経済学者のジョン・リストは、そのキャリアの一部を、特にリーダーを目指す人々にとっては矛盾した表現に聞こえる研究に費やしてきた。
それは、「最適な退職」だ。
この概念は、その名称が示す通り、シンプルでありながら刺激的だ。仕事を含め、私たちが取り組むことの多くには「賞味期限」が存在し、それを過ぎてとどまり続けることは、去る以上の代償を伴い得る。
リストの主張は、経済学の最も古い概念の一つである「機会費用」に基づいている。ある一つのことに費やす1年は、別のことに費やすことができない1年でもある。しかし、私たちは去ることによって失うかもしれないものを、去ることで得られるかもしれないものよりも、はるかに慎重に見積もりがちだ。
キャリアを移行する最適なタイミングとは何かという話に進む前に、時にはコインの裏表のほうが、私たち自身よりも進むべき道をよく知っていることを示唆する、興味深い研究を紹介しよう。
「辞めた人」のほうが幸せになる
シカゴ大学の経済学者であり、ベストセラー『ヤバい経済学(原題:Freakonomics)』の共著者でもあるスティーヴン・レヴィットは、多くのキャリアカウンセラーやリーダーシップのメンターを困惑させるような結果を示す研究を行った。
レヴィットの実験には、困難な決断に直面している2万人以上の人々が参加した。その悩みは、人間関係の解消から仕事の退職まで多岐にわたり、参加者たちはある一風変わった条件に同意した。どうしても決断できない場合、仮想のコイントスによって、現状を変更するか、それとも維持するかを決定するというものだ。
これは、キャリアを左右するような決断はおろか、通常の意思決定に関して私たちが教えられてきたほぼすべての常識に反する。しかし、レヴィットが数カ月後に参加者を追跡調査したところ、コインによって大きな変化を起こすよう指示された人々のほうが、実際に人生を変える傾向が高く、6カ月後には現状維持を指示された人々よりも幸福度が高かった。
この結果は、退職届をコインに委ねるべきだという意味ではない。より重要な示唆は、大きな変化を起こすか、それとも現状にとどまるかで本気で悩んでいるとき、私たちは構造的に慎重になりすぎている可能性があるということだ。
引き金はそこにあるのに、私たちはそれを引こうとしない。一方の天秤には、社会的地位や安定、そして肩書を手に入れるために投資してきた歳月が重くのしかかる。もう一方の天秤にある、去った後に何が起こるかという可能性は、あくまで仮定のままだ。だから私たちは引き延ばす。ショックが和らいだ後に、仕事を失うことが時に「恵み」のように感じられる理由もここにあるかもしれない。誰か他の人が自分に代わって決断してくれたからだ。
しかし、コイントスは、多くの人が意思決定の際に考えもしない、もう一つの可能性を覆い隠している。
十分に遠くへ、十分な頻度で移動すること自体が、あるキャリアを他のキャリアとは異なる形で発展させる要素なのかもしれない。
ゼネラリストの「配当」
ほとんどのキャリアや業界に共通する要素が一つあるとすれば、それは「専門特化」だ。
私たちは、より限定的な肩書や、ますますニッチな専門知識へと導くはしごを登ることに人生を費やす。そして、狭い領域について誰よりも深く知る人物になる権利を得るために、懸命に戦う。
そうすることへの見返りは非常に大きい。しかし、専門特化は、私たちや組織からある貴重なもの、すなわち「ゼネラリストの配当」を奪うことにもなりかねない。
社会学者のロナルド・バートは、分断されたグループ間の隙間を「構造的隙間(ストラクチュラル・ホール)」と呼んだ。その隙間の架け橋となる人々は、個別のグループ内に閉じ込められたアイデアや情報にアクセスできるようになる。マネージャーを対象としたバートの研究において、こうした橋渡し役(ブローカー)は、優れたアイデア、好意的な業績評価、昇進、そしてより高い報酬と明確に結びついていた。
職を移ることは、時間を経て同様の効果を生み出す。ある世界の断片を、別の世界へと持ち込むことができるのだ。
経済学者のロバート・トーペルとマイケル・ウォードによる古典的な縦断的研究では、キャリアの最初の10年間における賃金上昇の少なくとも3分の1が、転職によるものであることが明らかになった。流動性は、不安定さを意味するのではなく、労働者が最終的により安定し、生産性の高いマッチングを見つけるための重要なプロセスだったのだ。
この視点から見ると、キャリアは動物が餌を探す際に向き合う問題に似てくる。一つの場所に留まれば、そこに存在するとわかっているものをより多く手に入れられる。そこを去ることは時間を要し、リスクを伴うが、より豊かな場所を見つけるチャンスも得られる。
生態学者のエリック・チャーノフは、約50年前にこの概念を「限界値定理」として定式化した。動物は、より広い環境が提供するものに比べて獲得率が十分に低下したならば、その場所にまだ食べ物が残っていても、そこを去るべきであるというものだ。
ここでようやくリストの話に戻り、皆さんに真剣に考えてほしい彼の問題提起にたどり着く。
今こそ、辞め時なのか?
リストは、私たちが慢性的に「機会費用」を軽視していると主張する。経済学者らしい表現だが、要するに私たちは、足元の芝生のことばかりを考え、自分が立つかもしれない別の芝生について考える時間が少なすぎるということだ。
最初のコストは明白だ。とどまり続けることは、現状維持によって守られると考えていたキャリアの成長や勢いを、最終的に損なう可能性がある。
キャリアの流動性に関する研究では、特にキャリアの初期における自発的な移動が、有意義なリターンをもたらすことが繰り返し確認されている。トーペルとウォードは、初期キャリアにおける賃金上昇の大部分が転職によるものであることを明らかにした。近年の労働市場の動向でも、転職によるプレミアムの規模こそ経済状況によって変動するものの、同様のメカニズムが機能していることが示されている。
また、雇用主自身が外部での経験を高く評価していることを示す証拠もある。ウォートン・スクールのマシュー・ビドウェル教授は、外部から採用された人材は、同等の役割に内部昇進した労働者よりも大幅に高い給与を受け取っていることを発見した。ただし、彼らは当初のパフォーマンスが劣り、離職する確率も高かった。
これが2つ目のポイントを反映している。流動性は企業や業界にとっても有益になり得るのだ。
ある組織から別の組織へと人が移動することは、知識が伝播する経路の一つである。彼らは異なる前提、ネットワーク、仕事の手順、解決策を携えてやってきて、バートが特定した構造的隙間の一部を埋める。一人の雇用主の視点からは離職に見えるものが、エコシステム全体の視点からは知識の移転に見えるのだ。
もちろん、これらはすべて、仕事の万能な賞味期限を示すものではない。ある役割が、何年にもわたって新たな学びや責任、人間関係、機会を生み出し続けることもある。また、有益な移動のすべてが上方向を向いているわけではない。最終的にキャリアを最も遠くまで運んでくれる移動が、横スライドであったり、新たな材料を集めるために一時的に下方向への移動であったりすることもある。
実践的な教訓は、さらにシンプルだ。
タイマーを始動させよう。
定期的に、現在の仕事が他では得られない何を今も自分に与えてくれているかを自問し、それと留まることによって見つけるのを阻まれているものを比較してみるのだ。素晴らしい仕事が耐え難いものになるまで、辞める許可を自分に出すのを待つ必要はない。
立ち去るのに最適なタイミングは、低木にまだ実が残っているうちかもしれない。



