リーダーシップ

2026.09.25 21:11

リーダーシップの本質とは。「率いる・従う・退く」を見極める力

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リーダーシップの問題が、それを引き起こした本人だけに留まることはめったにない。それは組織全体に波及し、責任の所在、モラル、パフォーマンス、そして最も引き留めておきたい優秀な人材にまで影響を及ぼす傾向がある。

筆者は、こうした問題がいくつかの異なる形で現れるのを目にしてきた。

不在のリーダー

かつて、カリフォルニア州のある企業のCEOが毎週のように「ボードミーティング(役員会)」を行うのを目の当たりにした。だが彼が言っていたのは、ビーチでサーフボード(board)と共にする朝の時間のことであった。彼がこのボードミーティングを予定に入れる回数が増えるにつれ、オフィス内のモラルは変化していったが、それは決して良い方向への変化ではなかった。

従業員は、オーナーやマネージャー、経営幹部(C-suite)にリーダーシップを求めている。そうしたリーダーたちの出勤回数が減ったり、事業への関心が薄れているように見えたりすると、スタッフはそれに気づく。やがて彼らの態度は「リーダーが仕事に来ないのに、なぜ自分が来なければならないのか」というものに変わりかねない。

リーダーとして、あなたの行動は手本となる。関与していないように見えるなら、その姿勢が他の場所にも現れ始めても不思議ではない。

すべてが順調に進んでいるとき、つい「不在のルーティン」に陥りやすくなるのは事実だ。しかし、部下に権限を与えて仕事を任せることと、リーダーシップの場から姿を消すことの間には明確な違いがある。責任者であることに伴う「自由」が、それに付随する「責任」を覆い隠し始めるとき、リーダーシップにズレが生じかねない。

ここで重要になるのが「奉仕」の精神だ。リーダーという地位には、率いている人々や組織に対する責任が伴う。奉仕とは、何でも自分でこなすという意味ではない。自分のリーダーシップがいつ必要とされているかを察知できる程度に、関与し続けることを意味する。

考えてみてほしい。マイクロマネジメントをすることなく、何が起きているかを把握できるだけのつながりを維持するにはどうすればよいだろうか。

アカウンタビリティが崩壊するとき

次のようなシナリオを考えてみよう。あるマネージャーの下に、指示に従いたがらないチームメンバーがいる。その従業員は、自分の方が知識がある、スキルが高い、あるいは勤続年数が長いと思い込んでいるのかもしれない。マネージャーは問題に対処する代わりに、その仕事を自分で処理することにする。

最終的に、双方がお互いの不満を上層部に訴えることになる。どちらのアプローチも、根本的な問題を解決することにはならない。

マネージャーは問題を回避するのではなく、その状況に正面から向き合う必要がある。しかし、経営陣にも責任がある。チームメンバーがリーダーの権限を無視するのを容認しながら、そのリーダーにチームを率いる責任を問うことはできない。

ここで重要になるのが「パーソナル・ポリシー(個人の行動指針)」だ。これは他人をコントロールするためのものではない。自分が許容できること、許容できないこと、そして一線を越えられたときにどう行動するかを明確にすることだ。リーダーにとってそれは、明確な期待値を示し、アカウンタビリティ(説明責任)を確立し、最後までやり遂げることを意味する。

1人のチームメンバーが、チームを率いる責任者を一貫して無視し続けているとき、他の全員がその様子を見ている。リーダーシップが何を許容するかが、そのまま組織の文化となる。端的に言えば、リーダーが役割を果たすためには、スキル、サポート、そして権限が必要なのだ。

このような状況に対処するために必要なものを、チームリーダーに確実に与えているか確認してほしい。

リーダーの座にありながら、率いていないとき

もう一つのシナリオを紹介しよう。高い能力を持ち、主体的に動くチームメンバーがいるが、そのリーダーは不定期にしか姿を見せない。そしてそのリーダーは、たまに現れたかと思えば、間違った情報を提供し、重要な話し合いからそのメンバーを排除し、陰で黙々とフォローしてくれているその本人の努力を認めようとしない。

さらに上の経営陣は何が起きているかを認識しているかもしれないが、それを是正する権限が不足している。彼らは状況を把握しており、その従業員を評価している。しかし、手を出せない状態にある。

組織は時に、人員数を維持することばかりに気を取られ、そのポジションについている人物が実際に責任を果たしているかどうかに目がいかなくなる。しかし、名ばかりの人物がその席にいることは、誰もいないことよりも本当に望ましいのだろうか。

機能していないリーダーをそのまま放置することには代償が伴う。リーダーという肩書を手にしたからといって、優れたリーダーへの成長が終わるわけではない。個人の成長には、フィードバックを素直に受け入れ、自らを変える意志を持ち続けることが求められる。

組織における地位が上がれば上がるほど、間違いを指摘してくれる人は少なくなっていく。だからこそ、自分のパフォーマンスを客観的かつ誠実に見つめ直す能力が、いっそう重要になるのだ。

リスクの一つは、2人分の仕事をこなすことで疲れ果てた優秀な従業員を失うことだ。その従業員が退職してしまえば、組織は知識や主体性だけでなく、必要とされるリーダーシップの資質をすでに発揮していた人材をも失うことになる。

孤立して機能するリーダーは存在しない。だからこそ「コミュニティ(共同体)」が重要なのだ。1人の人間の率い方は、周囲の人々に影響を与え、やがて組織全体に及ぶ。そのため、その他の対策に加えて、誰かが実際に効果的なリーダーシップを発揮しているかを評価するためのパフォーマンス・レビュー(人事考課)を行うことが重要となる。

リーダーシップは自分自身から始まる

これらの考え方は、筆者が教えているセルフリーダーシップという、より大きなフレームワークの一部である。筆者はこれらを、コミュニティ、パーソナル・ポリシー、オーセンティシティ(自分らしさ)、個人の成長、信頼と直感、そしてサービス(奉仕)という「クラウン・クオリティ(王冠を成す資質)」と呼んでいる。それぞれが独立したものでありながら、合わさることで、私たちが自分自身をどう導き、最終的に他者をどう率いるかを形成する。

セルフリーダーシップを実践するには、まず自分自身の行動を見つめ直す必要がある。あなたは仕事に向き合っているだろうか。責任を果たしているだろうか。必要な対話を行っているだろうか。自分自身が示していない背中を、他人に求めてはいないだろうか。

もしあなたがリーダーであるなら、率いることだ。人々に方向性と明確さを示し、問題を回避するのではなく対処せよ。他の誰かがリーダーシップを執る立場にあるのなら、その人が役目を果たせるようサポートすることだ。そして、もしあなたがリーダーの立場にありながら、その責任を果たす意志や能力がないのであれば、いつ身を引くべきかを見極めなければならない。

適していない人物をリーダーの座にとどめておくことは、無害ではない。それは周囲の人々、文化、そして最終的にはビジネスそのものに悪影響を及ぼす。

リーダーシップとは、肩書を持つことではない。率いるべきとき、従うべきとき、そして身を引くべきときを知ることなのだ。

(forbes.com 原文)

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