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2026.09.30 08:54

AI開発を「人々」と政府に委ねていたら、AIは存在しなかっただろう

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エヌビディアの株価は、2020年10月以来1,681%上昇している。この時期が注目に値するのは、司法省がグーグルに対し、オンライン検索と検索広告における「独占」の疑いで提訴したのも、まさに2020年10月だったからだ。

上記2つの逸話を、最近の『ニューヨーク・タイムズ』の社説と照らして考えてみることは有益だ。同社説は「AIがどのようなものになるかを決定づけるのは、政府を含めた私たち全員にかかっている」と主張している。いや、それではうまくいかない。まずは「私たち全員」から始めよう。

「私たち全員」が何かを決定づけることの問題は、私たちの99.99999%がこの先何が起こるかについて微塵もわかっていないと言っても、誰の尊厳も傷つけないということだ。繰り返しになるが、これは「私たち」を揶揄しているのではなく、進歩とは私たちが望むものによって定義されるのではなく、0.000001%の人々が、私たち全員が何を望んでいるかを発見することによって定義されるのだという指摘にすぎない。

フョードル・ドストエフスキーの『罪と罰』というプリズムを通して考えると、非凡な人々(すなわち0.00001%の人々)は「その環境において『新しい言葉』を語る資質や才能を持っている」。ドストエフスキーが19世紀に書いたことは、21世紀においても同様に極めて重要だ。進歩のスピードを考えれば、おそらく現在のほうがより重要だと言える。

生活、生活水準、そして商業的な進歩がかつてない速さで前進する一方で、このはるかに優れた未来を形作っている人々の数は、全人口に対して極めて微小なままだ。このことは、タイムズ紙の社説委員会の議論における明らかな欠陥を示している。さらには、導入不可能な「AI開発の一時停止」なるものの後に、政府がAIのあり方に役割を果たすべきだという、同委員会の主張の欠陥をも浮き彫りにしている。そのような一時停止は、現状では何の価値も持たないだろう。

話を人々に戻すと、彼らは市場である。しかし彼らは2020年の時点で、今日の人類の存在をますます決定づけるようになっているAIそのものを求めてなどいなかった。未来を見通すことができればよかったと悔やむあまりにも多くの人々を落胆させるエヌビディアの株価リターンが示すように、「私たち全員」は、自分たちが求めてもいなかったAIの未来を思い描くことすらできなかったのだ。今日、より広範な方法でこれらのAIに深く依存している企業や政府機関についても同じことが言える。

政府に関しては、グーグルやBing、ダックダックゴーなどが、司法省の反トラスト(独占禁止)当局と「私たち全員」のために、2020年当時のサービスを再現して見せられたら、どれほど有益だろうか。そうすれば、2020年10月以降、オンライン検索がいかに劇的に変化したかがわかるはずだ。そしてそれは、当時も今もグーグルが検索を独占しているという概念そのものを根底から覆すような変化なのだ。

2020年と比較して2026年のテクノロジー生活がどのようになるかについて「私たち全員」が無知であったにもかかわらず、また司法省のグーグル提訴が示すように、政府の役人たちも同様に、何が待ち受けているかについてまったく見えていなかったにもかかわらず、タイムズ紙の社説委員会は、AIの現在と未来に関する政府の決まり文句とともに、「私たちはみな一蓮托生だ」という思想への執着を捨てきれずにいる。私たち全員が、そこから脱却できることを願うばかりだ。

繰り返しになるが、私たちが主に既知のことに縛られていると言ったところで、誰の尊厳も傷つけない。同様に、既知のことに縛られているにもかかわらず、未来を決定づけようと思い上がっている政府の傲慢さは、大いに批判されてしかるべきだ。重要なのは、過去ばかりに目を向けた愚かで根拠のない訴訟からも明らかなように、自ら決して創り出すことのできなかった未来を形作ろうとする政府の介入に対し、私たち全員が断固として反対することだ。

(forbes.com 原文)

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