働き方

2026.09.21 22:36

専門知識を持つ女性たちが、職場で発言することで支払う「代償」

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2018年、ホワイトハウスの記者会見で、PBSニュースアワーの記者ヤミーチェ・アルシンドールはドナルド・トランプ大統領に対し、自身をナショナリストと表現することは白人ナショナリストを勢いづかせる可能性はないかと尋ねた。トランプは「なんと人種差別的な質問だ」と答え、「私に対して非常に侮辱的だ」と非難した。

同年、彼はジャーナリストのエイプリル・ライアンを「負け犬」と呼び、「自分が何をしているのかまったくわかっていない」「非常に意地が悪い」などと評した。また、CNNのアビー・フィリップが、マシュー・ウィテカー司法長官代行にロバート・ミューラー特別検察官を抑制することを望んでいるかを尋ねた際、彼は「なんて愚かな質問だ。君は愚かな質問ばかりする」と言い放った。

サラ・J・ジャクソン(ペンシルベニア大学アネンバーグ・コミュニケーション大学院准教授であり、『A Second Sight: How Black Mediamakers Push America Toward Freedom』の著者)は、黒人ジャーナリストについて、ハラスメントや検閲、公的な攻撃に対する「炭鉱のカナリア」のような存在であると表現している。

ホワイトハウス側は、大統領と黒人女性ジャーナリストとの関係を擁護している。本記事の質問に対する声明のなかで、ホワイトハウスの報道官アリソン・シュスターは、大統領と記者たちとの「率直で開かれた対話」は国民にとって有益であると述べた。一方、報道の自由基金(Freedom of the Press Foundation)のアドボカシー責任者であるセス・スターンは、「憲法上の問題として、大統領にはジャーナリストを批判し、さらには侮辱する権利さえある」と指摘する。

権力に挑むことの代償

本記事のために取材した法律の専門家たちの間でも、どこまでが批判であり、どこからが違憲な報復や強制にあたるのかについて、意見が分かれている。憲法弁護士のマーク・メックラーは「大統領にはジャーナリストを批判し、その報道に異議を唱え、彼らが間違っていると主張するあらゆる権利がある」と述べる。エヴァン・ゴトロブは、法的な争点になり得るとしつつも、政府が単に強硬な姿勢を示しただけでなく、実際にジャーナリストを罰するために権力を行使したことを証明するのは困難だと指摘する。「最大の障壁は、単なる敵意ではなく、強制や国家による不利益な処分を証明することだろう」。ハーバード大学法科大学院のレベッカ・タシュネット教授は、違法とみなされるためにトランプが自ら関係機関に報復を指示する必要すら実際にはないと述べ、報復が「最も可能性の高い説明」だと語る。

女性は、公的な職業的権限をすべて維持しながらも、それを行使することには代償が伴うという自覚を強めていくことがある。つい先月、独立仲裁人はワシントン・ポスト紙に対し、コラムニストカレン・アティアの復職と未払い給与の支給を命じた。同紙は2025年9月、チャーリー・カーク暗殺後のソーシャルメディア投稿を理由に彼女を解雇していた。

ジャーナリストは、権力者が聞きたくないような質問を投げかけ、発言をするために雇われている。彼女たちの職業的な権威や専門性は、目の前にある現実に進んで異議を唱えようとする姿勢から生まれる。これは、女性の専門性が権力のある男性に異を唱えることを要求する、あらゆる場面に当てはまる。特に、彼女自身が厳しい質問を投げかけ、好ましくない回答を提示する立場にある場合はなおさらだ。これは、自身の専門性が一体どれほどの代償をもたらすのかを、その都度見極めながら決断を下しているすべての女性の物語なのだ。

権力を持つ男性に異を唱えることが求められる職種において、女性がその実行に伴うキャリア上の代償を計算しなければならなくなるとき、一体何が起きるのか。誰かが自分を黙らせようとしたことを証明できるようになる前に、職場における女性の身には何が起こっているのか。誰も彼女にやめるよう正式に指示はしていない。彼女はただ、状況を自己監視し、最後に声を上げた女性に何が起きたかを知るだけで十分なのだ。彼女は発言する前に、より多くの計算を強いられることになるかもしれない。

声を上げるべきか、上げざるべきか

政府高官がジャーナリストを批判したり、報道内容に影響を与えるために政府の権力を行使したとされる場合、その問題は強制や報復をめぐる憲法修正第1条(表現の自由)の問いへと発展し得る。最高裁判所は、政府高官による説得や批判の試みと、政府の権力を用いて民間側に望ましくない言論を抑圧するよう強制することとの間に一線を画している。それでも、連邦通信委員会(FCC)のアンナ・ゴメス委員は、放送局が記者に対し、現政権に関する報道の仕方に「気をつける」よう指示しているという話を耳にしたと公に語っている。

そうした葛藤は、職場におけるフラストレーションとも共通している。最高裁判所は、労働環境が客観的および主観的に見て十分に「深刻または蔓延している(severe or pervasive)」状態でなければならないとしている。裁判所は、頻度、深刻度、行為が脅迫的または屈辱的であるか、単に不快なだけであるか、そして仕事に支障をきたしているかどうかを考慮する。また裁判所は、極めて重大なケースを除き、「単なるからかい」やその場限りの発言、孤立した出来事は、一般的に雇用の条件を変更するものではないとも述べている。

それでも、管理職の言動を報告すべきかどうか会議の場で悩んだことのある女性なら、誰もが知っているはずだ。威圧的、屈辱的、あるいはキャリア上の不利益を感じさせる出来事であっても、それが必ずしも違法な敵対的労働環境(ハラスメント)の法的要件を満たすとは限らない。違法であるか否かの境界線は、極めて曖昧な場合がある。

今年2月、研究者らが職場でのハラスメントに関する80の訴訟ケースを調査した。その結果、裁判官が「その行為は違法なハラスメントとみなすほど深刻でも頻繁でもない」と判断したケースは65%に上った。しかし、一般の人々にこれらと同じケースを評価してもらったところ、裁判官と同様の結論に達したのは20%未満だった。

もどかしい現実

専門知識を持つ女性は、頭のなかで計算を始める。「これを口にしたら、自分はどんな代償を払うことになるのだろうか」。彼女は質問のトーンを和らげたり、上司への接し方を変えたり、あるいはその主張を二度と繰り返す価値はないと判断したりするかもしれない。

自己規制には、社会的な影響が伴う。記者が記事を書かなければ、公衆はその事実が存在したことすら知る由もない。調査が始まらなければ、後世の歴史家が目にする記録も残らない。女性の経営幹部が、専門家として予見したリスクを提起しなければ、のちに発生した失敗は「誰も予測できなかった事態」のように見えてしまうかもしれない。会議の議事録には、実際には恐怖があったにもかかわらず、合意が形成されたかのように記録されることになる。

もどかしいのは法律の限界だ。法律はある行為がいつ法的に訴訟可能になるかを判断する助けにはなるが、キャリア上の代償そのものをなくすことはできない。雇用法は、職場でのあらゆる不快な、あるいは居心地の悪いやり取りを違法とするわけではない。また、法的な基準が適用されるケースであっても、その基準が満たされているかどうかについて、分別のある人々の間で意見が大きく対立することもある。

では、働く女性はどうすれば、何かが起きる前に報復の可能性を恐れて沈黙することなく、自らの身を守ることができるのだろうか。この記事に登場した法律の専門家たちを含め、これに対する納得のいく答えは存在しない。女性は通常、声を上げた後に自分に何が起こるか分からない状態で、発言すべきかどうかを決断しなければならない。まだ誰も法律を犯していない段階であっても、発言することが上司を怒らせ、自身の評判を傷つけ、機会を失わせ、あるいは周囲からの扱いを変えることにつながるかもしれないと、彼女はすでに察している可能性がある。職場で専門知識を持つ女性にとって、誠実に発言することは困難を極める。なぜなら、多くの場合、それに伴う代償が不透明なまま決断を迫られるからだ。

forbes.com 原文

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