17歳のとき、私は学校の研修旅行でフランスに1カ月滞在した。その最終日、母が私の誕生日を一緒に祝うために現地へ飛んできてくれた。旅が終わると、私は母と連絡を取るために彼女のホテルに電話をかけた。しかし、応答がない。最終的にホテルまで歩いて行った。母は部屋にいたが、電話には出ていなかったのだ。
その週の後半には、旅行で一緒だった友人2人が私の誕生日の夕食に参加する予定だった。だが彼女たちから電話はなく、私は忘れたのか、来ないことにしたのだろうと思い込んだ。
理由は驚くほど単純だった。母が数日前に到着した際、誤ってホテルの電話の受話器を外したままにしていたのだ。友人たちは何度も電話をかけてくれていたが、通話は一度もつながらなかった。私は自分に向けられたものだと思い込んだ。だが、そうではなかった。それはシステムの問題だった。
30年以上たった今も、私は同じ過ちを犯している自分に気づくことがある。リーダーとして私たちは、締め切りに間に合わなかった、プロジェクトが停滞した、顧客が不満を抱いたといった結果を、すぐに説明づけようとしがちだ。彼らは気にかけていなかった、努力していなかった、もっと分かっているべきだった、と本能的に物語を作ってしまう。
そうした物語が正しい場合もある。だが最初に思いつく説明が、最良の説明であることはめったにない。あの誕生日の出来事は、私がこの30年間、何度も学び直してきたことを教えてくれた。ビジョンは方向を示す。だが、そこに到達できるかどうかを決めるのはシステムである。
最初の説明を疑う
フランスでの例が示すように、私たちの脳は不確実性を嫌う。情報が欠けていると、私たちは自然と仮定で空白を埋める。問題は、その仮定が現実よりも、しばしば私たち自身の見方を映し出していることだ。
物事が計画通りに進まないときは、確信を好奇心に置き換えてみよう。「私はどんな情報を見落としているのか。どんな仮定を置いたのか。別の説明はあり得るのか」。こうした問いを投げかけて初めて、システムの問題と責任の問題を切り分けることができる。
ビジョンで人を鼓舞し、システムで成功を支える
現在の役割において、私はカナダの海洋経済の未来について考えることに多くの時間を費やしている。組織が成長する中で、ある同僚が口にした指摘が今も心に残っている。私がビジョンについて考えることにあまりにも多くの時間を使っているため、人々にはコンピューターの電源の入れ方も知る必要があることを、ときに忘れているというのだ。
それより数年前、香港でチームを率いていたときにも、私は同様の教訓を学んだ。私は自分が望む成果を説明することに多くの時間を費やし、それによって人々に柔軟性を与えていると信じ込んでいた。だが実際には、不確実性を生み出していることが多かった。そのチームから、私にとって「裁量権の付与」と感じられることが、他者にとっては「曖昧さ」に感じられる場合があることを教わった。彼らに能力がなかったのではない。私が彼らに成功するための適切なツールを提供していなかったのだ。
ビジョンは重要である。だが明確な期待、実践的な研修、優れたツール、そして質問してよいという安心感がなければ、人々はそれを実現できない。
成果は標準化し、学びは個別化する
組織が成長するにつれ、一貫性はますます重要になる。プロセスはリスクの低減に役立つ。基準は品質の向上に役立つ。共有された期待は、人々が効果的に協働することを可能にする。
かつて多くの組織は、効率を重視して標準化するか、人によって学び方が異なることを踏まえて個別化するかというトレードオフに直面していた。AIはこのトレードオフを変え始めている。リーダーは、書面による指示、短い動画、シミュレーション、コーチング、リアルタイムで質問に答えるツールなどを通じて、人々が基準を満たすためのスキルを身につける方法を個別化しながら、一貫した基準を維持する手段を得つつある。
しかし、かつて若手プロフェッショナルが実践を通じて学ぶ助けとなっていた仕事をAIが自動化するにつれ、リーダーである私たちは、判断力、自信、能力を育てる新たな方法を作り出す必要がある。
人間のためにシステムを設計する
企業を築くにせよ、産業を強化するにせよ、経済を成長させるにせよ、持続的な成功が並外れた個人だけに依存することはめったにない。私の経験では、それはむしろ、その周囲に意図的に設計されたシステムに大きく依存している。
ほとんどの従業員、顧客、パートナーは、よく設計されたシステムの中で効果的に働く。私たちが気づかずに置いていた前提を明らかにするのは、たいてい例外的なケースだ。これはデザイン思考から得られる有益な教訓である。周縁にいる人々、つまり新入社員、異なるニーズを持つ顧客、経験の浅い人、指示を異なる形で解釈する人を理解することで、他の誰もが工夫して回避することを学んできた弱点が明らかになる。
ただし、ここには落とし穴がある。あらゆる状況に対応しようとすれば、システムはますます複雑になる。新たな方針、新たな承認、新たな例外、新たな指示書のページが増えていく。システムが複雑になりすぎると、人々はより従順になるのではない。近道、仮定、回避策にますます依存するようになる。皮肉なことに、リスクを減らすために導入した統制が、それ自体で新たなリスクを生むことがある。
答えは、方針を増やすことではない。より良いシステム設計である。人々に多くを覚えることを求めるのではなく、システムが人々にとって正しい判断を下しやすくしているかを確認しよう。
私はイノベーションにも同じ原則を見ている。私たちはしばしば、優れた起業家、画期的な技術、高い成果を上げる組織をたたえる。そうした成功は重要だ。だが私の見方では、持続的な経済成長は、アイデアが研究から商業化へ進み、投資を呼び込み、顧客に届き、規模を拡大するのを助けるシステムから生まれる。個人の成功は人を鼓舞するが、システムは成功を再現可能にする。
より良い意思決定を容易にするシステムを設計する
リーダーシップとは、より良い意思決定を下すことだけではない。より良い意思決定を容易にするシステムを設計することでもある。何かがうまくいかなかったとき、人に目を向ける前に、次の4つの問いを投げかけるべきだ。
1. 「私はどんな仮定を置いたのか」
2. 「どんな情報が欠けていたのか」
3. 「システムのどの部分が意図した通りに機能していなかったのか」
4. 「次の人が成功できるように、何を再設計できるのか」
答えが責任の所在にある場合もある。個人が単に誤った判断を下した場合もある。だが、当初私たちが想定するよりも多くの場合、その人を取り巻く環境にも、私たちが目を向けるべき何かがある。
要するに、リーダーシップは今日下す意思決定だけでなく、後に続く人々のために私たちが残すシステムによっても測られるのである。



