スティーブ・ジョブズは、現代の起業家精神(アントレプレナーシップ)のエコシステムに対して、ある不都合な問題を突きつけている。そして、2026年に発表された全米経済研究所(NBER)とスタンフォード大学による画期的な共同研究が、その問題に新たな光を当てている。
シリコンバレーを代表する一部の有力ベンチャーキャピタリスト(VC)は、かつて彼を見送った。その後、自身が共同創業した企業からも追放された。しかしジョブズはその後、ピクサーとNeXTを立ち上げた。
そしてアップルに復帰し、歴史上最も偉大な企業再生を率い、過去100年で最も偉大な起業家の一人となった。
ここから得られる教訓は、VCの目利き能力が低いということではない。彼らは、極めて高い不確実性の中で少数のスタートアップを選別しなければならないという、避けては通れない課題に直面しているのだ。
しかし、起業家育成のエコシステム全体を、これと同じ選別問題を中心に構築すべきなのだろうか。選別は投資家の仕事である。しかし、育成こそがエコシステムの果たすべき役割であるはずだ。「それこそがインキュベーターの仕事(選別と育成)ではないか」という疑問もあるだろう。しかし、それもまた「選別」から始まっている。もしインキュベーターが、アイデアやピッチ、経歴、あるいは予測された潜在能力に基づいて少数の起業家を選別しているのだとすれば、それはVCの選別問題を、不確実性がさらに高い初期の段階へと前倒ししているにすぎない。
より優れた代替案
その代替案は、根本的に異なるアプローチだ。それは、創業者兼CEOとしての能力を広く育成することである。挑戦を望むすべての起業家に、学び、検証し、根拠(エビデンス)を示し、実績を証明する機会を提供するのだ。
専門家に潜在能力を予測させるのではなく、実際の「実績」によって潜在能力を明らかにさせるべきである。
理由はこうだ。VCはすべての人に資金を提供できるわけではないため、不確実性の中で選別を行わざるを得ない。しかし、優れたVCであれば、投資の大半で失敗したとしても、年に約15本あるとされる大ホームラン(稀に見る大成功)を1つでも掴み取れば、莫大なリターンを得ることができる。これはトップVCのマーク・アンドリーセンも指摘する通りだ。投資モデルとしては、これは極めて合理的かもしれない。
しかし、なぜそれを起業家育成のモデルにしなければならないのだろうか。起業家の潜在能力を、外見や振る舞い、ピッチ、経歴、あるいはピッチデック(提案資料)から確実に予測することは不可能なのだ。
スティーブ・ジョブズのパラドックス
スティーブ・ジョブズは、起業家が自らの可能性を証明する機会を得る前に、その潜在能力を予測することの危険性を示す最良の例かもしれない。
ジョブズが過去100年で最も偉大な起業家の一人になる前、世界で最も洗練されたVCの一部は、彼の潜在能力を見抜くことができなかった。
クライナー・パーキンスの共同創業者であり、シリコンバレーの伝説的なVCの一人であるトム・パーキンスは、のちに「愚かにもスティーブと(スティーブ・)ウォズニアックに会いさえしなかった」と告白している。彼の詳細な回想は、さらに本質を突いている。「私たちはアップル・コンピューターを断った。いや、断りさえしなかった。ジョブズやウォズニアックと会うことすら承諾しなかったのだ」
ジョブズは幸運だった。彼はのちにシリコンバレーとなる地域で育った。ティーンエイジャーの頃、ヒューレット・パッカードの共同創業者であるビル・ヒューレットに直接連絡を取り、電子部品を分けてもらい、夏のアルバイトの枠を得た。その後、スティーブ・ウォズニアックと出会い、アタリで働き、新興テクノロジーの素晴らしいエコシステムに身を浸すことになった。
これほどの優位性がありながらも、洗練された投資家たちはジョブズがどのような存在になり得るかを見抜けなかった。そのため彼は拒絶され、アップルで部下の立場に甘んじ、最終的には追放された。表面的な基準からは見えなかった自らの能力を証明し続けることで、彼はアップルに復帰し、歴史を塗り替えたのである。
もし起業家の潜在能力が見て明白なものであるならば、スティーブ・ジョブズの才能も最初から明白だったはずだ。
しかし、実際はそうではなかった。
「勝者」を選ぼうとすることの隠れたコスト
投資家は選別しなければならない。全員に資金を提供することはできないからだ。中には選別が得意な投資家もいるだろう。選択肢は多岐にわたり、最も優秀な投資家であっても過ちを犯す。
ジョブズの例は「見落とし(偽陰性)」の問題を浮き彫りにしている。誰かが表面的な部分で起業家の可能性を判断し、見誤ってしまうのだ。私たちがジョブズの存在を知っているのは、彼がそうした評価を乗り越え、自らを証明するさらなる機会を見出してきたからにほかならない。
世界中のエコシステムにとっての代償は何か。ヒューレットやウォズニアック、シリコンバレーのネットワーク、そして何度も訪れる機会に恵まれない環境、たとえばミネアポリス、マイアミ、ムンバイ、ラゴス、ワルシャワ、ブエノスアイレスで育つ潜在的なスティーブ・ジョブズたちはどうなるのだろうか。エコシステムが起業家の能力開発や実力証明の前に彼らを排除してしまえば、失われたものの大きさにすら気づくことはできない。
投資の失敗は最終的に統計に表れる。しかし、構築されることのなかった偉大な企業の存在が統計に表れることはない。
プロの投資家の選別能力はどれほどか
ブレイク・ジャクソンとスタンフォード大学のイリヤ・ストレブラエフによる2026年の画期的なNBERの調査では、VC(ベンチャーキャピタル)企業に所属する10万人以上の専門家が分析された。投資実績のあるVCのうち、投資の成功実績が認められたのは40%未満にすぎなかった。また、投資利益の90%を生み出していたのは、わずか5%の投資家だった。研究者たちは、投資家のスキルには明らかな格差が定着していることも見出している。
ここから示唆されるのは、選別が不可能だということではない。一部のVCは他よりも明らかに選別能力に長けている。あるいは、より優れたスタートアップを選択肢として持っているだけかもしれない。
起業家育成のエコシステムにとって、より重要な問題は別にある。選別を本業とするプロフェッショナルの間でさえ、選別の成功がこれほど一部に偏っているのだとすれば、なぜ大学やインキュベーター、経済開発組織は、表面的な選別を起業家教育や育成の土台に据えようとするのだろうか。
ビリオンドル起業家たちが示す証拠
ビリオンドル(10億ドル(約1580億円))規模の企業の創業者兼CEOに関する筆者の研究は、別のモデルを示している。初期の段階でVCを利用したのはわずか6%だった。別の18%は、軌道に乗る(テイクオフする)までVCの利用を遅らせた。そして残りの76%はVCを利用しなかった。言い換えれば、94%は成長の開始にあたって初期のVCによる選別に依存していなかったのである。彼らは、トップダウン式のVCによる選別プロセスに屈しなかったのだ。
教訓:順序を逆にする
ここでの教訓は、VCを避けるべきだということではない。まずは創業者兼CEOとしての能力を開発し、起業家自身が事業に必要なリソースを、いつ、どのように、誰から獲得するかを選択できるようにすることだ。
これは従来の順序を逆転させるものである。
「勝者」と思われる起業家を事前に選別して資金を提供し、必要な能力が身につくことを期待したり(あるいは交代させたり)するのではなく、まずは起業家の能力を広く育成するのだ。そして、起業家自身に検証させ、根拠を積み上げさせ、実績を示させる。その上で、起業家自身に適したリソースを選択させるのである。
VCが必要な場合もあるだろう。エンジェル投資家、戦略的パートナー、銀行、開発金融などの支援が有効な場合もある。あるいは、マイケル・デルやジョン・オリンジャー、ガストン・タラトゥタのように、外部からの資金調達がほとんど不要なほど十分なキャッシュフローを生み出せる場合もある。
最後のケースは、投資先を探すVCにとっては理想的ではないかもしれない。しかし、起業家にとっては極めて優れた成果であり、企業の成功、雇用創出、経済活動、銀行取引、将来の投資、そして慈善活動といった恩恵を受ける大学やコミュニティ、経済エコシステムにとっても素晴らしい成果となる。
起業家育成エコシステムの目標は、VCからの資金調達額を最大化することではない。創出される成功した起業家や成長企業の「数」と「質」を最大化することであるべきだ。
本質的な問い(ビリオンドル・クエスチョン)はこうだ。ビリオンドル規模の創業者兼CEOの94%が初期のVCに依存せずに軌道に乗ったのだとすれば、VCエコシステムは資金を提供する前に創業者兼CEOの能力を開発することで、その成果を向上させられるのではないか。
なぜ起業家エコシステムは投資家の課題を模倣したのか
VCが選別を行う理由は謎ではない。彼らはそうせざるを得ないからだ。彼らの仕事は、限られた資本を投資してリターンを得ることである。
謎なのは、なぜビジネススクールやインキュベーター、経済開発組織までもがそのモデルを模倣したのかということだ。
投資家には、少数の潜在的な勝者を選別するためのシステムが必要である。一方で、起業家エコシステムに必要なのは、多くの起業家を育成し、自らの可能性を証明する機会を与えるシステムである。
それにもかかわらず、起業家育成の現場の多くは、ピッチコンテストや「シャーク・タンク」型の投資イベント、エンジェル投資、VCといった、VCエコシステムの目に見える仕組みを取り入れてきた。
ビジネススクールは、起業家を「育成」するためのモデルが必要だったにもかかわらず、彼らを「選別」するために設計されたモデルを借用してしまったのだ。
そして世界中の経済開発組織は、資金を生産的なものにする起業家たちがどのようにして育ったのかを問うことなく、シリコンバレーの目に見える資本インフラを再現しようとしてきた。
この事実は、VCエコシステムを改善するための別の道を提示している。資金の前に創業者兼CEOの能力開発を据え、実績(エビデンス)に資金を追随させることだ。
「予測」から「証明」へ
能力開発を重視するエコシステムでは、教授、経済開発の専門家、インキュベーター、ピッチの審査員、あるいは投資家が「次のスティーブ・ジョブズ」を予測する必要はない。広く育成し、起業家自身にその実力を証明させるのだ。
新興のトレンドを見極め、戦略的な適合性を見出し、資金や信用がない状態でも製品を販売し、戦略的にブートストラップ(自己資金での自立)を行い、知的に資金を調達し、限られたリソースで軌道に乗り、競争優位性を構築し、成長を牽引する。起業家にこれらの方法を学ばせるのだ。ここには重要な違いがある。
起業家が最終的に選ぶ資金調達の手段を決めるのは、エコシステムではなく起業家自身である。資金調達は、戦略そのものになるのではなく、事業戦略を支える手段となるのだ。起業家が実績を示すにつれて、最も強力な証拠を示した者へとさらなるリソースが流れ込む。そのリソースは、彼らを育成した組織から提供される必要はない。VCマネーである必要すらないのだ。
- VCにとっては、実績のある起業家やスタートアップの、より強固なパイプラインを意味する。
- 銀行やその他の金融機関にとっては、より多く、より強固な顧客基盤を意味する。
- 経済開発組織にとっては、さらなる成長企業と雇用の創出を意味する。
- 大学にとっては、成功した卒業生や将来の支援者の獲得を意味する。
たとえVCが投資案件を獲得できなくても、エコシステム全体がその恩恵を受けることができる。
私の視点:スティーブ・ジョブズは、起業家エコシステムに対して貴重な教訓を与えてくれた。それは「起業家がどのような存在になり得るかを予測しようとするな。彼らに実力を証明するための能力と機会を与えよ」ということだ。
NBERとスタンフォード大学による共同研究は、その教訓が今日においてさらに重要であることを物語っている。
ジョブズは洗練された投資家たちに拒絶され、のちに共同創業した会社を追放された。幸いにも、彼には自らを証明し続ける才能と機会があった。
どれほど多くの「潜在的なスティーブ・ジョブズ」が、そのチャンスを得られないまま終わっているのだろうか。
VCエコシステムの問題は、ベンチャーキャピタルそのものにあるのではない。その「順序」にあるのだ。
選別の前に、育成が来るべきである。創業者兼CEOの能力を広く育成し、起業家自身にその実力を証明させるのだ。その上で、実績と成果によってリソースがどこに流れるべきかを明らかにし、起業家自身に自らの事業と目標に合ったリソースを選択させるべきである。
起業家の潜在能力を予測してはならない。それを育成し、実績によって明らかにさせるのだ。



