定したときは、経験がない社員が多かったので難航しました。今回はその経験が生きている。コロナ禍を経験していない若手は苦労するかもしれませんが、直接話すとみんな前向きに取り組んでくれています」
想定外の事態をうまく乗り越えつつあるが、経営者・中野にとって大きな環境変化はこれが初めてではない。2019年に事業会社のキッコーマン食品のトップに就任して以降、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻、トランプ関税など、緊急事態に次々に直面してきた。
危機に際してリーダーとして大事にしていることは何か。そう問うと、「一番はお客様の信用を失わないこと」と返ってきた。
「具体的には、品質のいい商品を安定的に供給し続けること。利益が出ないと事業が継続できないので価格改定などの対応も必要ですが、安定的な供給があってこそです」
戦争や震災など歴史の荒波を何度も乗り越えて、サステナブルに事業を続けてきた創業家一族の中野の言葉には説得力がある。



