ヒトははるか昔に、外見的にわかる濃い体毛の大半を失った。これは、われわれヒトという種にとって基本的な状態になっている。そうした背景を踏まえると、思春期以降の男性だけに生えてくる顔の濃い体毛、つまり「ひげ」は、例外的な現象であり、生える理由を検証する必要があると言える。
即座に思いつく理由はいくつかあるが、ただし、それらではこの現象をうまく説明できない。防寒の役割があるとは考えにくい。なぜなら赤道付近にルーツを持つ男性にも、ひげは普通に生えているからだ。
太陽光から肌を守るため、というのはより興味深く、惜しい回答だ。確かに、顔に生えている毛には、紫外線をある程度ブロックする機能が備わっている。しかし太陽光は、男女を問わず、さらに幼い子どもにも平等に降り注いでいる。そう考えると、紫外線の脅威だけでは、片方の性別のみに、思春期を迎えたのちにようやく現れる形質を説明することはできない。
生物学者が明確に示せるのは、ひげのカテゴリーについてだ。ひげは第2次性徴に属している。つまり、性的成熟に伴って出現し、生殖に直接的に役割を果たすことはないものの、男女の間で著しく違う形質といえる。ひげが生えるスイッチの役割を持つのは、テストステロンを含むアンドロゲン(男性ホルモンの総称)だ。出生時にはひげが生えておらず、思春期の到来にタイミングを合わせて生え始めるのは、これが理由だ。
「性選択の2つの道筋」から導き出される役割
このような形質は通常、性選択(sexual selection)によって説明される。これは、進化論を提唱したチャールズ・ダーウィンが、生存に有利な形質が残るとする自然淘汰だけでは、うまく説明できない特徴に関して提起したプロセスだ。
性選択は、2つの道筋で働く。つまり、ある形質が異性に好まれるために拡散する「異性間選択(配偶者選択)」と、その形質を持っていると同性のライバルとの競争に役立つことから広まる「同性間選択」の2つだ。この2つは、異なる想定に基づいた異なる説明であり、ひげが生える理由に関しても、どちらの道筋をとるかによって驚くほど異なる回答が生まれる。
異性間選択を理由とする説は、大半の人が思いつくものだろうが、2つのうちでは論拠の弱い説明でもある。顔に生える毛が好まれるかどうかは、文化によって大きな違いがあるうえ、単一の文化圏であっても、わずか数十年でガラリと変わることがあるからだ。
2014年に『Biology Letters』に掲載された論文では、きれいにそり上げた顔を含む、4つのひげのスタイルに関する人々(男女)の好みを検証した。その結果、どのスタイルであっても、提示された多数の顔のなかで、珍しいパターンがより魅力的に映ることが判明した。この結果は、ひげのスタイルそのものの形に関する好みというよりも、新奇なパターンが好まれるという形で解釈できる。



