2026年6月、運動ニューロン疾患で発話が困難になった女性が手術を受けた。女性は、2015年設立のニューロテクノロジー企業パラドロミクス(Paradromics)が開発したコネクサスBCIを使う世界初の人となった。BCI(ブレイン・コンピューター・インターフェース)は脳の信号を読み取り、発話やコンピューター操作などの出力につなげる技術だ。
2026年9月、この女性は埋め込まれたコネクサスBCIそのものを使い、考えを言葉にした。「はい、話したいことがたくさんあります」。ミシガン州在住の60代であるこの治験参加者は、BCIの治験参加を考える人に「怖がらないでください。研究への参加を通じて他の人を助けられるのは、すばらしい経験です」とも呼びかけた。
発話を脳信号から解読する実演は近年、全米の注目を集めてきた。パラドロミクスの取り組みが異なるのは、研究専用システムではなく、商用化を見据えた製品でリアルタイム通信を実現した点だ。その違いは規制対応にも表れている。米食品医薬品局(FDA)が治験でコネクサスBCIの利用範囲拡大を承認したことで、この参加者と今後のコネクサスBCI利用者は、自宅でBCIを使って自分の機器を操作できるようになる。
パラドロミクスのBCIは臨床試験から日常利用へ進む
パラドロミクスが2025年9月以降の12カ月で遂げた進歩は目覚ましい。同時に、こうした進展はBCI業界全体でも珍しいものではなくなり、業界が商用化準備へ移る大きな流れを示している。
パラドロミクスは2025年11月、421個の微小電極からなる電極アレイを長期間使った場合の安全性、信頼性、性能を調べるため、FDAから治験用医療機器の例外承認(IDE)を取得した。2026年3月には、研究機関と連携してBCIの応用分野を広げるプログラムを始めた。対象は運動障害、発話障害や運動機能の低下、まひ、感覚喪失、高度な機器操作、発話機能の回復などである。
2026年6月には初の装置埋め込みを実施し、正式に臨床段階へ入った。7月にはウィリアム・マークス・ジュニアを初代最高臨床責任者に任命した。FDAがコネクサスBCIの利用範囲を広げたことが、患者コミュニティー、パラドロミクス、BCI業界全体に何を意味するのかについて、マークスに話を聞いた。
FDA承認で利用者自身の端末を使える範囲が広がった
マークスによると、今回の承認拡大は、BCIをインターネット接続機器と連携させ、特にコミュニケーションが難しい利用者の日常生活で役立てることを目的としている。「利用者のノートパソコンとソフトウェアを、医療機器システム内に閉じ込める制約から切り離せるよう要請しました」とマークスは説明する。「BCIには研究用途で長い実績があります。しかし私たちは、利用者を研究機器の制約から解放し、日常のニーズに本当に役立つものにしたいのです」。
Conveyが脳信号の解読結果を日常の端末へつなぐ
利用者の端末との橋渡しをするのが、Convey(コンベイ)と呼ばれる独自ソフトウェアだ。「コンベイは、神経信号の解読処理と、利用者が実際に使う出力先をつなぐインターフェースです」とマークスは語る。「厳しく制限された医療機器の中だけで使うのではなく、利用者自身のノートパソコン、スマートフォン、タブレットで日常的に使えるようにします」。
マークスは、一定の仕様や基準を満たす機器を選ぶため、試験と事前適格性評価を行う手順についても説明した。「今回の承認の利点は、患者がAndroidスマートフォンを使いたいと言うたびに、FDAへ戻って個別に確認を求める必要がないことです」。
今回の承認では、BCIが処理した信号の出力先から埋め込み装置へ影響が及ばないことが確保されている。「埋め込み型神経刺激装置の設定を変更するのとは違います」とマークスは言う。「体内のシステムには手を加えません。装置からデータを取り出し、人にとってより役立つ形で使うのです」。
車いすや仕事用機器にもBCIを使える
BCIで操作できる機器が増えれば、自宅で使える端末の選択肢が広がるだけではない。車いすに取り付けた機器を通じた移動、仕事で使う機器との連携、介護者とのコミュニケーションにも応用できる。
BCI業界では、複数の疾患や用途へ展開できる技術を「プラットフォーム」と呼ぶことが多い。今回の承認で可能になる仕組みは、利用者を中心に据え、特定の端末に依存せずに使える技術という点で、クラウド型メール、複数機器で利用できるOS、複数の機器を1台で操作できる共通リモコンに近い。



