このアプローチは、他の買い手相手であれば売却を拒んだであろう企業のオーナーにとっても、バークシャーを魅力的な存在にした。オーナーたちは、バフェットが自分たちの会社を買い取った後に過度な負債を負わせ、短期間で転売するような運用はしないと知っていた。バークシャーに舞い込む投資機会の多くは、こうした名声から生まれたものだった。信頼があったからこそ、競売が始まる前に、時にはその事業が売りに出されていることを他者が知る前に、バークシャーに案件が持ち込まれたのだ。
同じ評判は、株主の忍耐も引き寄せた。バークシャーは、一般的な上場企業であれば株主から受ける自社株買いや増配の圧力にさらされることなく、莫大な現金を保有できた。投資家たちは、バフェットが最終的にそれを有意義に使う先を見つけると考えていた。特に市場が混乱した際にはそうだった。バフェットは数十年かけてその信頼を勝ち得た。バークシャーのバランスシートに「信頼」という項目は存在しないが、それは明らかに金銭的価値を持っていた。
バフェットは資本と文化を一体に保っていた
バフェットは新しい体制を率直な言葉で説明した。「グレッグが会社を運営する。ハワードは文化と価値観を守る」と。また彼は、ハワードの役割を、株主が保有していても使わずに済むことを望む保険にたとえた。アベルが業務執行の権限を持ち、1993年からバークシャー取締役を務めるハワードが非執行会長となる。
これは事業継承の合理的な進め方だ。アベルは事業内容を熟知し、長年トップの座に就く準備を重ねてきた。ハワードは子会社を運営したり、投資家としての知名度を築いたりする計画を持って着任するわけではない。彼の仕事は、バークシャーが他の大企業とは異なる形で運営できた原則を守ることにある。
厄介なのは、資本配分と文化がしばしば重なり合うことだ。仮に、バークシャーの大規模な子会社の一つが数年にわたり苦戦しているとしよう。アベルはより厳格な監督、経営陣の刷新、資本支出への異なるアプローチが必要だと判断するかもしれない。それぞれの選択は財務的に妥当であっても、バークシャーをより中央集権的なモデルへと近づけていく可能性がある。
大型買収でも同じ問題が生じる。支払う価格は重要だが、資金調達方法、経営陣に対する約束、オマハに残す統制の度合いも同様に重要だ。バフェットはそれをすべて自分で処理していた。CEOの権限と、バークシャーのアイデンティティを守る会長の義務との境界線を交渉する必要がなかった。その境界線は今や存在する。今日争う理由が誰にもないとしても、である。


