リーダーシップ

2026.09.25 08:19

AI予算を4カ月で使い果たしたUber、問われる「本当に必要なAI」

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10カ月前、Uberは組織全体で大規模なAI推進を開始した。数千人のエンジニアがClaude Code(クロード・コード)やCursor(カーソル)などのAIコード生成ツールへのアクセス権を得て、経営陣はこれらのテクノロジーを積極的に活用することを推奨した。その目的は、AIを単に個人が趣味的にいじるものではなく、ソフトウェアの実際の構築プロセスの一部に組み込むことだった。

それは功を奏した。数カ月のうちに、AIツールはUberの日常業務に素早く溶け込んでいった。エンジニアたちはエージェントを使用してコードを書き、テストし、バグを修正した。そのコードの一部は、乗客とドライバーをマッチングし、料金を決定するUberのシステムに直接組み込まれていった。ツールが進化すればするほど、より多くの人々がそれを使用するようになった。ある時期には、誰が最もAIを使用しているかを示す社内リーダーボード(順位表)まで設置されていた。

しかしその後、請求書が届き始めた。

4月までに、同社は2026年分のAI予算をすべて使い果たしてしまった。UberのCTOであるプラヴィーン・ネッパッリ・ナガは、米メディア『The Information』に対し「計画を白紙に戻すことになった」と語った。UberはAIの導入を加速させるために何カ月も費やし、自社の財務上の想定をはるかに超える成功を収めた。しかし今や、その成功のうち、どれほどのコストを自社で賄えるのかを見極めなければならなくなった。

トークンのレジェンドたち

Uberの経験は、米国企業全体で起きていることの極端な事例にすぎない。ここ数年、経営者はAIへの対応を急ぐよう大きな圧力を受けてきた。取締役会は経営陣に対し、進化するテクノロジーに全力で取り組むよう迫っている。CEOは競合他社に先を越されることを懸念している。従業員は、新しく登場するあらゆるツールを試すよう推奨される。そうしたプロセスのどこかで、AI予算の消費量そのものが、その企業が高度化している証拠のように見なされ始めたのだ。

Meta(メタ)はその衝動を社内スポーツへと昇華させた。今年初め、同社の従業員が8万5000人以上のAI使用量をランク付けする「Claudeonomics(クロードノミクス)」と呼ばれるダッシュボードを作成した。従業員は消費したトークン数(AIが処理するテキストの基本単位)に応じてバッジを獲得でき、ヘビーユーザーたちは「セッション・イモータル(セッションの不死者)」、「キャッシュ・ウィザード(キャッシュの魔術師)」、そして最高峰の「トークン・レジェンド(トークンの伝説)」といった称号を競い合った。30日間の計測期間中、このダッシュボードには60兆トークンを超えるAI使用量が記録された。

これには一定の論理があった。大企業の内部にいる大半の人々は、AIに何ができるのかをまだ模索している段階だった。リーダーたちは彼らに主体的に関わらせ、ツールへの習熟度を高めてほしいと考えていた。トークン数の増加は、たとえ誰も実際の成果を示せなかったとしても、行動が変化していることを示す目に見える証拠となったのだ。

しかし、それから数カ月が経った今、議論の流れは変わりつつあるようだ。財務チームはAI関連の支出をより厳しく監視するようになった。経営陣は高価なツールの使用制限を提案し、より単純なタスクを安価なモデルへと移行させている。過去2年間、人々にAIの利用拡大を促してきたまさにその組織が、今や「本当にどれだけのAIが必要なのか」と問い始めている。大いなるAI導入競争が、ついに財務部門の精査の対象となったのだ。

宴の終わり

問題の一因は、インセンティブのあり方にあった。企業がAIを最もよく理解している人々に助けを求めたのは当然のことだった。Palantir(パランティア)やGoogle(グーグル)といった企業は、顧客の組織に直接入り込んで実際の課題に対するソリューションを構築する「フォワードデプロイ型エンジニア(現場配備型エンジニア)」というアプローチを先駆的に導入した。

このアプローチは非常に価値のあるものになり得る。大半の大企業には、テクノロジーの実力を真に理解している人材が不足しており、ビジネスチームの傍らに控えるエンジニアは、ベンダーのプレゼンテーションからは決して生まれないような可能性を見いだすことがある。

しかし、このアプローチには避けられないインセンティブの問題が存在する。顧客のAI利用量が増えるほど儲かる企業は、「優れたAI戦略とは何か」について、独自の偏った視点を持っている。それはまるで、ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースに「鶏肉の活用戦略」の策定を依頼するようなものだ。

マインドセットの急激な変化は、AIエコノミクス(経済学)の仕組みが徐々に明らかになってきた結果でもある。従来、エンタープライズ(企業向け)ソフトウェアの予算策定は極めて単純だった。企業は固定の年間料金で一定数のライセンスを購入するだけだった。しかしAIは異なる。リクエストが追加されるたびに実際の演算処理能力(コンピューティング・パワー)が消費され、エージェントが調査、執筆、テスト、修正を行う間、数分から数時間にわたってモデルを呼び出し続けるからだ。これらのコストが可視化されるにつれ、エンタープライズ向けの価格設定は、実際に消費されたAIの量をより反映するものへと変化し始めている。事実上、AI企業は主要顧客への請求方法を、ケーブルテレビ会社のような定額制から、電力会社のような従量制へとシフトしつつあるのだ。

Uberがこの特有の問題の当事者になっていることには、奇妙な皮肉がある。創業初期、この配車サービス企業は巨額の投資家資金を投じて乗車料金を補助し、普及を推進した。丸ごと1つの世代が、スマートフォンをタップするだけで車がやってくる便利さに慣れ親しんだ。ニューヨークのような都市でさえ、タクシーを手で呼び止める方法をほとんど知らずに育った若者が大勢いる。しかし最終的には、その補助金制度も終わらざるを得なかった。Uberは1回ずつの乗車の経済性を自立させる必要があり、顧客は依存するようになった利便性に対して、より高い料金を支払うようになったのだ。

AIは、不気味なほど酷似した道を歩んでいる。ここ数年、巨額のベンチャーキャピタル資金が、企業をトークン漬けにするためのコストを補助してきた。今や、AIプロバイダー側もビジネスとしての採算性を確保しなければならなくなっている。違いは、今回の請求書が消費者ではなく企業に届いているという点だ。そして、その請求書を受け取った企業の1つが、あまりにも皮肉なことに、あのUberなのである。

誤った問いの立て方

このような揺り戻し(是正)は健全なことだ。企業は、これらすべてのAI導入にどれだけのコストがかかっているかを把握すべきである。どのアプリケーションが有用な役割を果たしており、どれがただトークンを浪費しているだけなのかを知る必要がある。

しかし、1つの誤った考え方を、別の誤った考え方に置き換えてしまう危険性がある。過去2年間、企業はAIの利用量を増やすこと自体が、AI活用の高度化につながるかのように振る舞ってきた。今、振り子は逆方向に振れており、支出を抑えること自体が、経営陣がようやく規律を身につけた証拠のように見え始めているかもしれない。

より本質的な問いは、「このテクノロジーによって、自社はどのような存在に生まれ変われるか?」というものだ。現在に焦点を当てるリーダーは、AIを現在の業務に付随するコスト項目と見なす。一方、未来に焦点を当てるリーダーは、AIを「どのような仕事が存在するか」、「顧客は何に価値を見出すか」、さらには「自社がどのような事業を営むか」自体を変化させ得る、新たな能力と見なす。これはテクノロジーの問いではなく、戦略の問いである。

数カ月前、私には大手自動車メーカーのCTOと話をする機会があった。彼らがAIのもたらす可能性に興奮しているのは無理もなかった。AIを活用して、顧客がより多様な車のオプションを探索し、選択するのを支援できるかもしれない、というのだ。

それがなぜ魅力的なのかは理解できる。AIが個人の好みを学習し、さまざまな組み合わせを提示して、推奨オプションを提案してくれる。それにより、購入体験は少し簡単で、パーソナルなものに感じられるようになるだろう。ただし、それではビジネス自体はそれほど変わらない。

顧客がシートの素材を選んでいる段階では、自動車メーカーはすでに、はるかに重要な決定において勝利を収めている。その顧客はすでに車を買うことを決めているのだ。AIは、現在の顧客体験の最後の数ステップを少しスムーズにするかもしれないが、10年後にその企業が成功するかどうかを左右する、はるかに大きな問題には手をつけないまま残してしまうことになる。

これと、フォルクスワーゲン(VW)が現在直面している課題を比較してみてほしい。同社は自社を劇的に縮小させなければならないことを自覚している。同社の「Future Plan 2030(フューチャー・プラン2030)」では、組織を簡素化して過剰な生産能力を削減しつつ、人員を約5万人削減することを想定している。

企業は、このような課題に対して、巨大な「引き算」の作業として取り組むこともできる。すべての機能が何かを諦める。工場は生産能力を減らす。事業部門はコストを削減する。経済的な採算が再び合うようになるまで、人員を削減する。それによって「より小さなフォルクスワーゲン」は生まれるかもしれない。しかし、より難しい問いは、それが「未来が必要とするフォルクスワーゲン」になるのかどうかだ。

ここからが、AIが本領を発揮する面白いところだ。フォルクスワーゲンはAIを使って、需要が実際にどこにシフトしているかについて、はるかに先を見据えた予測を構築し、それに基づいてどの生産能力を削減すべきか、そしてどこに投資を続けるべきかを決定できるだろう。

「人材」に関する問いは、さらに重要かもしれない。10年後に自社の人員規模が実質的に縮小していることが分かっているなら、フォルクスワーゲンはAIを使って、2035年に必要となる能力から逆算できる。どのスキルがより重要になり、どのスキルが重要でなくなるのか。まだ時間がある今のうちに、どこで従業員を再教育すべきか。これらは、会社の将来像に関する決定である。AIが重要となるのは、リーダーがより高い先見性を持ってこれらの意思決定を行うための新たな能力を与えてくれるからだ。

AIが私たちに求めるもの

根本的な問題は、私たちが未だに人工知能を単なる「ツール」と考えていることにあるかもしれない。ツールは、私たちがすでにやり方を知っていることを行うのを助けてくれる。しかしAIは、私たちが「そもそも何をすべきか」の決定そのものを変え得るという点で、はるかに重大な結果をもたらすものになるかもしれない。そして、その能力が重大なものになればなるほど、私たち自身にのしかかる責任も大きくなる。

今週、Anthropic(アンソロピック)のアライメント研究者であるエヴァン・ヒュービンガーは、今後10年以内にAIが人類の滅亡をもたらす確率を、個人的に10%超と見積もっていると語った。これは、自身が開発に携わっているテクノロジーへの懸念を募らせて辞職した、別のAnthropicの研究者に呼応した発言だった。

分別のある人々なら、ヒュービンガーの見積もりに異論を唱えることもできるだろう。驚くべきは、このテクノロジーの最前線で働く人々が、具体的な数値を挙げるほどリスクを深刻に捉えているということだ。そのことを思えば、トークン予算をめぐる議論は、あまりにもちっぽけなものに感じられる。

企業は依然として、AIの何に資金を費やす価値があるかを決定する必要がある。だが、それらの選択は、はるかに大きな選択の中に位置している。私たちは、私たちが構築する組織、人々が行う仕事、そしてそのすべてにおいて人間の判断が果たす役割を変え得る、新しい能力を導入しようとしているのだ。最終的に、その問いは私たち自身のあり方にまで突き刺さる。AIは、私たちが人間としてどのように進化することを求めているのだろうか。

テクノロジーがその問いに答えてくれるわけではない。答えるのは私たちだ。私たちがAIとともに築く未来は、それがどのように使用され、どこへ導くことを許し、人間の責任がどこで引き続き必要とされるかについて、人々が下す選択を反映することになる。未来に焦点を当てるリーダーは、まだ到来していない未来に対して常に責任を負わなければならなかった。AIは、単にその責任の重み(リスク)を高めているにすぎないのだ。

AIの「請求書」が届くとき、そこに請求されているのは、お金だけではないはずだ。

(forbes.com 原文)

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