しかし近年、ロシアはスバルバル諸島に対するノルウェーの主権に異議を唱え始めており、ロシアの民族主義者による抗議運動や挑発行為が多発している。一例として、バレンツブルクでは2023年、トラックやスノーモービル、低空飛行するヘリコプターなどを伴う、ロシアの対独戦勝記念日の軍事パレードのような行進が行われた。2024年には、アルクチクウゴリが3本のソビエト連邦旗を掲げた。うち1本は、バレンツブルクの石炭積み出し用クレーンに設置されていたノルウェー国旗を差し替えたものだった。さらにロシアは、ノルウェーがスバルバル条約に違反していると主張するなど、外交面でも強硬な姿勢を見せている。
モルチャノフ号は差し押さえられた際、スバルバル諸島に対するロシアの領有権主張を支持する活動に関与していた。ロシア紙コメルサントによると、同船にはロシア地理学会の調査員を含む51人が乗船していた。同学会の会長はロシア安全保障会議書記のセルゲイ・ショイグ前国防相が務めており、評議員会はウラジーミル・プーチン大統領が率いている。船内にいたその他の乗員は「第1回北極ビエンナーレ」の関係者で、バレンツブルクで設置作業を行い、現地の博物館で展示準備を進めていた。この催しは、アルクチクウゴリの炭鉱労働者や専門家らの支援を受けて開催された。
モルチャノフ号は近年、スバルバル諸島周辺の海底鉱物資源調査に使用されてきた。ノルウェー放送協会(NRK)が伝えたところによると、同船はロシア国立シルショフ海洋研究所と関連がある。同研究所は2022年12月以降、米国とウクライナの制裁対象に指定されている。米国務省は、同研究所はロシア海軍向けの観測・誘導システムを開発していると説明している。米紙ニューヨーク・タイムズの取材に応じたある教授は、モルチャノフ号はロシアの監視活動とハイブリッド作戦に利用されており、ロシア国旗を掲げ、スバルバル諸島に対する同国の領有権を主張する活動を支援していたと指摘した。
世界中のロシア資産が差し押さえの対象に
今回の差し押さえの意義は、船舶そのものの価値をはるかに超えている。ナフトガスは裁判所に対し、モルチャノフ号の強制売却を申し立てた。だが、就航から43年が経過した改造船を売却しても、42億2000万ドルに上る賠償金のほんの一部にしかならない。ナフトガスもこれを承知している。
焦点はむしろ、その象徴的な意味にある。ナフトガスはロシアに対し、賠償金を支払わなければ、近隣諸国の主権を強化し、海外領土に対するロシアのナショナリズムに基づく主張を揺るがす行動に出るという姿勢を示したのだ。同社は賠償金が支払われない限り、世界のあらゆる場所でロシアの資産を差し押さえる構えも見せている。
モルチャノフ号の事件は、ロシアの国有資産が世界のどこにあっても差し押さえの対象となり得ることを示した。同船のように商業運航されている国有船舶は全て同様の標的となり得る状況にあり、海運業界や海上保険業界、さらには国と関連のある船舶を運航するあらゆる当事者に広範な影響を及ぼす。ノルウェーも意図したか否かは別として、ウクライナのローフェアがロシアに対し、地政学的影響を及ぼし得ることを示した。民間債権者の行動が意図せずして地政学的緊張を高めることもあれば、ロシアのハイブリッド作戦に対抗するための密かな手段となることもある。


