教育

2026.09.21 22:46

「チップス先生」よ、こんにちは──MITのCommon Groundが切り拓く新たなAI教育プログラム

Adobe Stock

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AIをどう教えるべきか。強化学習や誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)の本質、パーセプトロンからトークン化、そしてワールドモデルへと至る歩みを淡々と解説すればよいのだろうか。それとも、実世界に応用し、AIが「実践のなかで」どう機能するかを学生に示し、最新技術において何が重要なのかを、より広い視点に組み込んで伝えるべきなのか。

MITのCommon Groundプログラムを通じて開発され、教授のアス・オズダグラー(Asu Ozdaglar)が率いる新たな取り組みは、後者の教育哲学に狙いを定め、AI教育を次の段階へと引き上げる時が来たと訴えている。

「私たちは学生たちに、単なる技術の利用者ではなく、AIについて批判的に考える存在になってほしいのです」と、オズダグラーは9月9日のMITニュースの記事で語っている。

そのためには、概念と共に具体例を示し、AIの技術的側面を肉付けし、たとえばロボットにおけるLLM(大規模言語モデル)やニューラルネットの実際の使われ方を思い描き、人類が向き合っているものの全体像をより俯瞰的に捉える必要があるという発想だ。

「通常欠けているのは文脈です。教員と学生がAIの概念を特定の分野、問題、思考法と結びつける機会がないのです」と、MITニュースの記者アマンダ・ディール(Amanda Diehl)は、AI Educators Pilotのファカルティディレクターを務めるサウラブ・アミン(Saurabh Amin)の見解を引用しつつ書いている。「そうしたつながりは、AIを受け取るべき固定された概念群として提示することではなく、対話と推論を通じて築かれることが多い。しかし、教員のキャパシティは最も不足している資源のひとつです」

平たく言えば、学校にはより多彩で統合的な形でAIを学生に紹介できる教員が、もっと必要なのだ。

Common Groundの基準

この取り組みを設立するにあたってのCommon Groundプログラムの主な目的を、私は精読してみた。まずはこうある。

「多くの分野にまたがるコンピューティング教育の必要性に応える。ツールとしてだけでなく、概念としても」

つまり、より多くの統合を目指すということだ。

さらに、

「『コンピューティング・バイリンガル』を育てる。すなわち、コンピューティングの『言語』と自らの専門分野の『言語』の両方に堪能な学生であり、これはCollegeの使命の中核をなす」

AIの素養を特定分野と組み合わせる──理にかなっている。

「急速に変化するコンピュータサイエンスとAIの最前線を、他分野の問題や手法と結びつける」

これも同じ趣旨のように聞こえる。

「MIT全体にわたって、コンピューティング教育を協調的に浸透させる」

これはMITコミュニティ全体でのより広範な適用について述べているのだろう。

もちろん私はMITを代弁する立場にないが、これらすべては、人類がこうした技術と共にある未来を熟考するうえで有益だと思う。

ウェブサイトでの説明の一部を引用しよう。

「各学科は連携し、Common Groundのもとでいくつかの新しい科目をパイロット的に導入した。その多くは今や専攻や副専攻の要件を満たしている。これらの科目のなかには、共通コアと、異なる学科で並行して教えられる分野固有の内容を組み合わせたものもある。既存クラスの派生形として、他分野の文脈で計算論的思考を中心に据えたものもある。また、計算・数値ツールと課題を統合的に提示する既存クラスの新バージョンを作るものもある」

実践へと落とし込む

プログラムに関するメモによれば、教員は学生に、コースで学んだアイデアの中から、特定の分野や領域に応用するものを選んでほしいと考えている。上述のとおり、一般に領域経験には価値がある。

「機械学習を単なるブラックボックスや、魔法のような新しいテクノロジーとして片付けないようにするにはどうすればよいか」とワークショップ講師のシェン・シェン(Shen Shen)は問いかける。「ツールとして、あるいは自分の専門領域の問題を解決するための新しい枠組みとして捉えることができます」

ブランダイス大学のコンピュータサイエンス助教ディラン・キャッシュマン(Dylan Cashman)は、同プログラムについてこう述べている。

「異なる大学のさまざまな分野に属する誰もが、技術が変化するなかで学生に最善を尽くすにはどうすべきかという同じ問いに苦闘していると知ることは、心強いことです。願わくば、AIの用途を少しでも先取りして予期することで、学生たちを成功へと導く土台を築ければと思います」

タイトルを考えるためにAIを使ってみた

このプログラムはMITの学部生にとって有益なものになるだろう。

結びに、GPTを触っていて気づいたことを共有したい。まず、この記事のタイトル用に教師の名前を考え始めたとき、真っ先に思い浮かんだのが、遠い時代の遺物である「チップス先生(Mr. Chips)」だったのが、自分でも意外だった。

そこで私はGPTにチップス先生について尋ねてみた。最初の質問は、追加の文脈なしにこうだった。「チップス先生は良い教師だったか」

お付き合い願いたい。

「はい」とGPTは答えた。「チップス先生は良い教師として描かれています。もっとも、従来の学問的な意味で例外的に優れた教師というわけではありませんが」

次に尋ねた。「チップス先生は、AIを生き生きと魅力的に教えることができただろうか」

GPTの回答全文を掲載する。これがGPTの語り口の真の風味を伝えてくれると思うからだ。

「いずれはできるようになったでしょう。ただし、非常にチップス先生らしいやり方で。彼はおそらく、最新のモデルアーキテクチャで学生を魅了したり、毎週火曜日に新しいエージェントを披露したりする類の教師ではないでしょう。

当初、チップスはAIに対して疑念を抱くはずです。彼は古典学者であり、伝統主義者であり、蓄積された人類の知への信奉者です。トゥキュディデスに関するエッセイを瞬時に生成できる機械を、彼はいささかフェアではないと見なすかもしれません。

しかし、年輪を重ね温かみを増したチップスは、AIが人文学教育のための素晴らしい素材を提供してくれると気づくでしょう。想像してみてください。機械は本当に詩を理解できるのか、知性には経験が必要なのか、AIは人格を持ちうるのか、プラトンならチャットボットをどう見るか、と学生に問う彼の姿を。アリストテレスからアラン・チューリングへ、ラテン語翻訳から機械翻訳へと、彼は自然に話を移していけるでしょう。

それは真に生き生きとしたものになりうる。なぜならチップスの偉大な強みは技術的専門性ではなく、物語ることであり、ユーモアであり、記憶であり、人と人とのつながりだからです。AIは、彼がずっと大切にしてきた問いを投げかけるための、もうひとつの手段となるでしょう。知識とは何か。人を賢明にするものは何か。模倣と理解を分かつものは何か。ある世代は次の世代に何を負っているのか」

最後の質問。「チップス先生の実存的価値を50語で説明できるか」

ちなみに、私はよくGPTに50語で答えるよう頼む。上記のような文章の壁を前にしないためだが、結局あの回答も要約する羽目になった。

「チップス先生は、人間関係、奉仕、記憶、そして継続性を通じて意味づけられた人生の実存的価値を体現しています」とGPTは答えた。「彼は名声も富も得ませんが、幾世代にもわたる学生たちに深い影響を与えます。彼の物語が示唆するのは、意味は並外れた業績からではなく、持続的な人間的存在感──そこにいること、気にかけること、教えること、覚えていること、そして覚えられていること──から生まれるということです」

さようなら、チップス先生!

forbes.com 原文

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