2012年ごろ、「私たちはSaaS(サース)企業です」という言葉は真の差別化要因であり、商談を成立させる決め台詞だった。私はそれを何度も耳にした。創業者はこの言葉を真っ先に口にし、買い手も最初にそれを尋ねた。しかし、今日それを言ってみてほしい。誰も見向きもしない。それはSaaSが失敗したからではなく、あまりにも完全に勝利したために、もはや情報としての価値を失ったからだ。
提供モデルが「デフォルト(標準)」へと溶け込んだことで、議論はかつて最も重要だった唯一の問いへと戻った。すなわち、「これは代替案よりも私の課題をうまく解決してくれるのか?」という問いである。
私は2000年代初頭のドットコム崩壊以降、この反転を見てきた。「AI搭載」はいま最も勢いのある言葉だが、過去のどのラベルよりも速く色あせ始めているように見える。
クランチベース(Crunchbase)によると、今年第1四半期、AIスタートアップは世界のベンチャー資金の約80%を吸い上げた。そのうちオープンAI(OpenAI)、アンソロピック(Anthropic)、xAI、ウェイモ(Waymo)の4社だけで1880億ドル(約29兆7000億円)を占め、これはベンチャー資金全体の3分の2近くに達する。しかし、私が注目する数字はもっと静かなものだ。調達総額が過去最高を記録した一方で、投資件数は減少し続けており、この10年で最も極端な資金の集中が起きている。
そこは次の偉大な企業が誕生する場所ではない。次の偉大な企業が原材料を安く仕入れ、その上に自社の価値を築き上げるための場所なのだ。
ブームの賞味期限
投資された資金と成果を並べてみると、その間には埋めがたい溝があることがわかる。マサチューセッツ工科大学(MIT)のNANDAイニシアチブが300件の導入事例を分析したところ、AIパイロット(試験導入)の95%が損益(P&L)に影響を与えていないことが判明した。また、マッキンゼー(McKinsey)が約2000の組織を対象に行った調査では、88%がAIを導入していると回答したものの、企業レベルでEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)の増加を実感しているのはわずか39%にとどまる。一方の端から記録的な資金が投入され、もう一方の端からは測定可能な成果がほとんど出てこない状態だ。
これまでのあらゆる技術転換において、そのギャップは常に同じ方法で埋められてきた。そしてそれは決してスタックの最上層(インフラ層)ではない。常に、急激に安価になった技術的能力を、請求書を発行できるほど具体的な何かに向けた企業によって埋められてきた。つまり、持続的な利益を生むのは常に川下のビジネスなのだ。
入れ替わるラベル
ラベル(呼び名)が死に絶えることはない。それらは次の新しいものへとプレミアム(付加価値)を引き渡すだけであり、その「後継者」はたいていすでに同じ部屋に控えている。今日、それは「エージェンティック(自律的)」という言葉だ。ガートナー(Gartner)は、初となるエージェンティックAIに特化したハイプ・サイクルにおいて、このカテゴリーを「過度な期待のピーク期」に位置づけた。そして、2年以内に導入を予定している組織が60%以上であるのに対し、実際に導入しているのはわずか17%にすぎないことを明らかにした。この大きな隔たりは普及曲線ではない。その言葉の価値が最高潮に達していることを示す証拠なのだ。
クライアントサーバー、ウェブ、クラウド、モバイルファースト、ビッグデータ、ジェネレーティブAI(生成AI)、そして今日のエージェンティックAIにいたるまで、このパターンは昔から繰り返されてきたが、そのサイクルは加速する一方だ。ガートナーは、自社のピッチブック(提案資料)に「エージェンティック」と謳う何千もの企業のうち、実際にそれを構築しているのはわずか130社程度にすぎず、残りは「エージェント・ウォッシング」だとみている。しかし、このような便乗行為は、その言葉が廃れつつあるサインではない。むしろ、その言葉が完全に覇権を握ったことを示すサインなのだ。
変わらない「順番待ちの列」
しかし、解決を待つ「列」自体が入れ替わることはない。言い換えれば、解決に使われる技術のラベルが変わっても、その根底にあるビジネス課題は一定のままだということだ。毎年11月に積み上がる4万件もの福利厚生の受給資格に関する問い合わせは、誰も「エージェンティック」という言葉を口にする前から存在しており、その言葉が忘れ去られた後も残り続けるだろう。
現実世界の課題とは「市場」ではない。それは名前があり、量があり、ユニットあたりのコストがあり、それを処理するために給与を支払われている人間が存在する「列」なのだ。「カスタマーサービス向けAI」は単なるカテゴリーにすぎない。しかし、現在22人の短期契約社員が対応している「4万件の問い合わせ」は具体的な課題である。前者は商談の機会をもたらすが、後者は契約の更新をもたらす。
MITのNANDAプロジェクトの研究協力者であるアディティヤ・チャラパリーも、一歩先を行く企業に同様の傾向を見出している。彼は、そうした企業は「1つのペインポイント(痛点)を選び出し、それを適切に実行し、賢く提携している」と語る。重要なのはモデルの規模ではなく、スコープ(適用範囲)の規律と実行力なのだ。
私が今、投資を引き受けるもの
AIモデルは、数カ月ごとに安価になっていく「レンタルされた投入物」として扱えばよい。そうすれば、模倣がより困難で、地味ではあるものの、過去30年間にわたりソフトウェア業界の戦いの勝敗を決してきた資産へと視線を移すことができる。それには以下のようなものが含まれる。
ディストリビューション(販売網)
プロダクトそのものの模倣は容易であっても、顧客へのアクセスを模倣することは極めて困難だ。既存企業が火曜日に5万アカウントに向けてAI機能を一斉配信する一方で、より優れた技術を持つスタートアップは、創業から18カ月経っても依然として調達プロセスを突破しようと苦戦している。信頼関係を築いている既存の顧客ベースや確立された販売チャネルは、わずかに優れたプロダクトよりもはるかに重要になり得る。
ワークフローの深さ
これらは、誰も文書化していない承認プロセスや例外対応のことであり、時間をかけて獲得され、誰にも譲渡できないものである。使えば使うほど研ぎ澄まされる独自のデータ。システム連携やコンプライアンスといった、取引が静かに立ち消えになりがちな退屈な業務。そして、ソフトウェアの世界において依然として最も過小評価されている力である「スイッチングコスト」もこれに含まれる。これらはどれもモデルの機能ではない。昔も今も、ソフトウェアの領域である。AIは、優れたプロダクトを少し良くすることはできても、悪いプロダクトが粗悪品になるスピードを速めるだけにすぎない。
デューデリジェンスのための3つのステップ
1. 一文を削除する:ピッチ(提案)から「私たちはAIを使っています」という一文を取り除き、何が残るかを見てほしい。残ったものがビジネスとして成立していないのであれば、その「ラベル」こそが事業計画のすべてだったということだ。
2. 解決を待つ「列」を見つける:ターゲットとなるワークフロー、業務量、現在のコスト、そしてその業務に時間を奪われている担当者を特定する。それらが曖昧なままであれば、それは創業初期ゆえの不透明さではなく、難解な言葉の裏に隠された「答えの欠如」にすぎない。
3. 特定の技術に依存しない(アグノスティックであること):特定のプロバイダーの上に構築されたアーキテクチャは「依存」であり、特定のバズワードの上に築かれた市場ポジションは寿命が短い。価格設定がアカウント(席)単位から成果ベースへと移行していくことを見越しておくべきだ。
私の予測が外れる可能性
誠実な反論があるとすれば、SaaSはソフトウェアが私たちに届く方法を変えただけで、ソフトができること自体は変えなかったのに対し、エージェントシステムはその「できること」自体を変える可能性があるということだ。
もしAIが単なるインターフェースにとどまらず、知識労働のユニットエコノミクス(1単位あたりの経済性)そのものを書き換えるのであれば、私の比喩の一部は崩れることになる。そのため、私もこの見方に固執しすぎないようにしている。しかし、たとえそうだとしても、最終的な価値はワークフロー、データ、そして顧客を握っている者のもとに落ち着く。流行のレイヤーは移り変わるが、誰が勝者になるかという本質は変わらない。
5年後の未来
まもなく、今日の「SaaS企業」がそうであるように、「AI企業」というカテゴリーは大きな意味を持たなくなるだろう。そこにあるのは単なる「企業」だ。その中には並外れた企業も現れるだろうが、すべての企業が、クラウドのバックエンドやシングルサインオンを導入しているのと同じように、当たり前にAIを内包しているはずだ。
そのうちのいくつかの企業は巨万の富を築くだろう。しかし、その価値の源泉をたどっていけば、特定のAIモデルや資金調達ラウンドに突き当たることはないはずだ。むしろ、周囲の人々が業界用語を4回も変える間、特定の、コストがかかる、極めて退屈な課題に愚直に取り組み、決して手を離さなかった創業者に突き当たるだろう。
熱狂は常に騒がしいが、複利の効果は静かに積み重なる。あなたはどう考えるだろうか。



