ウォーレン・バフェットが、50年以上務めたバークシャー・ハサウェイの会長職を退いた。96歳を迎えたバフェットは取締役として残り、名誉会長の肩書きを得る。息子のハワード・バフェットが会長に就任し、グレッグ・アベルは年初にCEOを引き継いだあと、引き続きその職にとどまる。
この引き継ぎは長らく計画されてきたもので、バークシャーの社内外や株式市場に動揺は見られない。それは当然だろう。同社は永続性のある事業を保有し、卓越したバランスシートを有しており、経営者自身をバフェットが選び抜いてきた。それでも、重要な変化があったことは確かだ。バフェットが担ってきた責任は、彼が指揮していた頃には決してなかった形で分割されたのである。
バフェットは資本を配分し、経営者を選び、バークシャーの理念を決定していた。子会社の経営陣を自由に任せられたのは、最終的な権限が誰にあるかを彼らが理解していたからだ。今やアベルが事業を運営し、資金の投じ先を決める。ハワード・バフェットは企業文化を守る責任を委ねられた。ウォーレン・バフェットは傍らで助言を続けるが、その役割は変わった。この体制はうまく機能するかもしれない。それが分かるのは、新体制の真価が問われるような大きな決断にバークシャーが直面したときだけだ。
バフェットがバークシャーで実際に果たしていた役割
バークシャーをコングロマリットと呼ぶのは常に不十分に感じられてきた。コングロマリットには通常、中央集権的な計画、複層的な経営体制、そして相互の関連性が薄い事業部間で相乗効果(シナジー)を創出しようとする経営方針が一般的だ。バークシャーは保険会社、鉄道、エネルギー会社、製造業、小売業、そして大規模な公開株ポートフォリオを保有している。これらの事業が何らかの巧妙な戦略的理由で一体となっているとは、これまで一度も主張してこなかった。それらが一つに集まっているのは、バークシャーが恒久的な受け皿を提供し、バフェットがそれぞれの現金の使い道を決めていたからにすぎない。
それが取り決めだった。経営者は自社を運営する上で異例の自由を得ていた。その見返りに、余剰資本はネブラスカ州オマハの本社へ送られ、そこでバフェットがより生産的な場所に振り向けられた。すべての子会社が同じ成長率を示す必要も、同じテーマに合致する必要も、グループ内の他社の製品販売を支援する必要もなかった。バフェットが重視したのはリターン、経営陣の人格、そして事業に支払った価格だった。



