(6)AIで病理標本から腫瘍の遺伝子変異を予測する
腫瘍を引き起こしている遺伝子変異に合わせて薬を選ぶには、治療の標的となる変異を特定しなければならない。遺伝子解析には数週間かかり、検査に使う生検組織も消費する。生検で採取できる組織は、量が限られることも多い。
大量のデジタル病理標本で学習したAIモデルは、ほぼすべての生検で作る安価な染色標本から、遺伝情報の一部を推定できる。代表例が、メモリアルスローンケタリングがんセンターとマウントサイナイが開発したEAGLEだ。EAGLEは、肺がんのEGFR遺伝子変異がある可能性を病理標本から判定する。
2025年7月に『Nature Medicine』で発表された結果では、EAGLEを使うことで、短時間で結果を得る遺伝子検査の必要件数を最大43%減らせた。その分、より詳しい遺伝子解析に使う組織を温存できる。EAGLEで陽性と判定された症例は、現在も遺伝子検査による確認が必要だ。
課題は、患者の属性や検体の種類が変わっても同じように使えるかどうかである。2026年の『JAMA Oncology』掲載研究では、EAGLEは米国と欧州の患者でも性能を維持した。ただ、特定の患者集団や検体では精度が下がった。0から1までで示す精度指標は、アジア系患者で約0.68、肺を覆う膜から採取した検体で0.66だった。
病理標本から十分に信頼できる遺伝情報を推定できれば、遺伝子解析設備のない病院でも、患者ごとの変異に合わせて治療を選べる可能性がある。ただし、EAGLEのようなAIモデルは、実際に性能を検証した患者集団に限って使うべきだ。
(7)AIで臨床試験の患者選定と参加条件を見直す
成人のがん患者で臨床試験に参加する人は少なく、多くの試験で参加者登録が予定より遅れている。患者に合う試験を探すには、複雑な診療記録を読み、細かな参加条件と照らし合わせなければならない。これは大規模言語モデルが得意とする種類の作業だ。
米国立衛生研究所(NIH)が開発したTrialGPTは、研究で参加条件を項目ごとに判定し、87%の精度を記録した。人が判定した場合の89~90%に近く、参加条件の事前審査にかかる時間も42.6%減らした。ただし、検証には実在患者の記録ではなく、人工的に作成した診療記録を使っている。このため、実際の医療現場で同じ性能を出せるかは証明されていない。
候補患者を見つける時間を縮めても、実際の参加まで速くなるとは限らない。参加枠の有無、移動、費用、臨床医の判断は、依然として解消しにくい障害だ。
AIは、患者と試験を対応させるだけでなく、参加条件そのものが本当に必要かを検証する用途にも使われている。スタンフォード大学とジェネンテックが開発したTrial Pathfinderは、6万1094人の診療記録を使い、すでに終了した肺がん試験を再現した。その結果、標準的な除外条件の多くは、試験結果にほとんど影響しなかった。除外条件を緩めると、試験結果を変えずに参加資格を満たす患者が2倍超に増えた。
治療効果を生物学的に確かめる時間は、AIでも短縮できない
治療が人に有効かどうかを確かめるには、現在も細胞、動物、人で生物学的な検証を重ねる必要がある。治療によって患者が長く生きられるかを判断するまでに必要な年月は、どのAIモデルでも短縮できない。
規制当局もAI利用のルールを整備している。米食品医薬品局(FDA)は2025年1月に指針案を公表した。2026年1月には欧州医薬品庁(EMA)と共同で、医薬品開発にAIを使う際の共通原則を10項目発表している。
少なくとも近い将来、現実的に期待できるのは、超知能AIががん治療法を次々に生み出すことではない。AIが担うのは、開発後期まで進んでから失敗する薬を減らし、より多くのがんを早期に見つけることだ。臨床試験が答えを出すまでの時間を、数年から数カ月へ縮めることも期待されている。


