3Dクローンは、医療の「できない」を根本的に変えうるポテンシャルを秘めている。
まず、「若手医師の育成」だ。
富田は「医療教育には、臨床技能を安全に、そして十分に反復して学ぶ機会を確保することが難しいという構造的な課題があります」と話す。外科手術の訓練では、篤志献体によるご遺体を用いたCadaver Surgical Training(CST)や動物や簡易モデル、各種シミュレーターなどが活用されてきた。しかし、固定された組織は生体とは物性が異なり、出血や温度、組織の触感など、実際の手術環境をそのまま再現することには限界がある。また、CSTや動物モデルには倫理面や実施機会などの制約もある。そのため医師は、指導医による監督のもと、患者の安全を最優先にしながら、実臨床のなかで段階的に経験を積み重ねていく。
ここには、医療教育が長年向き合ってきた難題がある。患者の「安全性」を最大限に守りながら、若手医師に十分な「教育機会」をどう確保するのか、という問題だ。
ここに3Dクローンを「失敗できる患者」として活用できれば、状況は大きく変わる可能性がある。実際の患者を前にする前に、患者固有の解剖学的特徴を再現したモデルを使い、切開や剥離などの手技を繰り返し練習できるからだ。「これまで実臨床のなかで時間をかけて身につけてきた技術の一部を、患者さんにリスクを負わせることなく、何度でも反復して訓練できる。これは医療教育のあり方を大きく変える可能性があります」と富田は話す。
医療業界では近年、医師免許取得後の臨床研修を修了した後、基本領域の専門研修を経ずに美容医療へ進む、いわゆる「直美(ちょくび)」と呼ばれるキャリアをめぐる議論もある。医師不足や地域・診療科偏在、医療の質などの観点から問題が指摘される一方、若手医師がそうした進路を選択する背景を、個人の倫理観だけに求めることはできない。外科系診療や矯正歯科など、高度な手技を必要とする医療には、言語化や標準化が難しい「暗黙知」が今なお多く存在し、一人前になるまでには相応の時間と経験を要する。だからこそ、問題を若手医師個人の選択だけに帰すのではなく、医療教育そのものを進化させる必要があるのではないか。
3Dクローンは、実臨床や専門研修に置き換わるものではない。しかし、患者一人ひとりの解剖学的特徴を再現し、失敗を恐れず、何度でも手技を反復できる環境をつくることができれば、これまで「経験」に依存してきた医療技術の一部を、より安全に、効率的に学べる可能性が生まれる。患者の「安全性」と若手医師の「教育効果」をトレードオフにせずに両立を目指す新たな選択肢が、「失敗できる患者」である3Dクローンなのだ。


